09. 陰影に隠れた曖昧な光源

 仮設本部の敵は静止した。3人の兵士は両手を頭に抱えているが、11人の兵士は〝それ以外〟の格好で―――いや、

 「危ない!」 ガッ

 静止していた兵士の一人が最後の力を振り絞り、私とパディマティスに銃口を合わせた。しかし、それはマエレによって阻止される―――彼女のお気に入りの石が、背後から振り下ろされることで。

 「・・・死んじゃったかな・・・。」 「・・・いや、安らかに眠ったほうがマシだ。」

 私は彼の無気力な両手から銃を抜き取り、そして・・・消し飛ばされた下半身から引き摺られる腸を眺めながら、申し訳なく唇を結ぶ。幸運にも《エソテルボ》の人間が酷く死ぬ姿を見ていないが、そんな状況に出会ったときは、涙ではなく涎を出して硬直するのだろう。・・・死体を逃れた彼らのように。

 仮設本部の外壁は無様に破壊されたが、一方で骨組は長方体を維持していた。―――我々が14年前の奇襲に耐え切った要素の一つ、それはパパやルジャカルボが持つ〝硬さ〟にある。彼らの武器は無防備な人間や家屋を破壊するが、魔法が生み出す〝硬さ〟には勝てなかったと云う。・・・だが、おそらく彼らも学習した。兵士が構える銃や後方に停めた輸送機ですら驚異的な威力を放つというのに、それらに勝る骨組は、果たして何で作られているのか? そもそも、《海の民》の所有物の多くは製法が一切不明なのだ。

 全員が奇妙な気配に勘付くと、遥か上空を黒い物体が瞬く間に過った。それらが向かう先は、強者兵が留まる《エソテルボ》―――嗚呼、この戦いは、14年前の続きなのだ。




 上空で確認した通り、建物の裏には隠された縦穴があり、金属の糸で作られた梯子を下ると―――建物の下に続く柱と即席で作られた木造の合掌が絡み合う小さな空間に―――そこへ光を照らすと、幾つもの黒い箱が浮かび上がった。

 「・・・この中に?」 「・・・そうだな。」

 箱自体は独立しているが、表面には機械らしく〝画面〟が描かれている。やはり、文字は読めないが、・・・数字だ、ゼロが文字で描かれていると仮定すれば、これは明らかに数字だ。

 「144、127、138・・・何の数字?」 「・・・満足な数字なら、多分、大丈夫だろ。」 「マエレ、開けられる?」 「もちろん――― カチンッ 「ほら。」

 彼女が箱から手を離すと、上部が勝手に開き・・・冷え切った空気が地面に落ちると、深い眠りに就いた人影が現れ・・・それは確かに、襲撃に参加していた男の姿だった。

 「・・・どうなっているの?」 「・・・死んでいる・・・いや、呼吸が止まっているだけか?」 「これが、葬式でもなければ―――とにかく〝使う〟ことだけは確実だわ。」 「・・・何に?」 「私たちが彼らの武器を利用するのと、同じ。・・・きっと、貴方たちが持つ魔法を利用したいのよ。魔法という、〝武器〟を。」 「・・・。」

 悠長に敵の攻撃を待っていた我々は、既に出遅れていた。彼らは見える攻撃ばかりではなく、見えない攻撃も並行して実行していたのだ。だから、常に一歩先を進んでいた。翻訳機や通信機、暗闇を見たり、味方を見分けたり・・・嗚呼、《入力型》が取得できる〝情報〟を、全員が瞬時に共有しているのだ。だから、常に背後を取られていた。知も、力も、数も、全てが負けているのだ!

 「・・・全てが、分かった。」 「・・・分かったって、何がよ?」 「この感覚・・・違和感だよ。奴らは俺たちの言葉や能力、それに計画も知りすぎている、が・・・どうして、地下通路の出口だけは見逃された?」 「・・・。」 「それだけじゃない、南の地図を作り続けてきた俺たちは、仮設本部に潜む《海の民》の存在に何一つ気付けなかったどころか、それが潜在的な〝安全〟を思わせた。だから、町長は南東に非常拠点を作った。」 「・・・そんな、まるで―――

 「・・・いいや。そうだよ。門限に厳しい過保護な親父が、こんな状況に限って俺を自由にしたのは何故だ? 五体満足で生きて戻れる保証・・・それが、これだった。」 「・・・。」

