08. 未知という監視者
右足に力を入れようとした、その瞬間、天井・・・いや、あらゆる方向から機械音が鳴り響いた。
(何だ? 何が起こっている?)
区間を閉鎖するためのシャッターが、一斉に作動した。そうか―――相手の行動を静止させた後に通路を虱潰しで確認する、その為に起動させたのだ。
(どうする?) (敵と距離が近い。すぐに見つかる・・・終わりだ。)
しかし、狩人の様子が可怪しい。―――彼らは騙されたと言わんばかりにシャッターを乱暴に叩き続けたり、経銃を乱射する者も現れた。
(何だ? 何が起こっている?)
その数秒後、背後のシャッターが再び動作した。その奥も、更に奥も、次々と道が開かれていく。それと同時に、重々しい換気音も響き渡る。空気が配管を巡り、やがて天井から嘯が聞こえたと思えば、段々と薄まっていく。
(空気?) (いや、毒の可能性が。) (・・・ランタンが空気を示している。)
「―――ああ、新鮮だ。」 「―――僕たちは、この道に従うべきか?」
改めて耳を澄ますと、シャッターが作る道は想像以上に複雑な動きをしているようだった。遠くで動作していると、次は反対側で動作している。しかし、周囲から狩人が近づく様子や気配はない。
「・・・少なくとも、今は安全のようだな。」 「・・・。」
マスクやランタンを下ろした手に持ち、見知らぬ啓示に従い歩みを続けた。白色の《廃線》には、2人の足音、シャッターの開閉音、ファンの回転音。そして、自分の内側で響く鼓動音に気付いた。
「・・・〝見ている〟か、あるいは〝聞いている〟か。」 「・・・?」 「どちらにせよ、今の環境を制御しているのは〝ヤバい奴〟だ。」 「確かに、迷路を動かしてグループの行動を制御するなんて、想像も付かないな。」 「ああ、CUIだろうがGUIだろうが用意は面倒なうえに、旧式のシステムを全て動かせられる奴は滅多にいない。余程の手慣れか、―――お前が面会した〝何か〟かもな。」 「・・・サイロが話した〝ニーヴ〟っていう人は?」 「・・・かもな。」
僕たちが区間を進むと、次が開いて前が閉じる。やはり、見えない〝何か〟は自分たちに味方している。身柄の確保が目的か、それとも、賢者との対話を妨害したように〝何かしらの利益〟を求めているのか。少なくとも、自分は知らないうちに大切な鍵を握っていたらしい。
果てが見えない道は時間や体力を浪費させる一方だが、対して風景が大きく変化するようになる。厳重に施錠されていた扉の先を進んだり、無数の支柱が並ぶ巨大な空間に妙な懐かしさを覚えたり、模様が描かれた黄色の部屋、水源も下流も分からない《毒水》が浸食した白色の部屋、そして―――見覚えのある空間へ辿り着く。色温度が変に高い照明・・・荒いコンクリート・・・ここは、工房の近くだ。
「結局、原点回帰・・・か。」 「でも、悪くなさそうだ。成果物を貯める工房と輸送船が離れているのは、合理的じゃないからね。」 「・・・つまり〝こいつ〟は俺たちの目的を補助しているのか?」 「もしくは、本当に《MRG》の詳細を聞きたいだけかもね。」 「ハッ、そうなると退屈かもな。」
〝ハック〟されたサイロのデバイスは、工房5F01の中で経路が途切れている。そして扉に迫るとき、数名の担当者がインカムに集中しながら外へ出ていく。一旦は扉が閉まるも、その10秒後に脈絡もなく静かに開いた。
「おいおい、人すらも操るとは聞いてないぞ。」 「・・・。」
開放された二重の扉を慎重に潜るが、やはり人は居ない。内部は基本的に同じであり、壁面には数多の加工台と道具、角隅には箱型の休憩室や事務室、そして、中央には数台の戦闘機・・・おそらく新型と思われる。
不審な点がないか散策を始めようとしたとき、デバイスに新たなメッセージが届いた。
[〝荷台〟に潜伏しろ。〝船〟は2時間後に始動する。] 「・・・ここで、待機するわけか。」 「おいおい、その〝船〟には案内してくれないのかよ?」 [30秒後に兵士が入〝船〟する、急げ。] 「全く、何なんだ・・・。」
