第9話 兄上の旅立ちと大商人の来訪
木枯らしが吹いて、秋が去って冬が訪れた。
吐く息は白く、街の人たちは背を丸くして歩いている。
ドワーフたちの家は寒くないか心配になって、様子を見に行った。
前世の記憶は曖昧だけど、寒くてつらかったことがあった気がする。暖房代を節約して我慢をしたのかな。
「寒くなってきましたけど、暖炉は問題なく使えていますか?すきま風とかないですか?」
「いや、大丈夫じゃ。この家は本当に良くできとるよ。」
元気そうだったので安心した。
それどころかドワーフたちは寒い中、鍛冶場を作り始めていた。
父上は当面の食料の援助と税の免除をして、まずはゆっくり休んでほしいと伝えていたのだけれど。
「家を建ててくれたうえに食べ物も貰って、税も免除してもらっとるからのう。」
「恩を返さんとドワーフの名がすたるわい。」
ドワーフたちは恩に応えるべく、できるだけ早く鍛冶で貢献しようと張り切っているようだ。
細工物の方はもう作り始めていて、辺境伯家に献上してくれたようだ。
ドワーフは義理堅い人たちだな。助けて良かった。
この冬は特別な出来事はなく、静かに時間が過ぎていった。
冬が本格化すると各地との交流も減り、父上と母上も時間ができて家族で過ごすことが増えたのは嬉しい。
暖炉の前で家族と笑いながら話をして、温かい紅茶を飲むと、心まで温まる気がする。
無理に早起きしなくていいし、毎日たくさん眠れるのも嬉しいな。
料理人はいつも美味しい料理を作ってくれるし、ほんと幸せだな。
やがて山の雪が溶け、樹々が芽吹き始めた。
もうじき春だ。春は巣立ちの季節でもある。
エディ兄上は今年で15歳になり、王都ウィンセスタの王立学園に入学する。
王立学園には、アルビオン王国の各地の貴族の子が集まる。
全寮制になっていて、領地が王都の近くにある貴族の子も寮に入り、3年間は共同生活を送る。
次の世代の貴族たちが人間関係を築くために、そうなっているようだ。
いろんな準備も済んで、兄上の旅立つ日が来た。
「あにうえ、本当に行っちゃうのですか?」
妹のソフィは顔を曇らせた。
「夏休みには帰ってくるよ。それに手紙を書くからね。」
兄上はソフィの頭を撫でる。
「はは、ソフィは寂しいんだね。でも貴族の跡取りはみな王立学園に行くのが決まりなんだ。」
そう言う父上も少し寂しそうだ。
「エディ、体には気を付けるのよ。」
「分かりました、母上。」
「エディ、王都では何をすべきか自分で判断しなければならない。しっかりな。」
「分かっております、父上。フェアチャイルド家の長男として恥ずかしくないように頑張って参ります。」
兄上の乗った馬車が王都に向かうのを、見えなくなるまで家族で見送った。
兄上が王都に旅立った日からしばらく経って、珍しい客が訪れた。
「初めまして、私はアレックス・レバントと申します。商会を営んでおります。」
レバント商会といえば王国でも有数の大店だ。しかもアレックス・レバント氏はその会頭だという。
西部の辺境に大商人が来るなんてことは珍しい。
それに父上と話すだけじゃなく、どうして僕も呼び出されたのかな?
「初めまして、レバントさん。ウィリアム・フェアチャイルドです。」
「実はこの子が製作者なんですよ。」
「ええっ!あの素晴らしい品を作ったのは辺境伯閣下のお子さんなのですか?」
話を聞いてみると、フェアチャイルド辺境伯領に凄腕の生産師がいると聞いて、レバントさんはわざわざ王都から訪ねてきたらしい。
「いやあ、参りました。王都の貴族から素晴らしい木製家具や革の鞄を見せてもらったので、ぜひ私どもの店で扱わせて頂きたいと思ったのですが。製作者が閣下の御子息とは。」
父上が王都の貴族に僕の作った家具や鞄を贈ったところ、その貴族が付き合いのあるレバントさんに見せたらしい。
そしてレバントさんは一目で気に入ってくれたようだ。
誰が作ったのか聞いても貴族は答えてくれなかったので、どこで手に入れたのかだけ教えてほしいと頼みこみ、フェアチャイルド辺境伯家から手に入れたと聞き出したので、取り敢えず行ってみようと思ったのだという。
凄い行動力だ。
「うーん、貴族のご子息がお作りになった物を商会で売らせてもらうわけにはいきませんな。とても残念です。」
レバントさんは無念そうな表情をして立ち去った。
驚いたけれど、自分の作った物を大商人が評価してくれたのは自信になる。
それに、この人にはまた会うだろうという不思議な予感もした。
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