03. 闘争の意味は上書きされる
久しく姿を現した《海の民》は、14年前と同じように《エソテルボ》へ攻撃を仕掛けた。事態は一刻を争う―――今の私には何ができる? 何をするべき? 夢と同じ景色に・・・嗚呼、嫌だ。何もできずに藻掻くだけの自分を認めたくない。
負傷者数、死亡者数は不明。町が〝消滅的な打撃〟を受けていなければ、今頃・・・いや、今はマエレとパディマティスに合流するのだ。2人は《出力型》の戦士でもなければ、自分の武器は小さなナイフのみ。―――私たちは、無力だ。
「・・・マエレー! ・・・パディー!」 「・・・。」
無我夢中に走り続けたせいで、私も2人も互いに見失ってしまった。ここから町まで・・・いや、隣町のほうが近いから―――駄目だ、洞窟で感じた振動は地上よりも大きかったのだから、向こうも被害を受けている。東に見える黒煙が、その現状を物語っている。
「―――レぁ!」 「!」
後方から、微かにマエレの声が聞こえた。しかし―――そこには2人ではなく、4人の影が佇んでいる。機能的な〝ヘルメット〟を被り、植物と同化した模様の〝スーツ〟を纏い、巷で〝銃〟と呼ばれている遠距離武器を友人の頭に突き付ける2人の男は・・・《海の民》そのものであった。
「・・・ふ、2人を放せ!」 『隳鞝苈―――無理な話だ。君も大人しく従ってもらおうか。』
彼らが持つ攻撃手段は明確ではないが、私の体力や筋力だけでは勝てるはずもなく、言葉の通りに降参する他ない。彼が口から放つ言葉は私たちの知らない言語で―――それは間もなく、私たちの言語に翻訳される。その無機質な口調に、恐怖と・・・僅かに、妙な感動を覚えている。
「・・・。」 「費距苌迳讵苍?」 「・・・。」 「鞹觰芵芽。」
投げ捨てた鞄を受け取った私は、銃を突き付けられながら歩みを続けた。手足を拘束もせず、無力な私たちを明らかな態度で見下している。彼らは何を目的に私たちを―――いや、何処へ向かっている? ひとまず、今の状況を打開しなければ。彼らを観察すれば、何か分かるかもしれない。
ヘルメットは頭部への攻撃を防ぐだけではなく、様々な機能が付いている。半透明の板は目を保護するために、先程の翻訳された声は横側に空いた穴から聞こえた気がする。しかし、今は彼らの言葉しか聞こえない。―――彼らは、誰に向かって話している?
前を歩くマエレから、啜り泣く声が聞こえる。その背中に―――嗚呼、今は考えたくない。怒り、憎しみ、悲しみ、その複雑な感情に呑まれないよう・・・失われた日常など・・・。
ママは、無事に逃げた? ルジャカルボは、馬鹿をして・・・今、家族は・・・。
『芨酏苧―――お前ら、泣くんじゃない。』 「う、・・・五月蠅ぃ。」 『讃芢苄―――泣いていい。今しか、泣くことはできない。』 「・・・。」
「お前たちが《エソテルボ》に火を付けたんだな?」 『芻苌軥―――その主語は間違っているが、そうだ。俺たちの社会が侵略を始めた。』 「何故だ! 何が欲s ガッ 『芨芢、―――おい、お前も感傷的に答えるな。』 『閪芩苁―――分かった。』