 パディマティスは、ゆっくりと箱の縁に手を付けた。彼の顔は隠れてしまったが、その背中には複雑な感情が駆け巡っていた。驚きか、怒りか、震える身体を抑えながら、彼は答えた。

 「ただの憶測じゃない! パディらしくないわ。」 「・・・〝裏切り〟という言葉には、必ず、利益が付き纏う。パラモという〝研究者〟が《フォルタグルンドゥ》を守ろうとした理由には、利益があったはずだ。・・・俺たちを〝漬け込む〟・・・俺たちが〝選ばれた〟・・・その結末が、これだったら?」 「・・・ッ。」

 私は、彼と同じように背筋を凍らせてしまった。嗚呼―――確かに、辻褄が合っている。私たちの命を見逃す代わりに、その命が宿す魔法を研究させる。・・・それが敵の力になるのは明らかだし、不利な状況には変わりないのに―――どうして、町長は研究者と手を結ぶ?

 「きっと、親父には策があるんだ。・・・もしくは、・・・策が、なかったんだ。」

 一方でマエレは、息を潜めながらも顔色を変えなかった。下を向くパディマティスの左腕を掴み、身体を引き寄せ、右手に握る光石で顔面の下を照らすと、彼女は力強く言い放った。

 「パディなら、こう言うわ。―――こんな場所で考えても仕方ない。さっさと敵を片付けて、親父から言い訳でも聞こう、って。」 「・・・そうだな。・・・それが、俺だな。」

 パディマティスは頬を緩め、マエレの頭を優しく撫でると、陽が差し込む光を目指した。微かな振動や爆発が聞こえる、そんな青空を目指して、私とマエレも後に続いた。その時は何も考えず―――その時こそが、私たちの心を作るものだった。

 「少しだけ知った、俺たちは―――強いはずだ。」


【 ☯ 】


 パラモとフェドの騒動により集団の歩みは止まり、パラモが口を閉じたころ、赤色に染まった髪の男―――《エソテルボ》の村長が直々に僕たちの様子を訪ねた。彼は周囲の村人に事情を聞いているようだが、しばらくするとフェドが残したデバイスを受け取り、全員が地に腰を付け始める。一方で村長は複数の民を引き連れて自分たちを集団と隔離して、そして―――思いも寄らぬ言葉を発した。

 『関与は発覚したか?』 「いいや、そこまで奴は気付かなかった。」 「・・・!?」

 咄嗟に周囲を見渡すが、彼らは相互に翻訳される会話を淡々と受け入れるばかりだった。

 『彼は?』 「こいつは、世間知らずだ。」 『〝消す〟べき存在か?』 「止してくれ、アンタが求めていた〝善人〟だぜ?」 「・・・。」 『手を焼くようなら・・・分かるな?』

 「パラモ、どういうことだ? 一体、何が起きている?」 「昨日も今日も同じさ。平和を求める科学省は軍事省を裏切った。ただ、それだけ。」 「フェドが敵対するのは理解できる。だが、何故に〝彼ら〟は動じない!? お前が魔法を――― 「おいおい。俺よりも長生きしている先輩だろ、察してくれ。これは―――〝契約〟だ。」 「・・・契・・・約?」

 目の前にいる《科学者》は―――村長と繋がりを持っていた。10年前から、今日に至るまで、敵の敵として情報を流すことで彼らの滅亡を回避させる代わりに、彼らの能力を研究するために。それは第1調査隊が〝謎の死〟を遂げた段階で企画されて、第2調査隊が派遣された段階で実行されたのだ。上層や《上級社員》ではないため真相は不明だが、軍事省は科学省と異なり、危険要素や不安要素の排除を《移住計画》の第一目標として掲げている。そうなのか・・・?

 「お前は、知らないだろう。彼らが第1調査隊と・・・いや、それを装った〝軍事省〟と一戦を交えた理由を。」 「・・・。」 「機密情報が単純な真実であるとは限らない。いいさ、俺も騙されながら生きてきた。お前もフェドも―――知らないだけなんだよ。」 「・・・そうか。」

 彼のような学者が民を助けるのは、正義のため? 僕のような兵士が民を殺めるのは・・・仁義のため? 嗚呼、分からない。この戦争は本当に、《ティロディアクボ》と《フォルタグルンドゥ》の勝負なのか? 誰と・・・誰が・・・戦っている?

