第2話・久しぶりの我が家



「バレリー、お帰りなさい」

「お母さま」


 大叔母との面会後、あっという間に還俗の支度は調い目まぐるしくも数週間後には、迎えの馬車に乗せられて懐かしい我が家の前に降り立っていた。屋敷の前に出迎えのためにぞろりと居並ぶ使用人達の前から、茶髪に焦げ茶色の瞳をした可愛い顔立ちの女性──母が両手を広げて進み出てきた。


「元気にしていた? あなた少し、痩せたのでは無い?」


 童顔の母は若々しく、とても成人した三人の子供を持つ親には見えない。私と並ぶと姉妹にしか見えない母がぎゅっと抱きしめてくる。私を間近で眺め、心配そうに見た。修道院に3年もいたので過酷な状況下にあったのではないかと心配していたようだ。

 それに対して何も無いわ。大丈夫よと答えると、安堵したように屋敷の中へと促された。中は私がいた頃と変わりないように思われた。私の部屋も手つかずに残されていた。それが何となく嬉しかった。


「お父さまやお兄さま達は?」

「宮殿よ。急に大叔母さまに呼び出されたのよ。別に今日でもなくともいいと思うのだけど」


 そう言いながら母は不服そうだった。顔には何もあなたが帰って来る日にわざわざ呼び出さなくとも……と、書かれているようだ。


「でも晩餐には三人とも何とか間に合わせると言っていたから、用事が済んだらきっと飛んで帰ってくるに違いないわ。長い移動で疲れたでしょう? バレリー、晩餐までは時間があるわ。少しお休みなさい」

「はい。お母さま」

「リナ。バレリーをお願い。後は頼むわね」


 そう言って母は、侍女のリナを呼ぶと退出した。リナは私と同い年の侍女で、私とは乳姉妹の仲だ。上に二人の兄を持つ私は、数ヶ月だけ先に生まれたリナを本当の姉のように慕っていた。そのことを知っている母は気を利かせて、二人きりにしてくれたようだった。


「お嬢さま。お帰りなさいませ。お嬢さまの無事のお帰りを皆が首を長くしてお待ちしておりました」

「ありがとう。リナ。あなたは変わりがなかった? その後、ダンとはどうなの? 順調?」

「お嬢さま」


 定義的に挨拶してきたリナの左手の薬指には、銀の輪が輝いていた。からかうように聞くと、彼女は顔を真っ赤にした。家族やリナとは定期的に手紙のやり取りをしていた。私への気遣いに溢れた家族の手紙とは違い、彼女の手紙には日常的なことや、年齢相応の悩み事が書かれていて、不謹慎にも家族の手紙よりもリナからの手紙の内容にワクワクしていた。修道院では娯楽が少なかったのだ。家族やリナからもたらされる手紙が情報の全てだった。


「ダンとは婚約しました」

「そう良かったわね。手紙に書いてなかったわ」


 照れくさそうにリナが報告してくる。ダンとは長兄の侍従で、リナの交際相手だった。お目出度い話なのに、私には教えてくれなかった。と、拗ねるように言えば、リナは焦りだした。


「あの、プロポーズを受けて指輪をもらったのは一昨日のことだったので。お嬢さまにはお会いしてから伝えようと思っていました」

「おめでとう。リナ。幸せになってね」


 乳姉妹の嬉しそうな笑みに、つい顔がほころぶ。


「ダンからなんてプロポーズされたの?」

「それは内緒です」

「良いなぁ。私もプロポーズされてみたいわ」


 ダンとリナは恋愛結婚になる。私にはあり得そうに無い未来なだけに羨ましかった。


「お嬢さまだって近々、そうなりますわ。ウォルフリックさまが戻って来られたのですから。お嬢さまの思いが神さまに届いたに違いないです。良かったですね、バレリーさま」


 リナは連絡する暇も無く戻って来たのに、私の事情を知っていた。ここの屋敷の使用人達が総出で出迎えた事といい、恐らく両親達から皆、かいつまんで事情説明は受けているに違いない。

 幼い頃から私の側にいた彼女は、私の初恋相手がウォルフリックだったことも知っている。ウォルフリックがいなくなったことで気落ちし、毎日のように教会に足を運び始めた私に、何も言わずに付き添ってくれていたのだ。


「そうだと良いのだけど……」

「大丈夫ですよ。お嬢さま。10年ぶりにお会いすることで不安があるのでしょうけど、お嬢さま達は仲が良かったではないですか。顔を合わせれば以前のような仲にすぐ戻りますよ」

「そういうものかしらね。少し、休むわ」

「畏まりました。では、お支度の時にまた参りますね」


 着ていたドレスを脱ぎ、部屋着に着替えるとリナは一礼して退出して行った。一応は自分で脱ぎ着出来るが、それをしてしまうとリナの仕事が無くなってしまう。

されるがままになって気がついた事は、3年前の彼女とは違っていて動作にキビキビしたものがあり、主を待たせることなく着替えさせ、礼儀にも隙が無く綺麗に決まっていた。そこに彼女の努力と成長が見えた。


 久しぶりの我が家。寝台にごろりと身を委ねると、記憶の中のウォルフリックさまが「お帰り」と、笑いかけてきた気がした。


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