02. 意思を秘めた賢者
「なぁ、オクディブ。お前の机に置かれた旧型の《仮想分子検証装置》は何色の文字が表示されるか覚えているか?」 「ハハッ、僕の記憶力を舐めないほうがいいぞ? 空色だね。」 「ふーん、だったら〝空色〟が何か説明できるか?」 「空色? そりゃ、惑星に降り注ぐ光子が大気中で散乱するときに波長の短い寒色が――― 「それは、自信を持って〝空色〟と言えるか?」 「うーん、見たことないからなぁ・・・ 「そう! 不思議に思わないか? 俺たちが言語を形成する過程で空の色を〝空色〟と名付けたのは紛れもない事実だ。しかし、《ティロディアクボ》へ完全に定住した《新人類》は〝空色〟を何と説明する?」 「・・・確かに。」 「最も《科学者》や《歴学者》は根拠まで説明できるが、一般人は目の色だとか光の色だとか〝主観的な日常〟で例えてしまう。」
「つまり?」 「言語は長期的に情報を保存する媒体として欠陥が多すぎると思うんだ。写真や音声とは別の〝一次的な知識の参考〟が必要になる言語・・・少なくとも自然言語で歴史や文化を記述しても、物理的な〝ノイズ〟が増えるだけ。空色の〝空〟だって、恒星が・・・アレ、何だっけ?」 「〝太陽〟だよ。」 「おう、それだ。そうやって階層的に―――
生まれてから一度も青空を見たことのない《新人類》には、太陽という存在が物理的にも心理的にも遠く感じられる。青空と同様に《フォルタグルンドゥ》では身近な概念だったらしく、それが方角を確認する手段、それが食糧を生産する要素、それが多様な生命にエネルギーを―――とにかく、無数の恩恵を得られる。少なくとも、僕たちは太陽の本質的な価値や活用を知っている。
これは【存在が失われた刹那、直観はそれの価値を初めて理解する】という諺に通じる。が・・・価値が理解されないまま、徐々に存在が失われるものを知った今・・・それは諺も同じだと悟った。
「スケプトの考えは分かるけれどね、この〝流動的〟な宇宙に〝絶対的〟な情報を残すなんて、無理な話だと思わない? 無機物に刻むよりも、環境の遷移に対応できる〝何か〟が常に存在しないといけないのよ。」 「・・・ほう。」
《ペーパー・モニター》の設計図を見詰めるストゥシィスティが、ふと話題に加わった。持論を話し終えたスケプトはインカムを触りながら、再び思考を巡らせる。
「・・・つまり、昔話や伝説を語り継ぐ人類のような〝機構〟が重要ってことか?」 「フフゥフ、そういうこと。」 「《保存者》が生命を作る必要があるとは、随分と面倒な使命・・・ 「俺たちは〝兵器開発者〟だぞ。生命を脅かす奴が生命を案じるなど、精神が持たない。」 「・・・。」
サイロの一言に、皆が自分を見詰め直した。鋼鉄の部屋と無数の電子機器に囲まれた自分たちは、確かに生命を蔑ろにする元凶かもしれない。しかし―――
「自分は【武器が自他の運命を平等に扱う】ことを信じているよ。兵器は生命を破壊する道具だけれど・・・それは生命が自身を守る強力な手段でもある。だから、僕たちは《フォルタグルンドゥ》の再移住に向けて〝危険な動物を駆逐する兵器〟を開発している。だろ?」 「・・・。」
「今日の《ティロディアクボ》に住む《新人類》が、世界の理とされた〝弱肉強食〟を忘れるのは仕方ないさ。」 「・・・オクディブの言う通りかもな。結局、人類は欲求や本能から逃れられないままかもな。」 「・・・こんな話題だっけ。」
謎の結論で話題に幕が下り、各々が元の作業に復帰する。が・・・現在は《朝の時間》なので、残業を嫌うスケプトはソファーで中途半端な瞑想をしている。彼が担当する〝兵器が及ぼす影響の検証と評価〟は誰よりも早く片付けられるため、何も文句はないが・・・テーブルに空のコーヒーカップやら《情報操作端末機器》やら私物を置いたままにする癖は直りそうにない。
