第12話・亡き大公夫人の虐待疑惑



「やあ、バレリー嬢。何か用かな?」



 気が付けば裏山に足を向けていたようだ。そこではリヒモンドが薪割りをしていた。

 彼は枯れ葉を踏みしめ近づいてきた私に、作業の手を止めて声をかけてきた。シャツに黒のスラクス姿の彼は額に滲む汗を首に回したタオルで拭っている。

 その彼を、私は無意識に頼りにしているのを自覚した。



「リヒモンドさまに聞いてもらいたいことがあります」


「もしかしてウォルフリックのことかい?」


「はい」



 突然に訪ねて来た私を、彼は訝ることなく受け入れてくれた。もしかしたら何か察する部分があったのかもしれない。



「あいにくここには気の利いた物がなくてね」



 彼は切り株にハンカチを敷いて「座って」と促した。そのまま座らせるには、私のドレスが汚れてしまうと気を利かせたのだろう。遠慮なく座らせてもらうことにした。

 目の前には石組みのかまどがあり、そこには小さな鍋がかけられていた。彼は湯気が上がっている鍋を木べらでかき回し、彼は木彫りのカップ二つに中身を注ぎ、そのうち一つを手渡してきた。



「どうぞ。体が暖まるよ」


「ありがとうございます。わあ、懐かしい~。キノコスープですね」



 私の向かい側の切り株に腰を下ろすと、リヒモンドは目を細めた。彼も手に同じカップを持っている。



「良く覚えているね」


「あの日は初めてリヒモンドさまと、お話しさせて頂いた日でしたから」



 ウォルフリックさまに連れられて、裏山でリヒモンドと会った日。彼は私達にこのキノコスープをご馳走してくれた。新緑の中で手にした、自然の恵みのスープは格段に美味しかった。



「今のウォルフリックさまは、このことを覚えていないのでしょうね」


「覚えていないというか、知らないと思うよ。きみだって分かっているのだろう?」


「リヒモンドさま」



 ウォルフリックのことを別に批難したわけではなかったが、リヒモンドの言葉に引っかかりを覚えた。もしや彼は気が付いていたのかと。



「我々の知るウォルフリックは頑張り屋だった。見ていて気の毒になるほどに。でも、私はそんなあの子の支えになりたいと思っていたのだよ。前大公の愛人の息子であり、表向き兄上とは相対する勢力側にあって表だって動けない自分が腹立たしく思いながらもね」



 リヒモンドは空を見上げた。彼の横顔は寂しそうで、果たせなかった思いを後悔しているように思えた。



「そうだったのですか。私もあの方とは、苦しみも悲しみも困難も、分かち合いたいと思っていました。一生を捧げるつもりでいたのです」


「きみはあの子と仲が良かった。あの子が隠していたこと、きみも知っていたのだろう?」


「はい」



 リヒモンドは伺うように聞いてきた。その態度で彼も仲間だと知れた。



「ウォルフリックは母君のために、完璧な息子になるべく努力を惜しまなかった。亡き大公夫人もウォルフリックの養育に躍起となっていた。物心付く頃には次期大公として成すべき事を叩き込んでいるかのようだったな。傍から見ていて怖いくらいに鬼気迫っていたから、一度もう少し余裕を持って教育をしたらどうかと提案した事がある。でも、それはウォルフリックには害となってしまったようでね、後日ウォルフリックの手に、鞭で打ったような痕が出来ていたよ」


「それは大公夫人がウォルフリックを?」


「ウォルフリックは誰にやられたのか言わなかったが、恐らくそうだと思う」


「なんてこと。それは虐待ではないですか」



 子供を教え諭すのに、鞭で躾けるというのは曾祖父の子供の時代にはあったと聞いたことがあったが、今ではそれは許されない行為だ。それなのに亡き大公夫人はウォルフリックに鞭を振るっていたと言うことらしい。


 そのせいだろうか? 記憶にあるウォルフリックさまは、失敗を極度に恐れていたようにも思う。もしかしたら勉強で間違える度に鞭を振るわれていたのだろうか?


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