再び事が複雑にならないよう、大人しく下階の〝倉庫〟へ下りては、構造物の物陰へ身を潜める。その後、図ったように数十人の足音が上から鳴り響く。多少は不規則であるが、その歩き方は確かに軍人の音だった。続いて、椅子や白版を用意する音―――実践前の作戦会議が行われるらしい。
「・・・まさか、〝これ〟が〝船〟だと言うなよ?」 「どうやら、そうみたいだね・・・。」
扉と扉の間に挟まる妙な通路、武器や兵器を改修できる完璧な環境、そして、度重なる入出制限。―――そうだ。自分が配属する前から、既に工房は輸送船を兼ねていたのだ。しかし、これほど大規模な機体を《双破空間飛行法》で移動させられるのだろうか? 少なくとも、僕たちが干乾びる程度の時間―――
[食糧の心配は必要ない。〝船〟は数時間で《フォルタグルンドゥ》へ到着する。] 「・・・嘘だろ? 〝君〟は〝超能力者〟なのか? ・・・でも、どうやって?」 [知は常に前進する。無知の貴方は知るべきだ。] 「・・・おいおい、今度は何なんだ。」
皮肉と共に添付されていたデータが展開されると、そこには理解不能な技術が示されていた。ある程度の自然理学は知っているつもりだが、それでも、発達した公式や理論に頭が追い付かない。
「・・・もしかして、〝君〟はストゥなのか? それともニーヴ?」 「・・・。」 [〝私〟は貴方の血を必要とした。だが、今の《私》は貴方の力を必要とする。] 「・・・次は、随分と原始的な言葉だな。」 「まさに。旧式単語の《私》を混ぜるとは、不思議だ。」 「詩人気取りか?」 「どうだろう? ・・・教えてくれよ。誰なの? 目的は?」
しかし、その言葉を最後に交信が途絶える。メッセージの送信元は不明と表示されるだけで、これ以上の詮索は不可能だった。一体、何者か―――ただ、何となく悪い予感がした。それは〝善と悪〟の対ではなく、複雑に絡み合う運命が上手く解けないような、そんな感覚だった。
「・・・なぁ、もしかして俺も連れて行かれるのか? 《フォルタグルンドゥ》に。」 「・・・うん。」 「冗談だろ? 船やら機械を用意するとは言ったが、向こうへ〝行く〟とは言わなかったぞ!?」 「・・・別に、手伝う場所が〝何処〟とは言ってないじゃないか。」 「屁理屈だ。畜生め、嗚呼・・・クソぉ!」 「・・・もう、行くしかなさそうだね。」 「・・・。」
【 ☯ 】
12時が訪れたとき、眠気に囚われていた2人は突然の異音で目を冷ました。
「サイロ、起きろ!」 「・・・!」
僅かな振動は〝ここ〟が移動している証拠であり、揺られる身体は《通行搬送帯道》を思わせる。
「メッセージの続報は、ないみたいだな。」 「そうか・・・つまり〝彼女〟の目的は、ここまでか・・・。」 「なぜ、性別不明なのに〝彼女〟なんだ?」 「ん? ああ、ストゥやニーヴが脳裏に浮かんだらしい。・・・それか、何となく文章が女性らしいと思ってね。」 「そうか? 少なくともストゥやニーブの〝癖〟には一致しない。」 「まぁ・・・今更、仮名も必要ないか。」
何かが連結する音、何かが回転する音、様々な音を頼りに外の様子を考えてみるが―――頭の中にある輸送船とは規模が大きく離れていることだけが分かる。そして、これが惑星間を日単位ではなく時単位で移動するのだから、もはや既存の知識は役に立たない。
科学省が噂すらもしない知識や技術を軍事省が手中に収めている―――? しかし添付されていたデータが、それを裏付けている。無数の著者に知る名はなく、文章の言い回しが妙に固い点を除けば普通の資料である。こんな奇想天外の情報が潜んでいるから、両者のセキュリティーは発達していたことを、改めて実感する。