パディマティスは理不尽に頭を殴られ、再び静寂が訪れる。草を踏み締める音の一つ々々が、自分の心に這い回る歪な傷を明瞭にしていく。殺されるのか? 犯されるのか? いや、その場で行えば済む話だ。それなら―――
『鎞銅芵―――到着した。』 「・・・何処だ?」 『覽辈苅―――何処でもない。村人も、仮説本部の奴らも、誰も来ない森の奥さ!』 「ッ! おい、離sッ!」 「え、n!」
髭を生やした男はパディマティスの髪を掴んでは茂みへ放り投げ、隣のマエレを樹木に押し付けた。もう一人の大柄な男は背後から私の首に腕を巻き、頭に銃を突き付け、その光景を無言で眺めている。
「助ぇt 『荴荷荷―――俺たちは1ヶ月も森に籠っていたんだ、今にも股間が爆発しそうだ。』
男は荒い息で、右手に銃を握ったまま、徐に股間を弄り出した・・・嗚呼、そういうことか、後者が目的だったのか。
「マエレ!」 『花苌辗―――この女は俺が貰うぜ! クソッ、ファスナーが開かねぇ―――
その時だった。高く鋭い轟音が右耳から左耳へ抜けたと思えば、マエレを犯そうとした男の頭部は一瞬にして破裂した。鮮やかな草木、私の額にまで紅色の飛沫が飛び散り、首から上を失った体は血を湧き出しながら地へ崩れる。その一転する様子を目の当たりにした私は―――思考ができない。
「・・・ぅ、パディぃぃぃ 「落ち着け・・・もう、大丈夫・・・。」
マエレはパディマティスに抱き着き、それは悲惨な状況で在りながらも少しだけ安堵した。後ろの男は仲間を殺した。その意図は分からないが、一時でも猶予を作ってくれた彼は・・・しかし、首に巻き付けた腕を緩めようとはしない。
「・・・どうして、助けた?」 『誨裡芢―――勘違いするな。俺は、奴の行為を許せなかった。家族を持つ文明人として、野蛮な同族が許せなかった。それだけだ。』
横目に映る男の表情は険しく、心を殺していた。だが、そこには私が持っていた複雑な感情と同じものが滲み出ている。いや、何かを覚悟したような、そんな顔を。
『花芿苧―――こちら・・・チームA。水源補給箇所で確認された3人の民間人を始末する。』
「・・・どうやら、逃がしてくれる気はなさそうだな。」 『貾苁芽―――言ったはずだ。これは戦争・・・敵を殲滅する意思は変わらない。そこで齎される死に、俺は最大の敬意を称する―――
彼は銃をパディマティスへ向けようとした。それは―――彼が最も油断していた瞬間でもあった。
「ゥ!」 「拾って!」 「!」
私たちを見縊っていたのが幸いであった。太腿に隠したナイフを彼の膝裏に刺せば、蹌踉めいた隙に私は腕から抜け出し、パディマティスは死体から銃を引っ張り出した。死体の肩に紐が引っ掛かるも、その銃口を男に向けたまま、姿勢を直した2人は身を固める。・・・私は、男の右腕を乱しても銃まで奪うことはできなかった。
「イテテ・・・。」 「レア!」
『苇芤苢―――どうやら、俺を殺せる程度の〝魔法〟は持っていないようだ。』 「・・・そうだな、でも、そっちの魔法は俺の手に有るぜ?」 「・・・。」
彼らは住民が持つ能力を知ったうえで、あの余裕を? 今の言い草では、私たちを観察していた。全員が戦闘に不向きだと見抜いて? いや、何を知っている? 私たちを〝どこまで〟知っている?
