第11話・お邪魔虫なのは私のほう



「いま、お昼でしょう? あたしも一緒にいい?」



 彼女の後を追い掛けてきたらしい侍女が「お嬢さま。お部屋に戻りましょう」と、引き止めようとする。ディジーは彼の前まで来てから、ようやく私に気が付いたようだ。



「なんだ。あんたもいたんだ」


「ディジー、失礼だぞ。あんただなんて。あ、バレリー、紹介するね。この子はディジー。僕と家族同様に暮らしてきたんだ。ディジー、こちらは僕の許婚となるヘッセン侯爵令嬢バレリーさまだ。失礼のないようにな」



 ウォルフリックは、私とディジーがすでに面識があることを知らないようで、紹介してきた。ディジーは意味ありげに見つめてきたので、微笑み返した。



「へぇ。ヘッセン侯爵令嬢ね。どうも」


「こちらこそ」



 ディジーは、向かい合って席に着いている私達の間に割り込むように、近くから椅子を引いてきてウォルフリックの隣の席に座った。



「ディジー?」


「リック。あたしも良いでしょう? もう、お腹ペコペコなの」


「仕方ないな。きみ、ディジーの分もここに頼む。バレリー、良いかな?」


「別に構いませんよ」



 ウォルフリックは、彼女の行動を咎めなかった。そればかりか壁際に控えていた侍女に彼女の分の用意を頼み、それから私に確認を取ってきた。彼が許した後なので、私が文句を言うわけにも行かない。



「ねぇねぇ。リック。それ頂戴」



 ディジーは、ウォルフリックのお皿の中にあったキュウリのサンドイッチを取り上げた。そして口の中に放り込む。



「ああ。美味し~」


「こら、ディジー。行儀が悪いぞ」


「別にバレリーさんの前だからって気取らなくていいじゃない?」



 ウォルフリックは、先ほど私に指摘された言葉をそのまま彼女へと向けたが、その顔には優しさが滲んでいた。



「ほら。おまえの分のお皿もきたから。好きな物を選んで取りな」


「リック。いつものように取ってよ」


「ディジー」


「だって、あたし、マナーとか良く知らないし」


「俺だって学んでいる途中だぞ」



 そう言いながらもウォルフリックは、ディジーの為に彼女の好みそうな物を皿にとって渡していた。ディジーはそれを受け取り、顔を綻ばせる。



「さすが、リック。あたしの好みを熟知しているね」


「そりゃあ、一緒に育ってきた仲だからな」


「あたし、あのままリックと一緒にいたかったな」


「それは無理だよ。俺は──」



 ウォルフリックは、気まずそうな顔をして私を見てくる。彼のその後の言葉が気になったが、ディジーは気にしていないように話題を変えた。



「そう言えばさ、リック。お隣のキャロル、もうじき帰って来るようなこと言っていたけど、帰ってきたかな?」


「どうだろうな?」


「久しぶりの再会だから小父さん達、楽しみにして色々用意していたよね」


「初孫だからな。浮かれて当然だろうよ」



 二人は私がいることなど忘れたかのように、故郷の話をし出した。その後も二人にしか分からないような話が続いた。



「では私はこれで」


「もう行ってしまうのか? バレリー」



 席から立ち上がった私を止めるように、ウォルフリックが声をかけてくる。そこへディジーが割り込んだ。



「バレリーさんはこの後、きっと御用があるのよ。忙しいんでしょ。ご令嬢だもの。引き止めたりしたら駄目だよ。リック」


「そうなのかい? バレリー?」


「ええ。まあ」



 本当は大した用もないし、ただ仲の良い二人を見ながら会食しても楽しくはないので退席したかっただけ。だけど丁度良く、ディジーが言い訳を用意してくれたようなので、それに便乗した。彼女としてはお邪魔虫な私を追い出したかっただけだろうけど。



「では仕方ないな。またな。バレリー」


「じゃあね、バレリーさん。それでね、リック……」



 名残惜しそうな声をかけてくるウォルフリックだったが、ディジーが腕を絡めてくるのを止めもしなかった。 

 楽しそうな恋人達の語らいを背に、私は居たたまれない思いでその場を後にした。



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