自分のグラスと一緒にスケプトのカップを持ち去ったサイロは、ここ一番の効率家であり何かと口が冷たい。しかし紺色のポニーテールは面倒屋の証拠であり割と皆に気を使うなど、よく分からない性格を持った〝回路の執筆者〟である。
自分とストゥシィスティは同じ〝兵器の設計者〟に見えるかもしれないが、実際は自分が小型兵器を、彼女が大型兵器を得意としている。こんな自分も大学を卒業した〝エリート〟に分類されるわけだが、特に紫色の瞳と髪のストゥは科学応用部門の中で最も頭脳成績が良く―――
「あら、隣の班のフィードバックが届いている。」 「あー、そういえば向こうの軍事コロニーが完成したんだっけ、3日前ぐらいに。」 「もう使われたのか? 司令部もセッカチだな。」
「でも、どうやら《天の杖》は半分ぐらいが不発だったらしいよ。」 「やっぱりな! 多重層のコーティングもしないで低軌道から投下するなんて無謀な話だ!」 「消耗品だからと資源をケチった末路だな。」 「ハハハ・・・僕たちの兵器は完璧だと祈るよ・・・。」
これまでの兵器開発1課が考案した兵器は無数に存在するが、今回の《移住計画》では《新人類》が再び《フォルタグルンドゥ》での永続的な生活を営めるよう、環境構築の一つとして安全の確保に適した兵器が使用される。僕たちが2年前に開発した《自由飛行型戦闘機:FFF》と《超磁力式自動小銃:MRG》も計画の第2部で使われる旨が通達されたので、敵は随分と手強い様子である。
「しかし、こんな強力な武器を開発したのはいいが・・・本当に必要なのか?」 「ハハッ、現地に肉食動物がいるのは承知だろう? まだまだ《フォルタグルンドゥ》は謎に包まれている、そういう場合こそ【備えあれば憂いなし】だと思うよ。」 「動物ねぇ・・・あんなに可愛らしい家畜が、本当に人を襲うのかい? 資料で見た奴らは最早〝モンスター〟だったぞ。」 「環境が違うから、エンティティーも特性が変わるのよ。安地も安定もない世界では、絶対的な力を持った生命だけが生き残り続けるわけ。」 「はぁ・・・自然っていうのは恐ろしいな。」
実際は単純な話ではないらしく、《移住計画》の概要を聞く限りでは動物や植物に寄生する細菌やウイルスも侮れない敵であり、実際に14年前の第1調査隊が動物の攻撃に遭遇したり想定外のウイルスに感染するなど、まだまだ課題が残っている。《ティロディアクボ》の千年も続く大雨や暴風もそうだが、自然の力は本当に恐ろしい。
「スケプト、そろそろ08時だぞ。コーヒーも淹れてやったから、さっさと腰を上げて《OS》の新鮮なタスクをやりな。」 「あと5分・・・ 「膝に掛けてやろうか?」 「はいはい! やりますから!」
そんな過酷な《ティロディアクボ》は、そもそも人類が居住する惑星ではなかった。千年前までは本来の・・・歴史では《前人類》と呼ばれるが、僕たちの祖先は《フォルタグルンドゥ》に住んでいた。ここと変わらない生活、それも太陽と青空の下で暮らしていた《前人類》は、制御不能な災害を被ったことで《フォルタグルンドゥ》という故郷を捨て、それまで鉱石資源を採掘していた反対側の
「たった今、《FFF》の追加プロブラムの最終版が完成したぞ。検証も問題ない。」 「・・・は? あれ、完成版として提出しちゃったよ!?」 「はぁ!? パッケージに何のラベルも貼ってなかっただろ!?」 「この前まで〝無印が完成品な〟とか言ったじゃない!」 「それは検証用のデータの話で――― 「ヘイ、2人とも落ち着け・・・とりあえず行動が先だ。」