『芨酏苌―――お前のような少年に、引金が引けるか? 人間を殺す勇気はあるか?』 「ああ、この指の部分? そうだな。お前は《エソテルボ》を無茶苦茶にした、その理由だけで充分だ。」
「・・・俺の両親を・・・俺の家族を・・・ぅ、返せよ! おい・・・なぁ!」 「・・・。」
パディマティスは大粒の涙を頬に垂らしながら、男を憎み続ける。しかし男は、先程と眉の一つも変わらない面で彼を見詰めている。血に塗れた2人の沈黙する姿は、異質だった。
『花苪芪―――これが戦争だ。【創造と破壊は一つの変化に過ぎない】。【悲劇に感化された感情が新たな悲劇を生む】。【勝者が敗者の過去を記す】。そう、教えられた。ここで一人の兵士を吹き飛ばそうが、戦況は変わらず、心に空いた穴は塞がらず、何も得られずに終末を迎える。』
「―――いいや、違うな。」 「・・・!」
明後日の方向から聞こえた一言を境に、状況は一変した。取り囲むように近づく複数の戦士。その背後には火災を逃れた多くの住人。そして、赤髪と鋭い目付きをした町長が―――姿を現した。
「【万物は情報を秘める】のだから、一人の兵士も生かすべきだろう。お前さんは、敗者が記した歴史を学び忘れたようだな。」 「―――親父ぃ!」
【 ☯ 】
「〝奴〟と同じように幾つかの部隊が在るわけだな。その人数も教えろ。」 『覼郝陻―――仮設本部には32人の兵士がいる。作戦を立てた後に、そこから5つのチームに分散して行動する。基本的に2人で行動する。』 「その場所は?」 『花花苍―――ここは〝領域C〟の13-01だな。嗚呼、そのまま北へ進めば辿り着く。』 「どうだ?」 「ええ、確かに嘘は言っていない様子ですね。」 「テレパシーの反応も虚無ッ。ていうか《海の民》は能力を持たないんだろ?」 「油断は禁物。息子と同じように感覚で位置と方角を理解しているのだから、この際は《無能》も侮れん。」
肌に付着した血を拭き取る私の横では、パディマティスの父親と心理を探索する人間が大柄な男を囲み、慎重に尋問を続けている。彼は立場を弁えているのか、脚の手当に敬意を示しているのか、妙に正直だった。やはり、彼は素手の戦士すらも手強いことを知っている。
・・・前回の奇襲では〝想定される敵の行動〟が考案も共有もされていないという問題が致命的な敗因に繋がった。こうして皆が町を脱出できたのは、素早く有事を判断して〝地下通路〟に潜ったが故である。―――ただし、私たちが無事に発見されたのは奇跡的だった。
「全く、ヘルメットに便利な翻訳機が付いていたとは・・・これを捨てた〝奴〟も賢いですね。」 「そうだな。しかし彼も、相方の頭を吹き飛ばすとは・・・研究に使えず困ったものだ。」 「話が片付けば用済みです。2人を殺めて言語と機構を解析しましょう。」
小岩に座る2人目の《海の民》は、避難場所へ向かう途中に木の上で潜伏していたとか。もう一人の兵士には逃げられてしまったが、今のところは尾行もされていない。
「・・・そう、容易く殺してはならん。」 「何故です!? そんな危険を 「人間だからだ。我々と同じ人間だ。・・・彼らにも家族がいる。互いに殺し合えば、互いに怨み合う。・・・復讐が新たな復讐を生み、何れ無と化す。それは〝核の連鎖反応〟のように・・・何も手に負えなくなる。」 「・・・。」 『酓芭、―――全く、その通りだな。』 「ッ、・・・好い気になりやがって。」
何なのか。・・・何かを忘れている。幸い、ママと兄が別の班に合流した話は聞いている。彼らは《ティロディアクボ》という星から、この大地・・・《フォルタグルンドゥ》と呼ぶようだが、ここへ来た目的は〝仮設本部〟の護衛だけと言う。