 「それにしても、村長さんよ。真夜中に反逆を仕掛けるとは、随分と思い切ったな。」 『それは私の台詞だ。避難経路を遮る輩が2人もいれば、息子たちを2度も危険に晒せば、裏切られたと思うだろう。』 「まあ、いい。13時に第2部が《エソテルボ》へ向かうが大丈夫だな?」 『ああ、お前たちを憎む戦士が最後まで相手になる。私的には勝ってほしいが。』 「何度も言ったはずだ、全員を助けることはできないと。」 『・・・。』

 「変に平和を語って悪かったな、リゴン。」 「いいんだ、殺されないと確信して僕に自由を約束したんだろ? それより―――どうして、君はリスクを冒してまで平和を求めた?」 「ハッ、俺は父親を失った若者だぜ? アンタとは違うし、それに、俺は天性の《科学者》なのさ! 同じ境遇の友人は違う道を歩んだが・・・そいつの分も含めて知りたかった。14年前に何が起きたのか、《旧人類》の存在を知ってからは、魔法について知りたくなった。まぁ、フェドは《ロー・ボイス》で俺を悪者に仕立て上げちまったがな。」 『・・・さて、どうするか。お前の企みが暴露された今、私との関係まで勘付かれてしまえば、全体が混乱に陥るだろう。それを防ぐには―――

 村長は村人から金属の剣を受け取ると、パラモの頬に剣先を差し向けた。微かに触れた頬には血が滴り―――事を察した彼は慌てて後退りを始めるが、それも虚しく村人に抑えられる。

 「正気か!? ここまで助けたのに!? 次は俺を裏切るのか!?」 『どんな事情であろうと、災いを招いたのはお前だ――― ザンッ

 村長は地へ剣を振り下ろした。その動きには一切の無駄がなく、その瞬間に彼が叡智と共に強勇を持っていることに気付いた。ただの民間人ではない―――ただし、剣身に血が滴ることはなかった。

 「ヒィ!」 『首を刎ねると思ったか? お前の血を貰うだけだ。―――できるか?』 『ええ、身長も誤魔化せられる範囲だ。』

 リゴンの頬から血が拭われると、その手を男が舌で舐める。始めはただの変態だと思ったが、男が小声で何かを唱えると、その皮膚の内で何かが這うように蠢き―――男の顔や手は黒や銀に変色しながらリゴンと同じ形状を作り出し、文字通りの変態が成された。

 「・・・マジかよ。」 『2人とも服を交換しろ。お前はフェドという男を止めて、戦況の報告を〝完全〟に偽造しなければ。できるな?』 「努力はするさ・・・全てが、台無しになるからな。」 『はぁぁぁ。どうして、皆々がフェドを逃した?』 『そういうものだ。正義を貫き通す人間の行動は正しく見える。科学者も、私たちも、大衆からすれば汚い正義に見えるだろう。』

 「・・・貴方は何故に、大衆へ正直に伝えないのですか? 少なからず納得も――― 『いいや、駄目なのだ。・・・少しでも私から〝変な臭い〟がすれば、戦争に感化された民は対立して―――無駄な争いが増える。【全は時空が全】である通り、それは〝この戦争〟が終焉を迎えてから、打ち明けなければ。・・・私だって、汚いと思う。だが―――』 「・・・。」

 彼は一瞬だけ剣を見詰めると、深く息を吐いた。彼は知っていた―――裏の顔を持てば、何が起こるのかを。それは、《フォルタグルンドゥ》も《ティロディアクボ》も・・・同じなのだろう。

 『息子にも、いつか、理解する日がやってくる。・・・長が何を守り・・・何を失うのかを。』


【 ☯ 】


 輸送機の隣に聳え立つ戦闘機は一回り小さく、細長く、そして圧倒的な銃口を持っていた。上空を横切ったものは、おそらく〝これ〟だろう。マエレが慣れた手付きで扉を開ける、しかし―――上部から出現した操縦席は一人分だった。

 「・・・どうやら、乗れるのは一人だけね。」 「輸送機で向かう?」 「いや、あの速度を直で目撃しただろ。輸送機は威力も速度も負ける。」 「でも、敵は自分の機体を攻撃できない。こっちが一方的に有利じゃない?」 「レア、こっちは情報が不足している。向こうは〝安全装置〟を解除できるかもしれないんだ。」 「・・・。」 「とりあえず、使えるように準備しましょうよ。」

 パディマティスは考え込む一方、私とマエレは翼へ登り、輸送機と同様に内部を弄り回す。私たちには敵の機体を破壊できるというメリットがあるのに、このまま《エソテルボ》が攻撃される様子を見過ごすわけにはいかない。何れは敵は住民の死体の数が少ないことに気付くだろうし、そうなれば兵士や機械が導入されては徹底的に追い詰められる。私たちも彼らも触れることができない〝時間〟こそが、勝負を決める鍵・・・かもしれない。