「ほら、そろそろ返してくれ。」 「・・・サイロは、この情報を知っていたのか?」 「いや、初めて―――では、ないな。」 「?」 「この書式はニーブが提供する〝翻訳資料〟と同じ・・・つまり大昔に書かれて、そして封じられた情報ってことだ。」 「・・・まさか、マイナス千年に、これほど高度な内容が存在していた?」 「思い出せ、俺たちの祖先は《フォルタグルンドゥ》から来たんだぞ? 今日までに忘れ去られた技術もあれば、意図的に失われた技術もある。・・・そんな情報を、ニーブに限らず〝彼女〟も持っている―――つまり、宝と言える情報は散々に埋まっているらしい。」 「もしかしたら・・・ストゥも宝を発掘していたとか。」 「・・・かもな。」
しばらくすると音や振動が完全に止まり、自分たちの声すらも上階まで響きそうなくらいの静寂が続いた。この状況は、何か悪い状況に移り変わる前触れか。そんな態勢を構えた瞬間に電灯が一斉に切られる。その後に副灯が起動するも区分けされた倉庫までは照らされず、網目の窓から僅かな光が差し込むだけである。更に悪い続報は、その後に響くアナウンスであった。
『3分後、発射態勢に入ります。直ちに指定の座席へ留まり、酸素吸引器を装着してください。』 「マジかよ。オクディブ、マスク・・・いや、ランタンはどこだ?」 「えーっと、確か、この棚の下に――― カァンッ カランッ カランッ
何か、金属製のパイプが棚から落下した。その音は嫌に大きく、空気や物質を通じて静寂な空間に響き渡った。
「ッ・・・。」 「・・・。」
何とか光を照らすが、マスクを見つけた段階で上から足音が響き渡った。
「消せ消せ!」 「・・・。」 「・・・。」
位置を記憶した2人は慎重にマスクを手に取るも、兵士は倉庫の廊下へ通じる扉を開いた。部屋は8個、微かに聞こえる足音は狭い部屋へ通じる扉を思い切り開き、そして閉じる。丁寧に揺れ動く光の筋、その根本には《拳銃》が握られていると容易に想像できる。
一つ、また一つ、扉が開かれる。嗚呼、奥の部屋を選んで正解だった。だが、隣の部屋まで―――
「時間がない! 撤収しろ!」 「しかし――― 「振動で小物が落ちたのだろう。勘違いだ。」 「了解。」 「・・・。」 「・・・。」
足音は遠のき、上階を往来する。嗚呼、危なかった。・・・いや、油断はできない。乱れそうな脈と肺に空気を取り込み、そしてマスクを深く装着する。再びランタンで足元を照らしたとき、サイロが端末で会話を試みた。
『彼が向かった方角は?』 (・・・右側?) 『右側の壁に背中を着けるぞ。』 (了解。)
2人で横並びになるが、それでも不安な要素が幾つも残っていた。重力が消えるのだから、身体を固定しなければ吹き飛ぶのでは? そもそも、身体に掛かる重力加速度は? 何故、空気を抜く? いいや、全てを見通す〝彼女〟が導いたのだ。ここに居ても大丈夫なのだろう。
『乗員の確認を完了しました。これより、《FN層行輸送機》を発射します。』 「・・・。」
アナウンスの後に全ての換気扇が最大出力で回り始め、埃の一つも残さない勢いで空気を吸い込み続ける。頭の中を締め付ける感覚に抗いながら減圧を耐えると、力強い駆動が地面から伝ってきた。
(仲間は大丈夫かな。) 『兵器開発1課の話? スケプトに任せろ。』 (お前も同じか。)
しかし笑い話が終わると、一気にノイズが酷くなる。これは―――外の音だ。生まれて一度も外へ出たことも、陽が出たこともない―――そこは《毒水》の海と雨に満ちた空間。重力に囚われない船は、《新人類》を潜在的に苦しめ続けた地層を難なく進んでいく。
段々と速く―――音と振動は更に激しく―――そして、全てが消える。分厚い雲を突破した船は、今、空色の空間を飛んでいる。太陽の光を浴びながら、纏わり付いた《毒水》を吹き飛ばしながら。
嗚呼、畜生、せっかくなら、その光景を瞳に焼き付けたい。しかし、想像することしかできない。一生よりも大きいエネルギーを一瞬で放つ太陽は、どれだけ〝眩しい〟のか。本物の空色に、本物の宇宙に、本物の惑星を、一生に一度でも一瞬でも、この眼で見たかった。
『只今より、《双転空間飛行法》に移行します。飛行時間は130分、加速時間は90秒です。』
