第2話 消えた鍵の謎【 解答編】

翌朝、生徒会室に集まった瑠奈と美羽は、教室で発見された鍵と黒い封筒を机の上に広げていた。窓から差し込む朝日が、濡れた鍵の冷たい光沢を際立たせる。


「まず、鍵が濡れていた理由を考えましょう。この鍵を持ち出した犯人は、なぜわざわざ水に濡らしたのか……。」


瑠奈は封筒の中に残っていた微かな湿気を指で触れながら、視線を遠くに向けた。


「先輩、ただのいたずらで濡らしたんじゃないですか?それか、落としてしまったとか……。」


「いたずらや偶然にしては不自然すぎるわ。この鍵が濡れていたのには、もっと意図的な理由があるはず。鍵の表面をよく見てみて。」


瑠奈は顕微鏡のような携帯ルーペを取り出し、鍵の表面を観察し始めた。そこには、水滴だけでなく、うっすらと白い粉のような痕跡が残っていた。


「これ……たぶん塩素ね。濡れていたのは、ただの水じゃなくて……『プールの水』よ。」


「プールの水……!?じゃあ、誰かがプールでこの鍵を使ったってことですか?」


美羽は驚きの声を上げた。瑠奈は頷きながら説明を続けた。


「そう考えると、いくつかのことが繋がってくる。この鍵は、昨夜の間に教室からプールに運ばれて、その後また戻された。そして、その途中で教室が密室状態になったのよ。」


美羽は混乱した様子で問い返す。


「でも、どうやって教室が密室になったんですか?鍵はずっと犯人が持っていたはずじゃ……。」


瑠奈は昨日聞いた証言を思い返しながら、頭の中でパズルを組み立てていった。


「矢野くんが言っていた『廊下を走る足音』、山田さんの『体育館に向かって走る影』……。これらはすべて、犯人が意図的に私たちを混乱させるためのものだった可能性が高いわ。」


「え!?証言が嘘だったってことですか?」


「証言そのものは事実かもしれない。でも、見たものがすべて真実だとは限らないわ。たとえば、廊下を走っていたのが『犯人』ではなく、何かを運んでいた協力者だった場合、矢野くんの証言と山田さんの証言の矛盾が説明できる。」


美羽はさらに混乱した表情を浮かべた。


「協力者……?じゃあ、犯人はどこにいたんですか?」


「犯人自身は、おそらく1年2組の教室の中よ。封筒を置いた後、ドアを施錠して密室を作り、そのまま教室の窓から逃げた可能性が高いわ。」


「窓から!?でも、2階ですよ!そんなこと……」


瑠奈は美羽を制止するように手を挙げた。


「それを可能にする方法があるのよ。たとえば……ロープを使ったトリックでね。」


「美羽、思い出してみて。昨日の教室に残されていた黒い封筒の封には、何かが少し引っかかっていたのを覚えている?」


「えっと……あ!少し引き裂けた跡がありましたよね。」


「そう。あれは、ロープを結びつけた痕跡だったのよ。犯人は教室の窓からロープを外に垂らし、そこを伝って地上に降りたの。」


「え!?でも、それだと教室の中にロープが残るんじゃ……」


「普通ならそうね。でも、この犯人はとても慎重だった。ロープを教室に残さないため、あらかじめプールの水に浮かべたペットボトルにロープを結びつけておいたのよ。地上に降りた後、そのペットボトルを引っ張って回収したの。」