 「―――私が行く・・・《エソテルボ》に。」 「正気か? 何が起こるか分からないんだぞ? それに、俺たちは〝敵を知る〟ために居留地へ行くはずだろ?」 「故郷が攻撃されているのを横目に、行けるはずがない。・・・今の私たちなら、きっと――― ガッ

 いつの間にか翼へ飛び移ったパディマティスが、私の両肩を思い切り掴む。―――私は、久しぶりに彼の瞳を見たような気がした。

 「お前と俺が無鉄砲なのは、重々承知している。でも、俺は常に〝計算〟しているんだ! 道の先に何が待ち受けているか、2人が危険な目に遭わないか、そういう理論回路に従っている。」 「嘘よ、見えない敵に襲われたときは無駄な攻撃を控えるべきだし、貴方が提案する内容は私たちに頼るばかりの――― 「信頼しているんだ! レアも、マエレも、・・・親父が信頼しているから、俺はここにいる。いいか、俺たちは子供の歳じゃない。命ぐらいは―――考えろ。」 「・・・。」

 「それに、俺たちは潜在的に調子が付いている。【失敗は成功を近づけるが――― 「成功も失敗を近づける】・・・そんな〝計算〟ぐらい、私も分かるわ。でも、今は感情に身を任せたいの。何の恨みも持たない輩に、全てが奪われる。それが、どれだけ、屈辱的か!」

 今の私は、複雑だった。そうなれば、根源や理屈を忘れ―――争いが起こる。ただ、その頭を整理したところで感情は同じだった。小難しい言葉は要らない、

 「第2部の攻撃を回避できないようなら、居留地まで辿り着けないわ。」 「・・・頼むから、生きて帰れよ。」 「・・・。」 「・・・また、会いましょう。」

 私は帯を両肩に嵌めて、扉を閉じた。2人が焦げた仮設本部へ背中を合わせたころ、一つのボタンより機械が作動を始める。左手にある桿を前方に倒すと、後方から徐々に音が伝わる。その脇に取り付けられた桿が〝出力装置〟の向きを決めると予想して、機体を浮上させ―――中央の操縦桿と共に北へ加速した。


【 ☯ 】


 中軌道ではレーダーが捉える《前人類》の〝残骸〟を避けながら30分間を進み、低軌道へ入り、そして、大気と薄雲を切り裂きながら―――《エソテルボ》へ。そこは《情報端末》という小さな窓から見た景色と同じで、しかし、画像よりも遥かに綺麗だった。それは、太陽というエネルギーが黒張りのシェードを擦り抜けてまで全身へ突き刺さる故だろうか。祖先が生まれた故郷に対してデジャヴを感じているのだろうか。

 「・・・!? サイロ、前方の映像を見ているか?」 『―――ああ。一体、何が起きている?』

 感動を味わう余裕もなく、最前線では幾つもの戦闘機が形態を組みながら地上に目掛けて《統銃》を連射する。だが、軌跡の一部は途中で消失するどころか、戦闘機が反撃を食らう場面を目撃する。

 機体が目立たないよう山岳の影で飛行態勢を切り替えて、可能な限り戦場の接近を試みるが―――やはり、それは〝魔法〟だった。武器も装置も持たない人間は、不可視の壁を作ることで超速の弾丸を跳ね返している。それは波打つ空気か、新たな物理法則か、少なくとも自分の理解を超えていた。

 建造物と共に飛散する者もいれば、黒に変色した皮膚で跳弾する者、更には未知の反重力によって空中へ飛ばされる者―――そこで何事もなく地面に着地する者、判断を誤った戦闘機に飛び乗っては相当な熱で穴を開ける者、とにかく無茶苦茶だった。

 彼らは、何であろうと容易に操っている。光線のように火を吹き付けたり、攻撃や防衛に特化した地形を造り出したり―――視覚的に顕著な魔法とは限らず、莫大なエネルギーを消費する者へ何かを与えたり、追尾するはずのミサイルを明後日の方向へ捻じ曲げたりと・・・そんな人間を、僕たちは怒らせてしまったのだ。

