第3話 運命の日

 記憶が戻ってからも、穏やかな日が続いた。

 優しい両親と家族、貴族としての豊かな暮らし。

 剣の稽古も始めたけれど、料理人がつくるお菓子が美味しくて、ついつい手を出してしまうから体型はぽっちゃりしたままだ。

 そして、早いもので10歳の誕生日が近づいてきた。

 この世界では10歳の誕生日は、単なる誕生日ではない。この日に神父からスキルを鑑定してもらう重要な日だ。

 フェアチャイルド家は樹海の魔物から国を守る辺境伯だから、広大な領地を持っていて内政も重要だが、どちらかといえば武門の家柄だ。

 次期領主であるエディ兄上は剣術スキルを得て両親を喜ばせていた。

 スキルには剣術のほかに魔法スキルや商業スキルなどもあるけれど、貴族の家では剣術スキルか魔法スキルが好まれる。魔法スキルを授かると、火や風などの属性魔法を覚えられる。

 「ウィルは魔法スキルかな」などと言っている両親を見ていると不安になってくる。

 なにしろ転生するとき、勇者でも賢者でもなく生産者を選んでしまっている。

 勇者なら剣術スキル、賢者に転生していれば魔法スキルを授かるだろう。

 でも生産者は魔法スキルを得らえるのだろうか?


 不安に思いながら、ついに運命の日を迎えた。

 辺境伯の館で神父様をお迎えする。辺境伯は大貴族なので教会に行くのではなく、神父様が来てくださる。

 両親の立ち合いのもと、神父様にご挨拶をした。

 「ウィリアム・フェアチャイルドと申します。どうぞよろしくお願いします。」

 「おお、そなたがフェアチャイルド家の次男、ウィリアム殿か。」

 神父様は白いひげを蓄えた穏やかそうな人だった。

 「それではスキルを鑑定いたしますぞ。」

 そして神様に祈りを捧げる。

 神父になるには、神の言葉を聞く特殊なスキルである託宣スキルが必要とされている。

 託宣スキルは神聖スキルを持つ者が修行を積むと派生するらしい。

 しばらくして目を開けた神父様は、おごそかに告げた。

 「ウィリアム・フェアチャイルドよ、汝に宿りしスキルは生産スキルなり。」

 ああ、やっぱり。

 僕はがっくりと膝をついた。

 平民だったら生産スキルを活かして職人を目指すのもありだが、貴族はものづくりなどしない。

 どうしよう。

 前世で読んでいた小説だと僻地へきちに飛ばされたり、勘当されたりしていた。

 せっかく良い家族に恵まれて幸せに暮らしてきたのに。

 この世界でも幸せは遠いのかな。

 視界が黒く染まった。


 僕はショックのあまり気を失っていたらしい。

 気が付くと、柔らかい何かが頭の下にある。

 目を開けると、母上が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

 「まあ、気が付いたのね、ウィル。いきなり倒れたから心配したのよ。」

 どうやら母上が膝枕をしてくれているみたいだ。膝枕は貴族らしくない行為だけど、母上はそんなことは気にしない人だった。

 自然と涙が零れる。

 「母上、剣術スキルでも魔法スキルでもなくて済みません。」

 「あらあら、生産スキルは穏やかな貴方らしくて良いじゃない。良い物をたくさん作って、お兄ちゃんを助けてあげてね。」

 ああ、母上は優しい。後光が差しそうだ。

 涙でぼやけた視界に入って来た父上も、よく見えないけれど穏やかな顔をしているみたいだ。

 「そうだな。魔物を殺すスキルだけが重要な訳じゃない。特に辺境では物が足りないからな。生産スキルも良いじゃないか。」

 生産スキルなんて、貴族の集まりに行けば馬鹿にされるだろう。それなのに受け入れて励ましてくれるなんて。

 本当に良い両親に恵まれた。

 この家に生まれて良かった。


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