「なるほど……。それなら、ロープは残らないし、密室のトリックも成り立つ……!」


瑠奈の推理は、徐々に全貌を明らかにしつつあった。次の段階は、犯人が何のためにこんな大掛かりな仕掛けをしたのか――その動機を探ることだった。


昼休み、校舎の裏庭にあるベンチで、瑠奈と美羽は並んで座っていた。瑠奈は濡れた鍵を手に取りながら、考え込むように静かに息を吐いた。


「美羽、この事件の本当の意味を考えたことはある?」


「本当の意味……ですか?」

美羽は質問の意図がわからず、首をかしげた。


「犯人が密室を作り、鍵をわざわざ濡らして戻した理由。それは単なるトリックのためじゃない。もっと根本的な理由があるはず。」


瑠奈はポケットから封筒に入っていた紙を取り出し、「この鍵は返さない」と書かれた文字を指差した。


「このメッセージ。『返さない』という言葉には、犯人の強い感情が込められているわ。鍵を返さないことで伝えたかった何かがある。」


「感情……ですか?」

美羽は困惑した様子で、言葉を繰り返した。


「ええ。この事件には、犯人の内面的な理由が絡んでいる。だからこそ、矢野くんと理香さんの証言をもう一度確認する必要があるわ。」


瑠奈は再び矢野翔太を呼び出し、1年2組の教室前で問いただした。


「矢野くん、昨日の足音について、もう一度詳しく教えてもらえるかしら?」

瑠奈の声は穏やかだが、どこか鋭さを含んでいた。


「……廊下を誰かが走る音が聞こえたのは確かです。でも、僕は顔を見てないし、本当にその人が鍵を持ってたかどうかはわかりません。」

矢野は俯きながら答える。


「そう。つまり、廊下を走ったのが犯人とは限らない。ではもう一つ。矢野くん、あなたはなぜ教室に戻ったの?」


「それは……」

矢野の表情が一瞬曇る。その変化を見逃さなかった瑠奈は、さらに追及する。


「もしかして、あなたが教室に戻った理由は、何かを探していたからじゃない?」


「……!」

矢野の瞳が揺れる。その反応を見て、瑠奈は確信を深めた。


「あなたは教室に忘れ物をしたんじゃなくて、誰かが置いた『黒い封筒』の存在を知っていたのね。犯人が仕掛けた封筒の内容を確認したかったんじゃない?」


矢野は唇を噛みしめた後、ようやく口を開いた。


「……そうです。実は、昨日の昼休みに誰かが僕のロッカーに手紙を入れてきて、そこに『1年2組の教室にある封筒を開けろ』って書いてあったんです。」


「手紙?」

美羽が驚いた声を上げる。


「ええ。その指示を無視して帰ろうと思ったけど、やっぱり気になって戻ったんです。でも、そのときにはもう封筒が教室に置かれていなかった。」


矢野の言葉に、瑠奈は静かに頷いた。


「つまり、黒い封筒は矢野くんを揺さぶるための仕掛けだった。でも、最終的にあなたに開けられることを避けるため、犯人自身がそれを回収したのね。そして、別の意図を持って鍵を濡らし、再び置いた……。」


その日の放課後、瑠奈と美羽は再び教室を調査した。鍵が置かれていた机の周辺を改めて確認すると、机の下に小さな紙片が挟まっているのを見つけた。


瑠奈はそれを拾い上げ、目を凝らして読んだ。


「誰にも見つからないように。だけど、真実は届けたい。」


「これ……犯人が書いたもの?」

美羽が声を上げる。


「そうね。犯人は誰かに『見つからずに伝える』ことを目的としていた。黒い封筒も、鍵を濡らしたことも、その延長線上にある行為だわ。」


「でも、何を伝えたかったんですか……?」


瑠奈は窓の外を見つめながら答えた。


「たぶん、文化祭の準備中に起きた、誰かの不正やトラブル。おそらく、犯人はその真実を表に出せない理由があった。でも、それでも真実を伝えたかった――だから、この奇妙な手段を取ったのよ。」