「皆、聞いてくれ。ここからは彼らの仮設本部を制圧する組と、東の非常拠点へ向かい隣町の民へ情報を共有する組に分かれる。戦士は8:2に、加えて《入力型》の民も能力が役に立ちそうであれば制圧に参加してくれ。」 「私は必要そうね。」 「町長、僕は行くべきですか?」 「そうだな、今回は人間を感知できる民が必須だ。」 「ワシも参戦しよう。」 「爺! 火吹きの老人は―――
身体や性格と同じように、魔法も親から子へ引き継がれていく。それは強い力を持つ一族が絶対的な支配を続ける理に思えるが、実際は力など時代と共に遷移する一つの要素に過ぎず、結局は突発的に芽生える〝芯〟が集団を組織する。―――パディマティスの父親が見せる背中は、14年前の勇敢に立ち向かった姿と同じなのだろう。それは母が語るものではなく、彼の息子が見せた勇姿と―――
「なぁ、その厳つい銃を俺に撃ってくれよ。」 「正気か? 爆発するんだぞ?」 「そう焦るな、俺の硬貨した皮膚は火力を扱う戦士よりも硬いんだぜ?」 「・・・分かったよ。ここから離れた場所で実験するぞ。」 「パディ! 気を付けてよ?」 「安心しろ、この〝厳つい銃〟があれば何も怖くないぜ。」 「・・・いつものパディね。」 「はぁぁぁ。勇敢なのか、馬鹿なのか・・・。」
攻撃の具体的な内容は事前に通知されるらしく、それらは真上の青空に浮かぶ〝居留地〟から、未知の技術によって送られる。隣町に道具や家具を浮遊させられる家系を聞いたことはあるが、まさか土地すらも掌にあるとは、恐ろしい民族である。
攻撃は3部に分かれており、その第一歩として《天の杖》が周囲の町へ投下された。本来は町が跡形もなく消え去る威力であり、これが不発だったのは幸運だと言う。・・・畜生、何が〝幸運〟だ。次は何の〝不運〟が訪れる?
「・・・にしてもよッ、最近は変なノイズばっかりだなぁ。」 「貴方も? 自分も感覚に違和があるんだ。」 「お前さんの能力は?」 「ああ、人の気配を感じ取る程度の能力さ。何か、1ヶ月前から潜んでいた奴らに気付いていた〝勘〟だった、とかね。」 「勘なんて古臭い概念を信じるなよ。世間話で留めず真面目に研究するべきだったぜ・・・ヘッ、虚無だなッ。」
―――思い出した。彼らは時々、謎の対象へ・・・それこそ虚無に向かって会話する癖があった。いや、報告だ。私たちを殺そうとしたとき、こちら・・・〝チームA〟と。
【 ☯ 】
古風な恰好をした大勢の村人は、何やら討論を行っている。おそらく、仮設本部の話を聞いて襲撃でも企んでいるのだろう。そう噂をすれば・・・ヘルメットを外された調査隊員の一人が無防備に、こちらへ向かってくる。生憎、彼の名前を思い出すほどの面識はない。
「・・・どうやら、互いに相方を失ったらしい。」 「お前は確か、チームCの主任だったな。」 「そう、えーっと。自分はリゴン。」 「・・・フェドだ、今更だが。」 「君ほどのタフガイが捕虜になるとはね。」 「ハハッ、こんなに自由な捕虜とは、相手も我々を舐めているようだ。」
彼らの能力を目の当たりにするまでは、確かに平和な世界とギャップが存在した。これほどのエネルギーを発揮するとは・・・いや、生命力と言うべきか、彼らの容姿には、自然と共存を図る息遣いすらも感じられる。それに、彼らは原始的な生活が似合わないほどの美顔だった。
第1調査隊が派遣された後に一戦を交えたという機密情報は教えられたが、今日まで《海の民》と呼ばれる我々に対抗できる策を備えていたことに、敵ながら安心した。・・・彼らは多くの仲間を、《ティロディアクボ》からすれば極小でも絆の強い仲間を失ったのだ。当然と云えば、そうだった。