ここへ避難したのは約500名。人類の再始動を掲げて〝5人の賢者〟が開拓の先導を行い、段々と《ティロディアクボ》に地下都市という蟻の巣が繁栄した。生活循環が安定した最近に第1調査隊が宇宙船で《フォルタグルンドゥ》へ派遣されるが、故郷を生き延びた《前人類》の存在は確認されなかった。対して人体への影響が懸念されていた汚染は治まっており、第2調査隊の帰還後に《フォルタグルンドゥ》が居住可能であると断定された。
「《FFF》とか2日前に量産開始の通告が来たのよ!?」 「今から仕様の変更なんて許されるのか?」 「なぁ、何か俺が悪いみたいな空気になってねぇか!? 基幹のシステムじゃなければ、プログラムは外部から上書き・・・そもそも《FFF》の設計者はストゥだろ?」 「そう、そこに改竄防止用の《オーバー・セキュリティー》まで組み込んで・・・ 「そうだった! あれ100機ぐらい作るんだろ!?」 「損傷時の負担軽減に関するプログラムがないのは、マズいぞ。」
特に千年前の災害に関する歴史は凡そが消失しているので何も言えないが、これだけ発達した科学を持つ人類が太刀打ちできなかった災害とは、一体何だったのか? 一説には原子力を用いた兵器で大規模な戦争が勃発した過去を政府が隠蔽している話を云われたりするが、何にせよ明白な根拠が存在せず、とにかく《フォルタグルンドゥ》の情報は今日でも殆どが公開されていない。
「なぁ、本番で運用しないと正確なプログラムが書けない態で、今回は見送らないか?」 「それ俺の前で言うか?」 「正直にミスを伝えましょうよ。多少の評価は下がるけれど・・・フフゥフ、この際に《オーバー・セキュリティー》の実態―――見たくない?」 「・・・! 整合性の点検も必要だと言えば現地で 「待て待て、待て。何を目的に!?」 「知的好奇心。」 「ハァ!?」
陰謀論は良からぬ考えだが、時には娯楽として、時には本能として考える節がある。例えば調査隊も僕たちと同様に情報の一切を口外してはならないが、注目するべき点は調査隊の平均年齢である。科学応用部門は若者から老人まで幅広い年齢層より構成されているが、一方で調査隊だけは家族持ちのオッサンばかりである。それなりのリスクを含む役職に―――扶養者を採用するものか?
「大丈夫、見るだけよ。」 「ストゥが言う〝大丈夫〟は信用できねぇんだよ。」 「分かった、多数決でいい。今は2対1、オクディブの意見次第で現地に足を運ぶか決めるんだ。」 「サイロ、お前そんなキャラだっけ!? ・・・分かったよ。・・・オクディブ、お前はどうだ?」
これも社会的な方針だと言われてしまえば文句は出ないが、社会の因果や相関が複雑すぎる現在の統制を〝5人の賢者〟は把握しているのだろうか? 何が無造作で、何が必然的か。時々・・・自分という役割が生み出す意義や本質が、分からなくなる。兵器の開発が何を―――
「オクディブ? ・・・ヘイ!」 「!? ・・・な、何だ?」 「・・・考え事か?」
「・・・いや、少しだけ危険な妄想をしていて・・・ 「良い考えだと思うか?」 「・・・悪くはないと・・・思う?」 「ほら、これで3対1よ。」 「嗚呼・・・お前は、まだ若いんだな。」 「うん・・・え、何の話?」 「いいさ、若者の心には負けたよ。 「スケプト含めて全員20代だろ。」 「現地で《オーバー・セキュリティー》の仕組みを見学するぞ。」
「・・・は?」
【 ☯ 】
1課の研究室を施錠した後、僕たちは必要な機材を持ち製作所へ向かった。確かに追加パッケージを正常にインストールする必要はあるが、その為に全員が現場へ出向くのは不自然な気もするが。
