【謎解き小説】放課後ミステリークラブ

湊 マチ

第1話 消えた鍵の謎【出題編】

夕方の校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。窓の外には、茜色の夕焼けが広がり、長く伸びた影が廊下を覆っている。


「よし、これで最後の確認。」


1年生の佐藤美羽は、1年2組の教室の扉を閉め、鍵を回して施錠を終えた。巡回担当の仕事は、放課後の全教室を巡り、忘れ物の確認と鍵の管理をすること。面倒ではあるけれど、彼女にとってはどこか特別な責任感を感じる時間だった。


職員室に戻る途中、美羽は廊下を小走りに進みながらふと窓の外を見た。オレンジ色の光の中に、誰かが校庭の端を歩いている。遠くてよく見えなかったが、長い影を引きずるその姿に、なぜか胸がざわつく。


「気のせい……だよね。」


美羽はそう呟き、鍵を収めた金属ケースを持って職員室のドアを開けた。いつも通りの静かな空間。机の上には、各クラスの鍵を収めるための保管箱が置かれている。彼女は鍵を次々と箱に戻していった。


「1年1組、OK。1年2組……あれ?」


手が止まる。確かに戻したはずの1年2組の鍵がない。


「どういうこと……?」


美羽は目を見開いて、鍵を探し始めた。机の周りを見回しても、どこにも見当たらない。ポケットを叩いても、そこにもない。


そのとき、職員室のドアが静かに開いた。現れたのは、生徒会長の篠原瑠奈だった。黒髪を肩に下ろした彼女は、整った顔立ちにどこか冷静さを漂わせている。


「美羽、まだここにいたの?巡回は終わったんでしょ?」


「はい、終わったはずなんですけど……鍵が、鍵が1本、なくなっちゃって……」


焦った表情で説明する美羽に、瑠奈は近づき、保管箱の中を覗き込んだ。


「1年2組の鍵ね。ちゃんと戻したの?」


「はい!戻したつもりです!本当に!」


美羽の声が震える。瑠奈は一瞬考え込むように目を細めた。


「わかった。もう一度1年2組を確認してみましょう。鍵が教室にあるかもしれない。」


「え、でも……確かに施錠したんです。」


「だったら、誰かが鍵を持ち出した可能性があるわね。」


瑠奈の声は冷静だったが、その瞳にはわずかな緊張が浮かんでいた。美羽は瑠奈に続いて廊下へ出る。外は夕暮れの静けさが満ちている。二人の足音だけが廊下に響く。


「先輩、これって……盗まれたんでしょうか?」


「まだ断定はできない。でも、鍵が消える理由があるなら、それは偶然ではないわ。」


瑠奈の言葉に、美羽は思わず喉を鳴らした。不安が胸の奥を掻き立てる。


1年2組の教室前に到着した瑠奈と美羽は、ドアから漏れるわずかな光に目を奪われた。

施錠されているはずの教室の中に、誰かがいる気配――美羽は無意識に瑠奈の袖を掴んだ。


「先輩……やっぱり誰かいるんですよ。私、確かに鍵を掛けたんです。」


「鍵を掛けたのなら、外から誰も入れない。だとしたら、内側に誰かがいる可能性が高いわね。」


瑠奈の冷静な声に、美羽は一層不安そうな顔を浮かべる。二人はドアノブを試してみたが、鍵はしっかり掛かっている。まるで中から閉ざされているかのようだった。


「カタッ……ガタンッ!」


突然、教室の中から再び物音が響いた。まるで何かが倒れるような音。美羽は驚きのあまり一歩後ずさりする。


「せ、先輩!絶対中に誰かいます!」


「静かにして。警備員を呼んだから、まず状況を確認するわ。」


瑠奈はポケットからスマホを取り出し、警備員室に連絡を入れる。その間、美羽は教室のドアの窓から中を覗き込んだ。だが、中はカーテンで覆われていて中の様子はよく見えない。


「先輩、光は確かに漏れてるんですけど、動く影が見えないんです。」


「……奇妙ね。もし誰かがいるなら、影や動きが見えるはず。」


数分後、警備員の北島が予備鍵を持って現れた。北島は彼女たちの説明を聞きながら、不審そうな表情で鍵をドアに差し込む。


「施錠された教室で音がする?変な話だな……開けるぞ。」


鍵が回る音とともに、ドアがゆっくりと開かれた。だが、二人が中を覗き込むと、予想外の光景が広がっていた。


教室の中は静まり返り、生徒の姿はどこにもない。机や椅子もきちんと整頓され、荒らされた形跡すらなかった。ただ一つ異様だったのは、教室の中央に置かれた黒い封筒だった。