「翻訳機を捨て、情報を守るとは見事だったな。」 「おっと、見当違いだ。自分は〝彼らが攻撃されるのを防ぐ〟ために手段を絶ったに過ぎない。」 「・・・お前は、寝返ったのか?」 「いや、うーん。自分は平和を望んでいる人間かな。」 「そんな呆れた理由とは、兵士として失格だぞ。」
「ああ、そうだよな。・・・でも、貴方は命令に忠実というか・・・残酷だ。こうやって〝捕虜を偽る〟なんてさ。ここの座標、敵の勢力、全ての会話が筒抜けでさ。」 「【未知は目の敵、無知は己の敵】というわけだ。奴らに俺たちの情報を渡すぐらいなら、俺たちも奴らの情報を送るのが最な務めだ。そんな忠誠心を持たない曖昧な奴は、何の役にも立てない。お前も家族を忘れてしまったのか?」 「・・・確かに、翻訳機を捨てたせいで彼らの言葉が分からなくて困ったよ。・・・翻訳機の仕組みは、知っているだろう?」 「本部のサーバーを介して、声質を保持しながら翻訳を・・・そうか。記録に反逆行為を残さない工夫は、誉めてやろう。」
「自分は、真に平和を望んでいる。家族を守る。彼らを守る。貴方も気付いているだろ? ここは〝資源〟を目的に襲われていることを。」 「俺はリスクを冒したくない質でね、愛すべき家族の無事を第一に動いている。お前は〝板挟み〟ではなく、国と彼らに〝挟まれている〟現実に気付いたほうがいいぞ。訴えられてしまえば――― 「承知さ。だから、こうして説得している。・・・変だと思わなかったか? 君は〝ここに来て初めて僕の状況を知った〟ことに。」 「―――まさか。」
【 ☯ 】
「・・・! 来るぞ!」 「えっ? 来るってn 「複数人の気配! 全方位から!」 「!」
隣で笑談していた男の叫びを境に、皆が態勢を整えた。私は銃を構えて、静まり返った周囲に耳を立てる。―――僅かに聞こえる茂みの音。それに気付いた私は銃口を、そして皆が一斉に気を向けた。
「・・・おっ、うわ!」 「パディ!」 「俺たちは敵じゃねぇよ!」 「何だ・・・ 「違う、君たちじゃない!」 「・・・。」 「多いぞ・・・6人以上だ。」
事態を察したパディマティスも銃を構える、しかし町長は、小声で策を提案した。
「最終手段だ、例の波動で奴らの攻撃を封じるぞ。」 「いいのですか!? アレを使うと・・・ 「やむを得ん、ここで死ぬよりはマシだ。」 「・・・了解。」 「近いぞ! 78メートル!」 「すみません・・・皆さん、耐えてください。」
「2人とも、銃を捨てな。」 「・・・何をするの?」 「《グリッチ》だよ。ほとんど使い道がない能力―――だが、14年前でh 「39メートル!」 「頼んだ・・・ガリン、メアンメト。」
眼帯の男が呪文を唱えた瞬間、多くの人間が身体を〝固めて〟しまった。中には全身が痙攣する者、頭を抱えて唸る者、発作に耐えられず嘔吐する者、その数秒間は、無機質な阿鼻叫喚・・・そんな単語に相応しい光景だった。
《無能》の自分には何も分からない。隣のパディマティスやマエレは意識が危うく、《グリッチ》を発動した彼も自滅したのか、体力を使い果たしたのか、失神してしまった。それは人に留まらず、稲妻が走った銃も同様に影響を受けたと思われる。これが、14年前に発揮された―――《海の民》が持つ魔法を無効化する能力なのか? ―――間もなくして敵は茂みから姿を現した。我々の自滅を期にしたのか、ヤケクソ気味で銃を構えるも、そこで彼らは銃が壊れていることに気が付いた。
「!? ・・・ッ!」 「鍐釞! 鍐釞ッッッ!」
その大声に、敵は背を向けて逃げ出した。しかし早期に回復した戦士は、散り々りに逃げる《海の民》を全力で追い駆ける。彼らの多くは脚が速く、鋼鉄の身体に体当たりされた敵、豪速の石を投げられた敵、そんな鈍い音が聞こえる最中、あちらの奥では明るい炎が揺らめいている。湿気が少ない今の時期に火を使うとは、後々の消化が面倒だろうに・・・。