 拡大鏡を元に戻したとき、ふと、複数の村人が自分に視線を向けていた。それは大人というより少年で・・・ただ、腕が動き出した瞬間に得体の知れない恐怖を悟った。直感に従い操縦桿を傾けていなければ、死んでいたかもしれない。男が投げた自然の小石は、確かに右翼の塗装を剥がしていた、状態表示が高音を発して警告する程度に。

 『今は近づくな! 攻撃が予測不可能だ!』 「了解・・・一体、どうすればいい。」

 甚だ危害を加える気はない、だが、妙な無気力を感じた。最低限の情報しか持ち合わせていない自分が、敵対する彼らの土地で何を見つけられるのか。いや、そもそも、明確な目的など存在しない。しかし今だけは生き延びなければ。

 ―――その時、有り得ない光景が視界に映り込む。一機の戦闘機は、後方の戦闘機が放つ超高火力によって大破したのだ。見間違い? しかし、その機体は再び回り込むと他の戦闘機へ確かに弾幕を張っている。

 「この機体は《オーバー・セキュリティー》が搭載されているよな?」 『もちろん、《フォルタグルンドゥ》に投下される武器は全て、そうだ。』 「それに〝違反〟している機体が存在するのは何故だ!?」 『―――嘘だろ?』 「カメラで追尾しているヤツだ、検索できるか?」

 搭乗している人物は不明だが、一つだけ言えるのは、謎の陰謀により作戦が狂い始めている。携帯機を除いた《統銃》は自動認識により味方討ちを防止するはずなのに、それも破壊不可能であるはずなのに、現実は虚実を僕に見せている。サイロ以上の〝ハッカー〟が存在するのか、それとも―――

 『アレは、空から来た機体じゃない。・・・第3調査隊の設置物だ。まさか、反乱か?』 「いいや、《フォルタグルンドゥ》の人間が奪取した可能性もある。・・・魔法なら、有り得る話だろ?」 『知識もない人間が《オーバー・セキュリティー》を破壊できたと?』 「司令官レベルの《上級社員》が裏切るなら、全機を自爆させるのが妥当じゃないか?」 『・・・。』

 そんな話の間―――軍事コロニーに佇む司令官の判断は早く、気付けば《エソテルボ》の攻撃は中断されており、ほとんどの機体が《エソテルボ》を取り囲むように周回を始める。一部の機体は攻撃許可が下されたのか、先程まで味方討ちをしていた機体の背後に付き、同様の弾丸が複数の射線から降り注ぐ。だが、それらは独創的な業により回避された。

 ミサイルが放たれると〝それ〟は更に前方へ、他の機体と衝突する覚悟で加速していくと思えば複雑な操作で追い抜き、その一機にミサイルを擦り付ける。そこから急角度で上昇するが、後方の3機も躊躇なく追従を続ける。

 「―――何をする気だ?」 『対流圏で失踪する気か・・・? 違う、更に上だ! 《人工衛星》を破壊して中継機器を途zッビビビ―――』 「・・・サイロ? おい、大丈夫か?」

 まさに、中継機器の消失により通信が途切れた。これで交信や情報、特に高精度な座標の取得は不能になり、自分や部隊は孤立した。〝それ〟は全てを解っていたのか? だが、しばらくすると雲の上から赤い光が降り注ぐ。それはプラズマを発生させる一機であり・・・あまりにも垂直だった。

 『全機へ、通信機器を含む《人工衛星》が身元不明の戦闘機に破壊された。これより、非常権限に従いA1飛行隊の―――

 『対象は《中装弾》により左翼と左翼力を損傷。地上への追突により戦闘不能と予想。また、司令部の権限もなく安全装置を解除している状況から、敵は想定されるクラス3以上の能力を所持している可能性が高い、―――

 しかし〝それ〟は、最後まで諦めていなかった。燃え尽きようとするフラップとスポイラーを無理矢理に動かすと、荒れ狂いながらも仰角を下げ始める。その光景は、自分以外に・・・多くの兵士と戦士が目撃していた。

 やがて、機体は《エソテルボ》との追突を回避するために、森林への不時着を試みた。自分の左側を通り過ぎた〝彗星〟は分厚い鉄板を振るわせ、そして―――消えてしまった。

 一体、誰が搭乗していたのか。なぜ、《オーバー・セキュリティー》を解除できたのか。あまりにも突拍子のない出来事に、現実が崩壊を始める。それは―――それだけの可能性が存在していた。

 「―――司令へ、対象の墜落を確認。現場に近いため、対象の身元の確認と抹消を提案。」

 『―――こちら、非常司令。・・・提案を許可する。』

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