第6話 そりゃ、気がつきますよね……?

 ああ、彼女の夢だ。彼女はモニターの前で泣いていた。


「こんなのってないよおおおおおお!!いや、スゲー泣けるシナリオだけどさ?!私の主人公がーーー!!そして密かに大好きだったのに!ガイアスーーーー!!仲間になるかもと思ってたのにーーー!!うわあーーーーん!!」


 いやあ嘆きっぷりがすごいわね。鼻水たれてるわ。シナリオライターさんには申し訳ないけど、私がちゃんと貴女が大好きな主人公……ソード家の子もガイアスも、ちゃんと助けるわ。だから、お願い。どうか泣かないで……。


 そっと彼女に触れようとして目が覚めた。





 そして厚い胸板に激突した。私の鼻、こう何度もぶつけると低くなっちゃわないかしら。

 なんかデジャビュ………。寝ても起きても号泣してる人がいるってなかなかレアな体験ではないだろうか。


「ルビーたんルビーたんルビーたあああああん!!」


「痛いわ、パパ様……ぐるじい……」


「おーい、パパ様。ご主人様が苦しいってよ」


「誰がパパ様だ!!ルビーたんごめんよ。大丈夫かい?なんでこんな無茶をしたんだ?パパ様心臓がいくつあっても破裂しそうだよぉ。うおおおおおおん!!」


 大変だ、パパ様がさらに大号泣!!そして心臓は1つしかないわよ?!夢の中でも現実でも号泣している人を見るとか、今日は水難?ああもう、ツッコミが追いつかないわ!


「パパ様、泣かないで!!」


「……苦労してんだなぁ、ご主人様……」


「ちょっと緊張の糸が切れて気絶しただけだから!元気だから今回は!」


 地味に他人事のイフリートにイラつくが、今回の件は私が悪いので謝るしかない。


「ルビー」


 泣き腫らした瞳でパパ様が私を見る。


「正直に教えてくれ。何をしようとしている?見守ろうと思っていたが……なぜここまで無茶をするんだ」


「……池から落ちたあの日から、夢を見るの」


 これはあらかじめ考えておいた言い訳だ。遅かれ早かれ、パパ様は私の変化に気がつくと思っていた。実際はとっくに気がついていたが黙って見守っていてくれたのだろう。


「夢?」


「私もパパ様も死ぬ夢よ。そして戦争が起きてこの国がめちゃくちゃになるの。ただの夢ではないと思っているわ。だからどうしても生き延びたくて努力しているの」


「……ご、護衛をつけるとか……」


「パパ様もわかっているはずよ?私はこのままではお飾りの当主になる。無能なお荷物は……いずれ捨てられるわ。ううん、排除されるかも。ワガママで、無能だなんて……誰もいらないもの」


 特に婚約者候補であるガイアスに嫌われてるし。というか、私はフレア公爵家傍系血族の大半からワガママ過ぎてめっちゃ嫌われてるけどな!


「し、しかし今のルビーなら……」


「それを示さないと。私は変わると決めたの。フレア公爵家らしくない色でもきっちり実力を示したかった。それに、イフリートに認められたのだもの。私はこれ以上ない正統な後継者でしょ?」


「……ああ、自慢の娘だよ……」


「ありがとう、パパ様。それでね、1つお願いがあるの」


「なんだい?なんでも……………なんだって??」






 それから数日後、客人が我が家に来た。鮮やかな深紅。叔父夫妻と私の婚約者であるガイアス、そしてガイアスの弟のベリル。


 今回は少しでも仲良くなろうと彼を呼んだのだが……。すでに怯えられている。そうだよなぁ、散々いじめたもんなぁ……!だってガイアスの髪も瞳も一族の中で抜きん出て鮮やかな赤なんだもん!羨ましかったんだも〜〜〜〜ん!!しかもアイツ頭も超よくて!