「これは……?」


瑠奈が机の上の封筒に近づくと、中に何かが入っているのが見える。封筒を開けてみると、中から1枚の紙と1本の鍵が出てきた。


「この鍵、1年2組のものだわ。だけど、どうしてこんなところに?」


瑠奈が鍵をじっと見つめる。その表面は冷たく濡れており、まるで水の中に沈められていたかのようだった。そして、紙に書かれていたメッセージが二人をさらに困惑させた。


「この鍵は返さない」


「返さない……って、どういうことですか?」

美羽が震える声で尋ねる。瑠奈は紙を持ち上げ、慎重に文字の様子を観察する。


「誰かが意図的に置いたものね。でも、この状況は普通じゃない。鍵は確かにここにあるのに、教室がどうやって施錠されていたのかが説明できない。」


瑠奈は教室を見渡しながら、美羽に問いかける。


「施錠したとき、本当に鍵が掛かった感触があった?」


「は、はい。しっかりと鍵が掛かる音を聞きました。だから、絶対に……」


そのとき、教室の隅のロッカーが突然「カタンッ」と小さな音を立てた。二人は思わず音の方を振り返る。


「何……今の?」


「ロッカー……誰かが中にいるんですか?」

美羽が声を震わせながら後ずさる。瑠奈は冷静な表情を保ったまま、ロッカーに近づく。


「音がしただけで、必ずしも人がいるわけではない。でも確かめるしかないわね。」


瑠奈がロッカーの扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。だが、その中は空っぽだった。何もない。ただの空間――それなのに音が鳴るのはおかしい。


「この教室、何か仕掛けられてるのかもしれないわね。」


瑠奈は鍵と封筒をもう一度見つめ、事件の意図を考え始めた。一方、美羽は教室内の不気味な空気に耐えきれず、震えた声で問いかけた。


「先輩……これ、ただのいたずらじゃないですよね?」


瑠奈は黙ったまま封筒を握りしめ、厳しい表情で言った。


「この鍵がどうやって消えたのか、そして教室が施錠されたままになっていたのか。すべての謎を解かなければならないわ。」


不穏な沈黙の中、二人の前に浮かび上がるのは、教室に仕掛けられた「誰かの意図」だった。


ロッカーの中が空っぽだとわかった瞬間、教室の窓の外から風が吹き込み、カーテンが揺れる。美羽は震えた声でつぶやいた。


「本当に誰もいないんですか……?なのに、あの音とか、この鍵とか……どうしてこんなことが起きるんですか?」


瑠奈は何かを考え込むように鍵をじっと見つめていた。封筒に入っていた濡れた鍵、その異様な感触が彼女の頭の中で疑問を膨らませる。


「美羽、とりあえず落ち着きましょう。ここで立ち止まっていても答えは出ない。まずは状況を整理するわ。」


翌日、生徒会室に戻った瑠奈と美羽は、事件に関わりがありそうな生徒に聞き込みを開始した。


矢野翔太(やの しょうた)

1年2組の生徒で、文化祭の実行委員を務めている。放課後、教室を訪れていたという。


「え?放課後?僕が教室に戻ったとき、鍵はもう掛かってたよ。でも……廊下を走る足音を聞いたような気がする。誰かが急いで教室を出ていったのかも。」


瑠奈は矢野の言葉に微妙な違和感を覚えた。


「あなたが教室を訪れた時間は?そして、走る音がした方向は?」


「時間はたぶん6時過ぎだったかな。音は……職員室のほうに向かってた気がする。」


山田理香(やまだ りか)

演劇部に所属する1年生。彼女は文化祭の準備で遅くまで残っていたと証言する。


「昨日は演劇部の衣装を探してて、あちこち動き回ってたの。でも、1年2組の教室には入ってないよ。……あ、でも廊下で男の人を見たかも。えっと、髪が短くて、走ってたからあまり顔はわからなかったけど。」


「その人、どの方向に向かって走っていたか覚えてる?」


「体育館のほうかな。でも、なんでそんなこと気になるの?」


理香の証言は矢野の話と微妙に矛盾している。誰かが「職員室」と「体育館」の間で移動していたとすれば、何かを隠そうとしていた可能性が高い。


瑠奈は聞き込みを終え、生徒会室で一人考え込んでいた。

「封筒の中の鍵、濡れていたのは偶然ではない。誰かが意図的に濡らしたとすれば、その理由は……」


彼女はふいに立ち上がり、美羽に声をかけた。


「美羽、もう一度、1年2組の教室とその周辺を調べるわ。この鍵が教室で見つかった理由を突き止めないといけない。」


「は、はい!」


瑠奈は新たに気付いた伏線――教室がどうやって「密室」となったのか、そして鍵が濡れていた理由――が全体を解明するカギだと確信していた。


「何かを見落としている。でも、その答えはきっともう目の前にある……。」


読者へのメッセージ


「密室の教室、消えた鍵、そして黒い封筒――この事件の真相をあなたは解けますか?

解答編は明日10時に投稿します。ぜひコメント欄であなたの推理をお聞かせください!

犯人は誰なのか?謎の鍵が濡れていた理由とは?みなさんの意見をお待ちしています!」

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