科学応用部門の拠点は分散しており、特に地上での試験や運用が強いられる製作所と電子情報の徹底的な保護が強いられる研究所は場所も高度も遠く離れている。
「向こうも両者の部長に黙ってくれるのは有り難い話だけれどさ・・・その〝工房3F17〟って何処だよ!? 第○製作所とか単純な名前だったはずだぞ!?」 「自分が配属したときから、そんな名称だったよ。」 「スケプトは理論工学が担当だからな・・・《移住計画》の経過に伴って担当が細分化されたんだよ。」 「そうそう、世界は広いの。」
いつものように退屈な灰色の廊下で白衣を纏った関係者と擦れ違いながら、複雑な迷路を潜り抜けた先で少しは彩がある広間の《通行搬送帯道》に一時だけ足を休ませ、10分後に第3ターミナルへ到着すれば色彩の豊かな草原で寛ぐ人々、または行き交う人々を通り抜けて《高速列車》まで歩みを続ける。あの、螺旋のエレベーションが有名な《線》である。
ここ最近は〝磁場の逆転〟が発生しているせいか地上付近の都市や施設が閉鎖される日も多く、故に深層部の名所である楽園と植物の憩いを求めて観光人が増加している。既に《空間恐怖症》という単語は死語になりつつあるが、それでも人間が無機質な空間に留まるのは難しいようだ。
「こんな《科学者》ばかりの巣窟よりも、第2ターミナルにある牧場のほうが広くて休めるだろうに。」 「そう考える奴が大量にいるから、第3ターミナルなら空いていると思う奴も現れるんだよ。集団心理ってやつだ。」 「ハハハ、何処も【人は人を見て動く】からね。」
「・・・もしかして、今のは諺?」 「お、正解。・・・って、まさか。」 「クソ、またストゥに先を越された。」 「はぁ、まだ下らない賭け事は続いていたのか。」 「いいよいいよ。自分も、何だか諺に思考が縛られているような気がして・・・無意識だから、指摘して。」
「諺か・・・そこまでとは、宗教の道具みたいだな。」 「まさか、今の宗教は《奇想の仮想》に過ぎないだろ? 古典的な宗教は例外なく消えている。」 「〝信仰〟やら〝崇拝〟やらがなくとも集団的な暗示は宗教の一つだ。ミームは面白いが、恐ろしいぞ。」 「いいじゃない、自由だし。」 「・・・まぁ、個人の勝手かもな。」
サイロが指摘するように、自分も諺に暗示を受けているのかもしれない。それは先代が大切だと判断して圧縮した知恵であろうと、言葉という時間や空間を超える存在は、同時に〝古く悪い〟考えを伝搬しているかもしれない。《フォルタグルンドゥ》へ辿り着いた《新人類》は〝その遺伝〟を断ち切るために言語を再構築したというのに、果たして効果はあったのか・・・。
人間は根拠や意義を持ちたがる。それは文化や学問として世界を良い方向へ運ぶが、それは同時に存在しない〝真実〟やら〝神様〟やらを創造する、いや、実際は分からない。現に、僕たちは進化の過程を経て生存した〝だけ〟なのか、初めから意図的に存在している〝だけ〟なのか、今日まで証明されていない。しかし・・・皮肉にも、存在しない〝それら〟は《フラクタル》のように自分で自分の根拠として仮定している。時間や空間を辿るのだから、証明が・・・意味が―――
「ねぇ、スケプト。朝方で理想の言語について熱弁してもらったけれど、今の言語が作られたときは―――何を・・・いや、昔の言語から・・・いや。ごめん、何でもないや。」 「お、おう?」
そうだ、言語も同様に長い年月を経て遷移するものであり、そこに極端な歴史を保持できるわけではない。最も、千年前の歴史を知ったところで得られるものはない。
「・・・何だよ、気になるじゃねぇか。」 「ごめんよ、途中で矛盾に気付いたからさ。」 「何だか、今日のオクディブは落ち着かないわね。」 「自分も何だか。」 「・・・。」