船は時間すらも変化させるほどに速度を上げるが、一方で重力や重力加速度は普段と変わらない。一体、何が起きているのか、その感情は不安であり、同時に興味でもあった。この世界には知らないことが多すぎる。だから、知りたい。美しい世界も、見難い世界も、その全てを。
「知は常に前進する・・・。無知の貴方は知るべき・・・。知は、常に・・・。」
【 ☯ 】
「僕も《フォルタグルンドゥ》に連れて行ってよ!」 「後悔するぞ? あそこには、分厚い皮を纏った巨大な肉食動物が住んでいるんだぞ?」 「そんなもの! 《圧式統銃》で一発さ!」
「オクディヴ、ママとパパは、仕事をしなくちゃいけないの。」 「僕もしたい! 太陽の光で植物を育てるんだ!」 「ハハハ、それだけ知識があれば、オクディヴも活躍できそうだ。」 「はぁ・・・一体、どこから知識を拾ってきたのやら。」 「さあな、僕たちの会話を聞いて育ったんだ。その賢さは、お母さん譲りかな〜?」 「もう! ・・・でも、オクディヴが大人になれば《フォルタグルンドゥ》で仕事ができるわよ。」 「本当?」 「ええ、その為に、ママとパパは惑星の中身を調査するの。・・・その頃になれば、武器も必要なくなっちゃうけれど。」 「えー。」
「オクディヴは、どうして、武器を使う?」 「だって、敵を倒さないと、僕たちが倒されちゃうもん! それと・・・カッコイイ!」 「その敵が、言葉を喋っても?」 「・・・うーん。それは駄目かも。」 「何故か、分かるかな?」 「・・・分からない!」 「そうだな、そういうときは武器を使わなくても、お互いに問題を解決できるんだ。」 「・・・問題?」 「その土地や惑星は誰が所有している?」 「・・・所有?」 「まだ、難しかったな。・・・【対等の存在は対等に調和を望む】わけだ。」 「・・・分かった!」 「本当かい?」 「お父さんとお母さんが、仲良しっていうこと!」 「ハハハ、そういうことだ!」 「・・・もう。」
「―――ィ! オクディブ! おい! 起きろッ!」 「―――!」 『―――フロア5は配備が完了した後に、合図を送信してください。』
耳元ではサイロの声が鳴り響き、空間では大きな足音やアナウンスが鳴り響く。嗚呼、そうだ、僕とサイロは、ついに《フォルタグルンドゥ》へ辿り着いた。
「今は外して大丈夫だ。」 「・・・何が起こっている?」 「到着した。そして、上に置かれていた戦闘機が出発するらしい。」 「了解・・・その後に、予備の戦闘機を盗もう。」 「そんな、あるのか?」 「戦争は横一列で仕掛けるものじゃない。必ずバックアップがある。」
僕は軍事省を目指して直下の大学で勉強に励んでいた。その夢と道は大きく逸れたが、そこで得た知識が再び役に立つとは、思いもしなかった。・・・第1部では《天の杖》による拠点の掌握が行われた。第2部や第3部では、戦闘機や《FFF》を用いた残党の殲滅が行われるのだろう。敵地から離れた場所に軍事コロニーを設置したり、最低限の物資や武器を現地へ供給するのは、占拠に纏わるリスクを減らすためだ。そして・・・それらを輸送したということは、すぐにでも攻撃が始まることを示唆している。
『1分後にフロア5の対宇宙減圧を開始します。空間に残っている非戦闘員は、直ちにコンテナーへ入ってください。』 「・・・ここは、安全なのか?」 「ああ。」 「・・・そうじゃなかったら?」 「皮膚に含まれる液体が気化したり、身体が膨張して1分以内に死ぬらしい。」 「・・・詳しいな。」 「お前が眠っている間は暇だったからな。オフラインに保存された資料を読み漁っていたわけだ。」 「まさか、《広域通信網》に繋がらないのか?」 「2896億メートルも離れているんだぜ? そんな――― 『24秒後に減圧を開始します。』 「・・・軍事用の回線なら?」 「コロニーの完成は即日で報道されたからな。中継機器でも使って高周波か光波で交信しているのだろう。」 『12秒後に減圧を開始します。』 「なるほど。」 「・・・上に残っている軍人の対処はどうするんだ? IDも服装も――― 「ハハッ、宇宙に佇む工房を、常に見張るはずがないだろう? そして、大抵は作戦後に飯を食べるのが軍事省の仕草さ。」 『減圧を開始します。』
