第9話・出て行って下さい
「あんたさ、後から現れてリックにちょっかいを出すのは止めてくれない?」
「リック?」
「ウォルフリックのことよ。あたしとあいつは将来を誓った仲なの。あんたみたいな良いとこのお嬢さんなら別にリックじゃなくとも、他に良い男が現れるでしょう?あたしからあいつを取らないで」
彼女にキッと睨み付けられて、面食らった。彼女はやはり彼と懇意な仲だったらしい。その為、彼と婚約を結ぶことになった私が気に入らないようだった。
「ウォルフリックさまは、それに対してどう言っているのですか?」
「リックは……受け入れるしかないって。でも、あんたから断ればどうにかなるじゃない」
「どうして私が、あなたの意見を聞き入れなくてはならないのですか?」
初対面にもかかわらず、感情的に当たられたのだ。良い気はしない。私は彼女と向き合った。
「それにこの婚約は、もともと大公家と私の家とで結ばれた婚約です。子供の頃から私達は仲が良かったのです。ウォルフリックさまには、当時の記憶がないとお伺いしましたが、この宮殿に勤める者達ならば、皆がその頃の私達を良く知っています。あなたは先ほど、後から現れてウォルフリックさまにちょっかいを出すのは止めて欲しいと言っておられましたが、それは私の言葉です。先にウォルフリックさまと婚約していたのは私の方です」
「でも、あたしの方がリックを必要としているの」
「それはこの大公家も同じです。ウォルフリックさまは現大公殿下のご子息です。あの御方はゆくゆく大公殿下になられる御方なのですよ」
「大公家がなによ。今までリックのことなんて放っておいたくせに。今更、しゃしゃり出てこないでよ。リックはあたしとこれから先も一緒だと思っていたのに。何でよ」
悔しそうな顔をする彼女に聞いてみた。
「どうしてあなたは、ウォルフリックさまに付いてきたのですか?」
「それは……。そんなことどうだっていいじゃない。とにかくあんたから断ってよ」
私の問いに彼女は口を閉ざしたくせに、要望だけは強気で押してくる。ため息をつきたくなった。
「私とあなたは初対面ですよね?」
「それがどうしたってのよ」
目を釣り上げる彼女に、一応貴族社会での常識を伝えておくことにした。
「貴族社会では初対面の相手に対しては、相手の家名で呼ぶことが決まりです。それと身分の低い者から、高い者へ声をかけることは許されておりません」
それは平民でも同じはずだ。市井でも貴族が通り掛かると平民は道の端に寄り頭を下げる。自ら貴族に近づく者はいない。貴族から声をかけられても、平民から貴族に声をかける非常識な者はいないはず。
このような形で身分差を振りかざす気はなかったが、常識のなさそうな彼女の言動によって、今後のウォルフリックにも影響が出ないとも限らない。釘を刺しておくことにした。
「なに? それって平民のあたしからあんたに声かけるなってこと? 感じ悪い。あたしが気に喰わないのならそうハッキリ言えばいいじゃん。身分がどうの、言わなくてもさ」
ディジーは私の注意を、嫌味に受け取ったようだ。もうどうにでもなれという投げやりな気分になってくる。彼女は恐らく私が何を言っても気に喰わないのだろう。だからと言って言われっぱなしも腹が立つ。
「あんたみたいな女、あたし嫌い。鼻につく」
「同感です」
せっかく久しぶりに会えた親友とゆっくりと語り合う気でいたのに──。ディジーに邪魔をされて、むしゃくしゃした気分になった。
「もう一度言いますが、ここは関係者以外立ち入り禁止の場所です。出て行って下さい」
ここはレバーデン大公家の由緒ある墓場。彼女のような者に不躾に入ってこられたくはなかった。
「出て行ってっ」
「……!」
強く言えば、ディジーは面白くなさそうな顔付きをしながらも「言われなくても出て行くわよ」と、言い捨てて出て行った。後には不快な気持ちばかりが残された。
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