作為性という莫大な概念に不安を抱いていた、それだけだった。こうして、無鉄砲に根拠や意義を探し求めてしまう自分も・・・まだまだ未熟なのだろう。
【 ☯ 】
「それにしても、1課の人間が製造現場に来るとは珍しいな。」 「ハハハ・・・完璧を目指しているつもりですが、僕たちも人間ですから。別に、どれだけ現物を見ても―――浪漫が感じられるので、良いですよ。」 「そりゃぁ嬉しいね、俺たちも誇りに思える。」
サイロとストゥが脚立の上でシステムの更新を行い、その手前で自分は工房3F17の所長と雑談する一方、スケプトは《FFF》の周囲を歩き回りながら目を開けたり閉じたりしている。違法に外部の技術を盗み取る様子が勘付かれないよう、自分は所長を引き留める役目を担っているわけだが、こうして傍観すると・・・やはり、全員が変人だと思い改める。
「それにしても、1機ずつ更新するのは大変そうだ。」 「仕方ないですよ、どっかの誰かさんがテキトーなメモで 「聞こえているぞ。」 「まあまあ。別に、手順書とデータさえ渡してくれても黙って・・・ 「特殊な機体なのでシステムが複雑なんですよ。」 「ああ、そうだよな・・・俺も最初は驚いたよ。こんな兵器・・・いや、移動手段は初めて見た。」
確かに、飛行機といえば翼と出力装置が付いた機体を想像するが―――この、パラボラアンテナを組み合わせたような巨大な円盤は桁違いの性能を秘めている。複雑な繋ぎ目をした鋼色の表面は全身が空気を斬る翼であり、その下部にはタービンも噴射機構もない3個の不思議なスラスター、そして自分が設計した《MRG》が露出している。
《FFF》は、学生時代のストゥが1課に配属される前から設計していたものだ。フリスビーを基にした飛行機は既に考案されていたが、彼女は従来の翼や出力装置を取っ払ったうえにスラスターの技術を独学で開発してしまった。宇宙に存在する4つの力を上手く弄ることで自由に浮遊させられるというが、彼女の論文を読んだところで誰も理解できず、発表会で試作品を飛ばしたら速攻で軍事省に攫われたという伝説が残っている。
「終わったぞ。次、行くぞ。」 「オクディブ、あと何機ぐらいよ?」 「えーっと・・・23機だね。」 「そんなに!? やったぁ!」 「ええっ・・・社畜なのか彼z 「オッサン、解除してくれ。」 「はいはい・・・。」
どうやら、まだ《オーバー・セキュリティー》を納得できるまで解読できていないらしい。・・・嗚呼、スケプトが直立したまま死んでいる。全く・・・もう。
「おーい、行くぞ。」 「―――。」 「・・・こりゃ、駄目だな。」 「オクディブさんも大変ですなぁ・・・。」 「ハハハ・・・慣れっこですよ。」
なぜ、ストゥは18歳から働いているのか。なぜ、1課は若者ばかりなのか。なぜ、兵器開発は1課だけなのか。なぜ、1課が軍事省ではなく科学省の下に配属しているのか。その答えは彼女が軍という存在を嫌っていたから。―――そもそも《FFF》は戦闘用ではなく、純粋に飛行機として設計されていた。しかし圧倒的な技術を目の当たりにした軍事省は、彼女と複雑な取引を交わした。
人員と環境を用意する代わりに、それは兵器として開発する。そこに拒否権など存在しない。決意したストゥはスケプトの長考する癖を買い、サイロの完璧な腕を買い、自分の・・・。自分は、なぜ選ばれたのだろう? 選抜のとき、隣に立っていた幼馴染のパラモは僕より成績も志向も優れていた。何より、自分は〝理由もなく銃火器を作るため〟に軍事省へ就職した。面接と同じように武器の浪漫を語ったはずなのに、武器を嫌う彼女は何故、武器が好きな自分を引き入れた?
「次だ次だ。」 「・・・面倒なら私に《オーバー・セキュリティー》の鍵を渡してもいいんですよ?」 「そうしたいところだけれどねぇ、不正な改竄を防止するために責任者が首から下げているわけで・・・ 「見張っていれば大丈夫ですって。」 「いやほら、鍵がスキャニングされる可能性もリスクに含まれるから――― 「・・・。」 「き、君を疑っているわけじゃないよ。」
ストゥは兵器を好む人間ではないが・・・意味もなく危険な道を歩く程度には、厄介な性格をしている。どうして・・・自分は、彼女と同じように〝兵器を嫌いにならなかった〟のだろう?
【 ☯ 】
パッケージの更新と《オーバー・セキュリティー》の解読は無事に終わり、4人は第1ターミナルの店舗で昼食を摂っている。しかし3人の白熱した会議は止まらず、食い荒らした皿を囲み1時間が経過した。・・・眠い。
「―――そう、公開鍵とパッケージの狼藉が復号鍵として使用されているの。処理を通過したプログラムとコンパイラーが同じRAMの中でシステムに対応したプログラムを変換するから、狼藉の値が不要なコンパイラーを送信される前に暗号化されていない改竄したパッケージをRAMに直接ぶち込めなければ、不正はできないわけ。」 「起動回数も鍵に使われているなら絶対に不可能じゃないか。お手上げッ! これ以上の質問なしッ!」
相変わらず何を言っているのか、3割も理解できない。・・・しかし、ここまで《オーバー・セキュリティー》の解読に執着しているのは脆弱性を突きたいわけではなく、正式な《科学者》にさえ公開されていない技術や知識が多く潜むからである。人は何かを隠されると、それを探してしまう。
「よくまあ、本体のソースもログも頼らずに仕組みを解明できたよね・・・。」 「フフン、あれだけ時間があれば即席でテスト用のパッケージが試し放題だぞ。」 「なるほど・・・。」
《ティロディアクボ》の歴史や社会、学問にも、少なからず秘密はある。明示的に情報が隠されることもあれば、存在すら気付くことのない情報も存在する。・・・それは、悪いことではない。不正や悪用を防ぐためだとか、健全な思考を育てるためだとか、都合に対する意図が――― ザザッ ピ
『アー。聞こえるか?』 「!?」 『ザッ―おう、ばっちり翻訳されているぞ。』 『ザッ―アホか、俺たちが知らない言語だぞ。』 『向こうに行けば、使い道も分かるだろ。』 『ザッ―。』
突如、謎の会話がインカムを通じて右耳に垂れ流される。何処かのグループに混線したか、設定を間違えているようだ。話を聞く限りはリアルタイムの・・・翻訳機・・・?
「どうした?」 「・・・あ、大丈夫。インカムが混線してさ。」 「そういえば、ここは軍人がウヨウヨいる場所だったな。」 「一応だが、盗聴は違法だぞ?」 「ま、まさか軍事省の機密情報を探ろうとか思っていませんしぃ!」 「図星じゃねぇか。」 「・・・。」
物事の〝意義〟は幻想だろうと、そこに〝意図〟は必ず存在する。今の会話が演技でなければ、謎の言語を翻訳する機械は存在する。しかし《ティロディアクボ》に存在するのは、一つの人工言語と幾つかのコンピューター言語のみ。・・・謎の言語とは? ・・・何のために、何を翻訳する?
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