「はぁ・・・これで〝また〟敵の手掛かりを失いましたよ。」 「命が助かればそれでいい。機械は敵の仮設本部にある。そこで新しい情報と技術を手に入れるのだ。」
「ちぇッ、この銃も壊れたのか。役に立つ武器だったのに。」 「いいじゃない、方角が分かるだけで《無能》の私よりも役に立つんだから。」 「いい度胸だ、《入力型》の逆鱗を・・・ 「皆、捕虜がいない! あの大きな男が!」 「!」 「野郎、ドサクサに紛れて逃げやがった!」
次々と戻ってくる戦士と、担がれたり引き摺られる《海の民》に、その男は見当たらない。しかし彼には武器も防具も―――そうか、ヘルメットは味方同士で交信するための道具なのだ。既存のテレパシーではなく、生の声で会話や報告を行っていた。機能が壊れて連携が取れなくなったのだから、彼らは大声を出した。偵察の気配もなしに全員が私たちを囲んだのも・・・嗚呼、そういえば大男は座標らしき数字を口にしていた。―――そうだ、こちらの情報は全て漏れていた。
―――と、いうことです。」 「・・・〝翻訳機〟もあれば、〝通信機〟もあると。何と、安全の管理が甘かった。」 「仕方ないよ親父。14年前も、奴らの全貌が分からなかったんだろ?」
「・・・そうだな。・・・しかしだ。リスクを冒す分だけ絶える命は増え、リスクを冒さなければ後に駆逐される運命にある。その判断を下すことは・・・とても、重いんだ。」 「・・・。」
「勝ちますよ、いや、何が何でも生き残りますよ。私は《海の民》を間近で見て、勝敗は魔法でも情報でもなく、絆というか・・・〝集団の意思〟が決め手だと悟った。」 「・・・ほう。」 「彼らも、人間でした。欲望に忠実な者もいれば、確固たる意志で動く者もいる。全員が全く同じ目的を持つことはないでしょうけれど、彼らは・・・戦争を始めた〝本当の目的〟を、何一つ語らなかった。いや、知らなさそうだった。」
私たちの言葉を聞いた町長は膨らみのある鼻髭を摩りながら、最後に深い息を吐いた。
「・・・どうやら、時代は進んでしまったようだ。」 「・・・?」 「リクレアが疑問を抱いた〝集団の意思〟というのは、社会の規模で〝希釈〟されてしまう。その目的が社会の利益になる内容でも、個人や集団が不満に思うのなら、意思は成り立ちにくい。―――彼らは知らないんだよ。」
「・・・そうなら、どうして奴らは目的もなしに俺たちを殺そうとする!?」 「存在するのさ、〝本当の目的〟が、それを持つ人間が。・・・私は〝罪〟を持たない人間を殺したくない。お前も、何れは分かる。社会の長として判断を下す苦しさが。」 「・・・。」
パディマティスの父親は私たちに苦悩・・・理論を語り終え、再び戦士たちと会議を始める。彼の話を聞いたせいか、妙に憂鬱だった。私たち・・・特に、大切な何かを失われた人々は、誰を憎むべきなのか? 兵士? 頭領? 戦争という概念? 憎むべきではない? 何をするべき?
乾いた土に踵を押し込み、私は空を見上げた。そこに浮かぶ〝居留地〟まで、いや、彼らの故郷である《ティロディアクボ》まで行かなければ全ては解決しない。鳥のように空を飛べる人間は聞いたこともないが、目の前にいる《海の民》は何かを知っている。知らなければ、学ばなければ。町長のような指導者を気取っているわけではなく、ただ、恐怖を感じて生きたくない。自分が《無能》でも、それが人の強さと無関係であると思いたい。だから私は―――地図を作り続けていた。
「・・・私も、仮設本部へ行く。」 「レア、お前は・・・ 「行きたいの、魔法は関係ない。」 「・・・彼らの気持ちを知るには、私も彼らから学ばなければ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます