第2話 なんなんだよこれはっ!

 それから俺は召喚魔法陣があった場所から無理やり引き離されて、後ろで両手を縛られると、ひたすら砂利道を引き摺られ進んでいた。俺が抵抗をやめておとなしくしても、男は手を離すつもりはないらしい。


 せっかく異世界に来たのに、神様が力を与えてくれなかったお蔭で散々な目に遭った。最悪だ。城に召喚されていればなぁ。今頃、勇者として姫や美女にちやほやされていたってのに。

 

 そんなこと思いながら俺はひたすら引き摺られていく。

 暫くして、ようやく手を離されたと思ったら、知らない家の前だった。木造の小さくてボロい家。ところどころ穴が空いてやがる。木の家だが、デザイン的にヨーロッパの方にありそうな家だ。って言っても、ボロすぎて絶対にヨーロッパにないと思うけどな。


 いや、つーかホントにこれ家って呼べるか?日本じゃ絶対にあり得ないくらいボロいぜ。建築ナンタラ法に違反してんじゃねぇのか?ん、異世界だからそんなのねぇか?

 台風が来たらたちまち壊れてしまいそうだな。此処に住んでるとかマジであり得ない。


 男は日本でも見覚えのある形の鍵を使って家の扉を開けると俺を中に引き摺り入れた。そして、鍵を閉め扉の前に立ち塞がるようにして向き合う。

 

「なんのつもりだよ。俺は勇者だぞっ」


 俺はやっと自由が利くようになった両手で男の胸倉を掴み上げると威嚇してみた。

 男は胸倉を掴まれたまま暫く静止していたが、いきなり手を振りほどき、俺をひっくり返した。そのまま床に押さえつけられる。


 強い。まさか、こいつ魔王の手先か?俺が勇者だと知って殺しに来たのかもしれない。どうすればいいんだっ!


「君は魔帝国人かい?意味不明な言葉を使うところがそっくりだからそうかと思ったけど」


 俺が魔王の手先か尋ねようとしたその矢先、男のほうが先に口を開いた。


 まていこく――魔帝国ってことは魔王の国じゃねえか。こいつ、まじで何いってんだ?勇者の俺が魔王の仲間なわけあるかっ。


「お前こそ、魔王の仲間だろうが!俺を殺しに来たんだろっ」


 俺は必死に抵抗するが、すごい力で押さえつけられて逃げられない。

 ふざけんなっ、マジで何なんだよコイツっ!

 足は動くので蹴りを入れてみる。俺の足は男には当たらず、近くにあった木のテーブルらしき者に当たった。上から物が落ちてくる。花瓶だ。


 危ねぇ…何なんだよ。テーブルの上に花瓶なんて置くなっ。死ぬとこだったじゃねぇかっ。今んとこチート能力確認できてねぇんだよ。


 花瓶が落ちて割れた時、男は心底嫌そうな顔をした。いや、お前が俺を拘束するからこうなったんだからな?俺の所為じゃないからな。


 結局、俺はその男に負けた。再び手足を縛られ、今度は猿轡もされた。蹴りを入れた所為か足も。


「んぅ…んん〜っ!ん、んぉ、むぅうう…っ」


 やべぇ、涎が口から漏れるっ。猿轡すると口閉まらねぇ!手も縛られてるし、マジ最悪なんだけどっ!

 俺がこの状態で唯一できることは転がることだけだった。取り敢えず、唸りながら床を転がってやる。勇者がこんなところでやられるなんてマジでないからなっ!


「聞いてくれ、僕だってお前のような子どもを虐めたくはない。大人しくしてくれれば猿轡は外すから…」


 男は床に転がる俺と目線を合わせるためか、床にしゃがんでそう言った。

 子供じゃねぇわ!馬鹿にすんなよ。俺はもう十八歳で成人してるんだよっ。五十代のてめぇにはわかんねぇだろうけどな。

 俺はその感情をぶつけるため転がりながら男にタックルした。殆ど意味をなしてないが、屈するよりはマシだ。

 男はため息を吐いた。俺を睨みつけている。負けずに俺も睨みつける。いい加減解放しろよっ!


 すると、男は何を思ったのか、俺の猿轡を外した。


「はぁ…?なんなんだよ意味分かんねぇっ!」

 

 俺はわけ分からず怒鳴り散らした。唾がめっちゃ飛んだ気がするけどまぁいいか。男は表情を歪めて俺から距離を取った。取り敢えず逃げねぇと。


「君…名前だけでも教えてくれないかい?家出なら…送っていくし、僕も力になるから」


 男の言葉を俺は一瞬、理解できなかった。家出?んなわけあるかっ。勇者が家出するわけないだろうがっ。コイツ完全に俺をなめてやがる。

 俺は床を転がって男の足元に行くと、軍服のようなズボンの上から思いきり噛んだ。


「あぅっ、っ…いだっ…」


 俺が噛んだことは効果があったようで、男は悲鳴をあげた。そこまでは予想通りだった。

 痛みに蹲るかと思った男はまさかの行動をとった。噛んでやった方の足を振り上げたのだ。勿論、そこには俺の顔がある。クリーンヒットだ。


「ぐべっ」


 痛てぇ…鼻血出たわっ。

 手を縛られているから拭くこともできず、止めることもできず、垂れ流しにしたまま俺は男を睨みつける。

 コイツ、マジで俺のこと勇者だって知ってて甚振ってんじゃないだろうな。くそっ、魔法が使えれば…異世界転生したら最強になれるんじゃないのかよ。剣と魔法の世界なんじゃないのかよ。

 俺は心の中で、俺を転生させた神を呪った。


「あ、えっと…、ごめんね。大丈夫かい?君が噛むからいけないんだよ」


 どうやら俺に蹴りを入れたのは本意ではなかったようだ。しゃがみ込み、俺を心配する男。まだ子供扱いするつもりか。


「やめろよ。見た目じゃ分かんねぇかもしれないが、俺はもう大人だ」


 言葉を発するたびに、口の中に鼻血が流れ込み咳き込んだ。少し頭がくらくらする。

 男の顔に視線を向けると、眉を顰めて考え込んでいるようだった。


「君が…仮に成人していたとしても、僕には君が子どもに見えるよ。子どもでないと言うなら、もう一度聞くよ。君は魔帝国人かい?」


 大人振りやがってムカつく。いや、大人なんだけど何となく俺を見下してる感じが腹立たしい。俺は勇者なのに…よりによって魔王の手下に間違われているなんて。


「違う。違うに決まってんだろっ!さっきからずっと言ってるけど、俺は勇者なんだよっ」

「勇者、ね。知らないな。魔帝国の新しい役職かと思ったんだけど…どうやら違うようだし。他国の職業名なのかな?」


 男はそう言って首を傾げて唸る。

 コイツ、本気で知らねぇのか勇者を。ってか、もしかしてこの世界、勇者存在しねぇのかっ!?魔法も魔物も魔王も通じなかったし。だとしたら俺、転生する世界間違えたのか?神様のミスなのか?そんなとこまで流行りの小説らしくしなくてもいいってのに。


「どちらにせよ…君がこの国に害のない存在だと確信が持てるまでは解放できない。ごめんね」


 男は俺の襟首を掴むと、家の更に奥の方へと引き摺っていった。

 よく考えたら…俺、ポロシャツに短パンって、めちゃくちゃ怪しい格好じゃんか。コイツもファンタジーの王道みたいな服装してるし。変な服、変な言葉、そりゃあ怪しまれるよなって…ンナの納得できるかっ!


「じゃあ、此処で静かにしていてね。暴れれば最悪、君を役所に連れていかなきゃいけなくなるかもしれない。それは君も嫌だろう?」


 引き摺り連れてこられたのは、家の奥に位置するであろう小部屋だった。人が住めるような広さじゃねぇ。どちらかと言うと倉庫みたいな、荷物置きみたいな場所だ。

 男はそうやってつらつらと喋った後、再び俺に猿轡をして小部屋を出ていった。と、同時に鍵をかける音がする。

 ふざけんなっ、ふざけんなっ!誘拐の後は監禁かよっ!つか、マジで何がしたいんだよ。俺が害ある存在なわけないだろうがっ。

 くそっ…手足を縛られてるし、猿轡の所為で涎は垂れ流しっぱなしだし、喋ると役所?行きだし、異世界転生…全然今のところエンジョイできてないんですけどっ!?一体、なんなんだよこれはっ!

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