美羽は黙り込み、瑠奈の言葉を反芻する。


「でも、誰がそんなことを……?」


「それは次で明らかになるわ。犯人の意図も動機も、もうほとんど見えてきた……。」


瑠奈は黒い封筒を軽く握りしめ、決意に満ちた表情を浮かべた。


夕方、生徒会室には瑠奈、美羽、そして事件の核心を握る人物――矢野翔太が座っていた。沈黙が続く中、瑠奈が静かに口を開く。


「矢野くん。鍵を持ち出し、黒い封筒を教室に置いたのはあなたね。」


その言葉に美羽は驚き、矢野は唇を噛んだ。視線を下に向け、矢野はポツリと呟いた。


「……どうしてわかったんですか?」


瑠奈は机の上に鍵を置きながら答えた。


「まず、この鍵が濡れていた理由。プールで洗ったのは、君自身の指紋を消すためでしょう?しかし、その痕跡――塩素の匂いが逆に君を追い詰めることになった。」


矢野は拳を握りしめ、反論するように顔を上げる。


「それだけで僕だと決めつけるんですか?」


瑠奈は表情を崩さないまま続けた。


「もちろんそれだけじゃない。文化祭の準備に関わっている人間の中で、教室の窓の構造や、プールの使い方に詳しいのは限られる。そして、教室に仕掛けられた封筒の内容――『真実を届けたい』というメッセージ。それは、君が演劇部内で抱えていたトラブルを暗示している。」


美羽が驚きの声を上げる。


「演劇部……?何かあったんですか?」


矢野は苦しそうな表情を浮かべながら答えた。


「演劇部で……僕が考えた脚本を、先輩たちが勝手に改変したんです。僕のアイデアを全否定して、何もかも上から押し付けてきて……でも、誰も僕の味方をしてくれなくて……。」


瑠奈は静かに頷きながら続けた。


「それで君は、自分の意見を伝えるために、教室の密室トリックを仕掛けた。そして、黒い封筒を使って、自分の悔しさを表現しようとしたのね。」


「……そうです。」

矢野は震える声で答えた。


「でも、誰にもバレないようにしようと思ったんです。封筒のメッセージを見たら、みんなが考えるだろうって……僕が直接言わなくても、何かが変わるかもしれないって……。」


美羽は矢野の言葉に胸を痛めるような表情を浮かべた。


「でも、なんでこんな複雑な方法を取ったんですか?直接伝えれば……」


矢野は苦笑し、首を振った。


「直接言ったって、誰も聞いてくれなかったんだ。僕が何を考えてるかなんて、みんな興味ないんだよ……。だから、こうするしかなかった。」


瑠奈は矢野を真っ直ぐに見つめ、言葉を紡いだ。


「矢野くん、確かに方法は間違っていたかもしれない。でも、あなたの悔しさや伝えたかった気持ちはよくわかった。これからは、正しい形で自分の考えを伝えていきましょう。きっと、周りも少しずつ気付いてくれるはずよ。」


矢野は少し驚いた表情を見せた後、深く頷いた。


「……ありがとうございます。今度はもっとちゃんと、正直に話してみます。」


その言葉に、美羽も小さく笑顔を浮かべた。


事件は解決し、矢野の動機も明らかになった。瑠奈と美羽は生徒会室の片付けをしながら、次の活動について話していた。


「先輩、今回の事件、本当に色々考えさせられました。矢野くんの気持ち、ちょっとわかる気がします。」


「そうね。小さな違和感や不満が、こんな形で表に出ることもある。でも、その背景をしっかり理解することが大切なの。」


「次はどんな事件が待ってるんでしょうね!」

美羽が楽しそうに言うと、瑠奈は微笑みながら答えた。


「さあね。でも、どんな謎が来ても、私たちが解き明かすわ。」


読者へのメッセージ


「密室トリックの背後には、犯人の切実な想いが隠されていました。事件を解く鍵は、『何を伝えたかったのか』を考えることにありましたね。

次回の『放課後ミステリークラブ』では、さらに複雑な謎が登場します!ぜひお楽しみに!

皆さんも矢野くんの行動について、どう感じたかコメントで教えてください!」

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