アナウンスと同時に、上階では大きな排気音が唸り出し、そして―――恐ろしいほどに澄んだ静寂が訪れた。壁に耳を当てれば、それなりの開閉音が振動している。まさに今、上の空間は〝宇宙〟と繋がっていくのだ。
「・・・静かだ。」 「・・・嗚呼・・・静かすぎる。」
噴射機構の音も、空気を切る音も、何も聞こえない。奇しくも、その〝音〟が世界を破壊するというのに。―――破壊されてしまえば、人々が消えて、文化が消えて、そして、情報が消える。この瞬間にも、何かが消えている。
僕が5歳のとき、父と母は第1調査隊の《科学者》として《フォルタグルンドゥ》へ舞い降りた。しかし2年が経過したとき、全員が戦死した。その経緯や理由は完全に不明であったが、今の自分は何となく理由が察せられる。―――この世界は・・・複雑だ。
「サイロ、異常を検知されないように戦闘機とハッチを開放するスクリプトは作れるか?」 「全く、無茶を言うな。・・・だが、それが正解らしい。」 「?」 「添付されていたデータに、最後の土産が残っていたぞ。まさに、そのプログラムが。」 「・・・〝彼女〟は何でもお見通しか。」
正体不明の存在は何を企んでいるのか―――おそらく、それも複雑だ。ただ、僕たちは《フォルタグルンドゥ》で見つけたい。第1調査隊の失われた成果を、父と母が調査した地質や惑星に関する記録、資料では《再生者》と呼ばれる《旧人類》の生態や実態、そして彼らが持つ魔法とは―――何かを。第1調査隊は民や国に対して裏切ったのか裏切られたのか、どちらにしても、証拠は《フォルタグルンドゥ》に隠されている―――そう、確信している。
エコーが少ないアナウンスが流れると再加圧が始まり、上階から慌しい物音が響き渡る。30分も経たないうちに、物音は消え去る。監視装置を見る限りは空間に誰も居らず、呼吸を整えた2人は、部屋と廊下を隔てる扉を、倉庫と工房を隔てる扉を・・・静かに開けた。
「・・・始めよう。」 「ああ・・・もう、始まっているさ。」
【 ☯ 】
『5―――、4―――、』 「・・・。」
戦闘服と抗生薬を装備した自分は《中型層行戦闘機》に乗り込み、コンテナーを占領したサイロは手動でハッチを操作する。管理システムや監視システムはプログラムによって偽装されるも、1時間後には全てが発覚するだろう。
『3―――、2―――、』 「・・・。」
《FFF》は《中型層行戦闘機》よりも遥かに高い性能を持つが、残念ながら予備機が用意されるほどの信頼性は持たない。しかし、学生時代に何度も仮想経験している自分は両手に手汗を握ることもなく、むしろ鳥肌が電流のように身体を巡っている。
『1―――、』
合図と同時に、最後の扉が開かれる。―――嗚呼、この、光景だ。僅かな駆動音が響くだけの虚無な空間、《廃線》よりも暗い場所に数々の恒星が佇む空間、その光すらも霞ませるほどに青白く輝く
《フォルタグルンドゥ》が存在する空間・・・白く輝く地平線の先には、《前人類》だった我々の命を宿した太陽が佇んでいる。
『・・・。』 「・・・。」
しかし、このまま中軌道に留まることはできない。12秒も言葉を失っていた自分は、ついに安全装置を解除した。
「―――発射。」
現実へ引き込まれたかのように、噴射機構の爆音が後方から唸り出す。《フォルタグルンドゥ》を飛行しているのか、落下しているのか、それも曖昧だ。出力桿で後力と翼力を開き、前面へ映し出されるホログラムの座標計器に従い操縦桿を微調整する。目的地は《エソテルボ》―――そこは第1部に続いて攻撃される《旧人類》の村々であり、そして・・・第1調査隊が消息を絶った場所である。
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