第3話・ウォルフリックさまには当時の記憶がない?
その日の晩餐では家族全員が揃っていた。母の言うとおり、父や二人の兄は晩餐の時間には何とか間に合い、家族5人で久しぶりに顔を合わせることとなった。上座の席には父が付き、長テーブルを挟んで母と私が、その向かい側の席には長兄と次兄がそれぞれ付いた。
「バレリー、綺麗になったな」
「何だか大叔母さまにますます似てきたんじゃないか?」
「貫禄も出て来たな」
ヘッセン家特有のオリーヴ色の髪に、漆黒に近いような瞳を持つ父が感慨深いように言えば、その後に兄二人が茶化すように続いた。
「ゲアート、コーエン。お止しなさい」
久しぶりに会った妹に対しての言葉としてはどうかと母が顔を顰める。あまり褒められた態度ではないと。
長兄ゲアートは母を前に首をすくめた。母と髪や瞳の色を同じとする彼は、羨ましいほど母親似で優男風の美男子だ。性格はややお調子者のところがある。20歳で来年挙式予定の婚約者がいる。
それに対し、次兄のコーエンは私と同じく父親似。オリーヴ色の髪に、若緑色の瞳を持つ18歳独身。実直な性格が顔に表れているような、精悍な顔つきをしている。残念ながらまだ婚約者はいない。
父はレバーデン大公国の財務大臣職に就いており、ゲアートはその補佐として仕え、コーエンは近衛隊に所属していた。
しばらくたわいもない話が続いていたが、話が途切れると、父が本題を切り出すように言った。
「バレリー、お前には話しておいた方が良いだろう」
「父上」
ゲアートは父が何を言い出すのかと、警戒を抱いたようだ。その長兄の腕を隣の席についていたコーエンが引く。
「兄上。俺もバレリーは知っておいた方が良いと思う。隠しておいてもいずれ本人も分かることだ」
家族皆の視線が自分に集中する。兄らはこれから父が口にしようとする内容を察しているようだ。二人は気まずそうな顔をしていた。
「ベアトリスさまからすでに話は聞いているかと思うが、ウォルフリックさまが帰ってきた」
「ウォルフリックさまは今までどちらに?」
「隣のアルノ王国だ。彼は今まで平民として暮らしてきたらしい。お祭り広場で乱闘騒ぎに巻き込まれて怪我を負ったところを城兵に保護され、アルノ王へ報告が上がったそうだ。そこでレバーデン大公家に所縁のある者では無いだろうかと発覚し、問い合わせがあった」
「それでどなたが本人確認に向かわれたのですか?」
現大公は寝付いていると聞く。その為、執務の方はベアトリスさまが重臣らと共に行っていると聞いていた。
本人確認なら血縁者が向かうべきだろうが、大公はベッドから離れられず、その妻はすでに亡くなっている。
「ベアトリスさまだ。そこで本人だと認められた」
それのどこに問題があるのだろう? と、思うと、父がため息をつきつつ言った。
「ウォルフリックさまには10年前の、生まれてから6歳までの記憶が無い。自分が何者かも良く分かっていないようだ」
「……!」
「医師によればそこの部分だけ記憶が抜け落ちているらしい。その為、お前と仲良くしていた当時の記憶が彼にはない」
「原因は何ですか?」
「分からない。今の彼に聞いてもあまり良く覚えてないからな」
そんな話は大叔母からは聞かされていない。この場で驚いているのは私と母だけだった。兄達はすでに知っていたのだ。
「その上、彼は一人の娘を伴って帰ってきた」
「娘?」
父を伺うと、渋面が返ってきた。
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