第4話・私は義務を果たします
「ディジーという名の娘だ。ウォルフリックさまとは家族同然に暮らしていたそうで、大公家に行くのを渋るウォルフリックさまに同行を申し出て、ベアトリスさまに直接許可を得たらしい。年の頃はバレリー達と同じくらいだと聞いている」
「宮殿では二人の仲が密接すぎて、恋人同士なのではないかと噂されているよ。ディジー嬢は人目も憚らず、ウォルフリックさまと腕を組んだり、抱きついたりするからね」
「まあ、そのような娘をベアトリスさまもよく許可なさいましたこと。なんて厚かましいのかしら」
次兄のコーエンが父の言葉に補足する。母は眉根を寄せた。家族は皆、今まで私がウォルフリックさまを慕っていたことを知っている。それだけに私の反応を気にしているようだった。
恐らくそのディジーという娘は、ウォルフリックと懇意の仲なのだろう。大叔母が同行を許したと言うことは、彼女をゆくゆくは側妃にする気なのかも知れない。あの前大公の愛人、ネルケ夫人のように。
そのことを家族達は案じていたのだ。
「お父さま。では私との婚約は、形だけのものとなりますか?」
「いや。ベアトリスさまは、彼とお前との婚礼を望まれている。本人にも連れてきた娘の世話を見て欲しければ、こちらの条件も受け入れるようにと、バレリーとの婚姻を約束させた。本人も納得している」
それには驚いた。他に愛する女性がいながらウォルフリックは結婚を認めたと言うのか。彼は平民として育ってきたようだが、平民は恋愛結婚が主流と聞く。平民として育ったという彼も同じような考えの持ち主かと思えば、そこは割り切っているようだ。
「つまり正妻はバレリーで、愛人はそのディジー嬢?」
母の機嫌がすこぶる悪くなっていく。
「結婚前から愛人のいる相手と、バレリーを結婚させるのには私は反対ですわ」
「これはベアトリスさまがお決めになられたことだ」
「そんな、この子は……」
「お母さま。良いのです。このヘッセン家に生まれついた者の定めです。私は義務を果たします。お父さま、ウォルフリックさまとは、いつ顔合わせとなりますか?」
母は私がウォルフリックさまの失踪により大きな衝撃を受け、教会に通い詰めていたのを知っているし、家族皆が反対する中、本当は自分も賛成ではないと言いながらも、頑なな私の気持ちを慮って、修道院入りに協力してくれていた。
心配なのだろう。でも、私はもうあの頃とは違う。還俗したからには大貴族ヘッセン家の娘として、今まで背けてきた現実に向き合うことを覚悟して修道院から出てきた。それにこの縁談は前大公夫人である大叔母が決めたこと。容易に覆せるものでも無い。母には心配しないでと頷いて見せた。
「明日になる。バレリー、おまえには戻って来て早々、落ち着く暇も無くて申し訳ないが」
「大丈夫です。お父さま。もうあの頃の私ではありませんから」
父は痛ましそうな目を向けてきたが、私がキッパリ言い切ると目を見開いた。
「おまえも成長したのだな」
その言葉は、私だけに向けられた言葉では無いような気がした。
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