 やめよう、またイジメたくなる……。


 和やかな昼食会になるはずが、私はガイアスに違和感を覚えた。元から研究で根を詰めすぎて食事を摂るのを忘れるから細くはあったけど……異様に細い。


「ゲボッ……!」


「ガイアス!!なんて失礼な!」


 食べすぎたのか体調不良だったのか、ガイアスが吐いてしまい義叔母がキレだしたので席を立って使用人に指示を出した。


「ガイアス、気持ち悪いの?!吐くなら全部吐きなさい!医師を呼んで!執事!ベッドのある部屋にガイアスを運んで!!わたくし、婚約者が心配ですのでしばらくガイアスについておりますわ。どうか皆様は歓談を」


 そう言って離脱した。パパ様!足止めは任せた!!





「……急に食べたことで胃が驚いたのでしょう。消化に良いものを少しずつ食べるのがよろしいかと」


 医師の判断は異常なしとのこと。


「わかったわ。シェフに消化の良いものを頼んでくれる?」


 医師に念の為胃薬をもらい、使用人に声をかけた。なのでとりあえず今は部屋に2人きりなのだが。


 目が覚めるような、一族の中でも抜きん出て美しい真紅。ルビーの最上級はピジョンブラッド……鳩の血に例えられる赤だが、ソレと比べても見劣りしないほどの鮮やかで美しい真紅の髪。そして髪で隠れてるけど真紅の瞳は宝石のように美しく、顔立ちも整ってる。


「エッ………ちょ、な、なななな何企んでんの?き、君が僕に優しくするとか恐怖以外の何物でもないんだが?!」


 失礼すぎるな、コイツ。いじめる私が悪いのは百も承知だが、絶対コイツが煽ってくるせいもあると思う。


「…………悪かったわ」


「え」


「だから、今まで悪かった。…………アンタのその髪と瞳が羨ましかったのよ!」


「は?」


「わ、私は直系で、フレア公爵家の公女なのに!それなのにこんな中途半端な色で……アンタ頭もいいし、私よりよほど直系みたいじゃない!だから嫉妬してたのよ!!でもそれでもいじめていいわけないじゃない!だから、ごめんなさい!!」


 泣きたくないのに涙が出る。弱っちい自分が本当に大嫌い!!素直に謝ることもできない、最低の自分が大嫌い!!


「え、ええ〜?色?君のその色は普通に複数属性持ちだからだろ……?それに綺麗じゃないか…………………あ〜……今のナシ!!」



 きれい?この色が??驚きすぎて涙が止まった。



「きれい……?」


「いや、だからそこ拾うなよ……。あ〜〜〜普通に綺麗だろ、春の花みたいじゃん……。僕みたいな気持ち悪い男に言われても嬉しくないだろうけどさぁ……」

「え、普通にすごく嬉しいけど。そんなん初めて言われたけど。というか、ガイアスは私が多属性持ちだと思ってたの?」


「……え?その程度のことがわかんない馬鹿、いるの?」


「結構いたわね?私の講師とか講師とか講師とか……私とか」


 あるいはわかっててやっていた可能性もあるかな。私は本当に知らなかったけど。


「………………君がひねくれた理由の一端は理解した」


 失礼だがお解かりいただけたようでなにより。


「お嬢様、リゾットをお持ちしました」


「そこに置いて」


「お嬢様の分の昼食もこちらにお運びしますか?」


「そうね、お願いするわ」


 使用人が出ていったのを確認してスプーンを手に取る。


「え?」


「あ〜ん」


「??!!何?!」


「さっきのは急いで食べたからでしょ。少しずつ、ゆっくり食べなさいよ」


「じ、自分でやる!無理!女の子にあ〜んされてとか無理無理無理!!」


 外に出ないせいか白く美しい肌が赤く染まる。やることがないので眺めていたら、食べにくいと文句を言われた。ガイアスは私に負けず劣らずワガママなやつである。

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