第10話・許婚との交流



 ウォルフリックとの顔合わせの後、私が勝手に彼の前を辞したことは誰にも咎められなかった。周囲も私の心情には思うところがあるようで、顔色を窺っているような部分が見られる。私に彼との再婚約を促した大叔母でさえ、そのことは不問としたようだった。


 しかし、だからといって婚約者との交流が無くなるわけではなく、度々宮殿に招かれていた。


 彼は早急にマナーや、大公子息として必要な教育が施されていた。しかし、いきなりの環境の変化についていくのがやっとなようで、時々は愚痴を零したくなる。私はそれに付き合うように、彼と昼餐を共にするようになっていた。



「お疲れさまです。ウォルフリックさま」


「やあ、バレリー。待たせたね。ようやくこの時間か。腹が減った」



 そう言いつつ侍女に案内されて、昼餐の間に現れた彼は席に着く前に、お皿に盛られているキュウリが挟まれたサンドイッチをつまみ上げた。彼の好物らしく、昼餐の時間に必ず登場するメニューの一つだ。



「お行儀が悪いですよ。ウォルフリックさま」


「見逃してよ。きみの前だけだから」


「仕方ないですね」



 立ったまま頬張る彼に注意すれば、彼は慌てて席に着いた。マナー教育は、彼にとって付け焼き刃のようなもの。ふとした瞬間に平民暮らしのアラのようなものが出てしまう。彼は私の前だから気を抜いたと言いたいようだ。

 この場に控えている侍女らは心得たもので、さりげなく彼に布巾を差し出し壁際に控えた。



「いやあ、参ったよ。今日はダンスの練習でさ、何度も先生の足を踏んでしまった。これではきみといつ本番が出来るか分かったものでは無いね」


「こればかりは慣れもありますから」


「そうかい? きみは得意そうだね」


「そうでもないですわ。ダンスは教養として5歳の頃から学ばされました」


「5歳?」


「ウォルフリックさまも一緒に学んでおりましたよ」



 侍女に入れてもらった紅茶を飲もうとした、ウォルフリックは喉を詰まらせた。



「……覚えてないな」


「その頃の私は絵本で読んだ王子さまに憧れていまして、よくウォルフリックさまに、王子さま役をお強請りしておりました」


「そうか。その頃のきみは夢見がちで可愛かっただろう」


「ウォルフリックさまは、ダンスがお上手でした。私を上手くリードしてくれたものです。不安ですか? 一年後にはあなた様のお披露目と、私との婚約発表がありますものね」



 彼は苦笑した。彼と共有する時間が増える度に、こういった過去に触れる。彼は大抵、覚えていないと苦笑するしかないのだけれど、私は諦めなかった。



「そのうち自然に感覚を取り戻せると思いますよ」


「何とか頑張ってみるよ」



 彼はそれでも私の話を否定することはなかった。話に合わせてくれていた。普段ならばこの後も何気ない談笑が続くはずだった。


 ところがそこへ突然、割り込んできた声があった。



「リック!」


「ディジー? どうしてここに?」



 聞き覚えのある声にドアの方を見れば、思った通りの人がそこにいた。彼女は私の事など目に入っていないようで、彼に近づいてきた。


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