兵士の話
第1話 転移聖呪円の見張り番
今日も一日疲れた。転移聖呪円の見張り番も楽ではない。そりゃあ給料は良いし、こんな田舎の円そうそう誰も来ないから暇だが、暇は暇で疲れるのだということを僕の仕事を羨む同僚に教えてやりたい。
まぁ、今日の仕事もあと数時間で終わりだ。どうせ誰も来ないだろう。
——と思っていたのに。
今、転移聖呪円の上に男がひとり立っている。眩い光とともに現れたその男は、何故か聖呪円の上に立ったまま動かない。何をしているんだ一体。
一応、見張り番なので怪しい行動は注意しなければならない。聖呪円の上にいる男に恐る恐る話しかける。
「あの〜、すみませんが転移聖呪円から降りていただけませんか。他の人も利用するので」
男は僕の言葉を聞いていない。何やら小さい声で呟いている。気持ち悪い。
「あの〜、降りていただいても」
もう一度勇気を振り絞り男に声を掛ける。
男はやっと気がついたようで、ゆっくりと聖呪円の台座から降りた。ところがおかしなことに男は聖呪円の台座の横で何やら作業を始めたのだ。
「
自己状況状態画面を睨みながら何かをしている。
あれは何もすることがない。自分の寿命を表す計器と使える聖呪が書かれているだけだ。年に数回確認すればいいものをなぜ今ここで確認しているのか。そういうことは家に帰ってやってほしい。
「
男が突然立ち上がり手を前にかざしながら気勢を上げた。
僕は恐怖で竦み上がる。とうとう男のことがわからなかった。自己状況状態画面を見ているだけでなく意味不明なことを叫んでいる奴なんて初めて見た。
炎と叫んで何をしたいのかわからない。こんなに挙動不審な人間に僕はどう対応したらいいかわからなかった。
くそ、暇は嫌だと言ったが平穏な日常が壊されるのはごめんだ。
「炎の精霊よ我が元に下り力を貸したまえ、黒炎っ」
再び何かを叫ぶ男。だが今度は元気なく項垂れてため息を付いた。自己状況状態画面を再び見つめて何やら呟いている。
この状況をどう打破すればいいか、僕はどういう行動を取るべきなのかを悩んでいると、いきなり男が立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
僕は恐怖で職務も忘れて逃げ出そうとしたが、肩を鷲掴みされて動きを止められた。
人間とは思えない強い力だ。振りほどけない。
捕まってしまった恐怖で僕は固まっていた。一体僕をどうするつもりなのだろうか。
「訊きたいことがあるんだけど、ちょっといいか?」
僕は恐る恐る振り返る。痛い、痛い、掴まれている肩が痛い。
ああ、自然に涙が出てくる。男は気づいていないようだが指が肩に食い込んでいるのだ。
「な、なんですか。い、痛いので手を離してください」
「え、あ、ごめん」
そう軽く言うと男は僕の肩から手を離した。
なんて軽い謝罪だ。悪いなんて欠片も思っていない風に見える。礼儀が全くなっていない。
「魔法ってどうやって使うんだよ。教えてくれ」
そしてこの期に及んで何かと思えば意味のわからないことを言う。
なるほど、田舎の見張り番である僕を困らせようという魂胆だな。
僕は念の為、男から距離を取って質問に答えた。
「魔法ってなんでしょうか。申し訳ありません。私にはわからないことのようです。そういうことは他のところで訊いていただけませんか」
「ほんとに知らないのかよ?炎とか氷とかで攻撃する魔物とか討伐できる力」
男はしつこく訊いてくる。
本当に知らないのだ。魔法とか魔物とか一体何を言っているのだろう。この男は狂っているのではないか。
すると男は僕の眼の前を通り過ぎ何処かに行こうとするではないか。このまま行かせて何かあったら見張り番として僕が責任を問われる。引き止めなくては。
取り敢えず腕を掴んで引き止める。男は振り返り僕を睨んだ。っ怖い。でも行かせるわけにはいけない。
「何、わからないんでしょ。だったら邪魔すんなよ」
手を乱暴に振りほどかれる。痛みで手が痺れるが、そんな事は言っていられない。この先には僕の住む村もあるんだ。こんな奴に何かされてはたまらない。
「魔物って、もしかして邪獣のことですか」
当てずっぽうだがとにかく何か言わなければと討伐されているであろう生物を言ってみるが、魔物ではない。
だが男は目を輝かせて僕の手を握って大きく振った。
「そうっ。それだよっ。なるほどなぁ、言い方が違ったんだな」
すると男は今度は僕の方を強く叩きながら、不自然に右手を前に突き出して言った。
「ありがとなっ。兵士の兄ちゃん」
その言葉が僕にはよく分からなかった。僕は兵士ではないし、この男の兄でもない。
「僕は君の兄ではないし、兵士でもないですよ」
だから、僕は正直にそう言い返した。だが、目の前の男は僕の言葉にどこか苛立った様子で足を踏み鳴らした。
「そんな事知ってるよ。でも、君くらいの年齢なら、お兄さん呼びは普通だろう。見た感じ二十歳くらいに見えるし。それに、腰に剣をつけているから兵士だと勘違いしても仕方がないだろ」
相変わらず偉そうな口調だ。それに、僕を幼く見過ぎじゃないか?腰に着けてるのも剣じゃないし、そんなこと当たり前に知ってるものだ。やはり、この男は怪しいな。
「僕は五十七歳ですが。あと、これは剣じゃなくて本部との連絡媒体です」
そう言った僕は男の反応を見た。誤魔化したり、反省する気配がなければ役所に突き出してやる。素直に謝ったら許してやってもいいな。
だが、僕の年齢や剣と呼んでいた連絡媒体のことを聞いた瞬間、男は本気で驚いた顔をしていた。年齢に驚いたのなら少し腹が立つが、誤魔化したりする様子はなかった。
「何すんだっ!」
だから、僕は男を家へ送っていくことにした。よく見ると男と呼ぶにはまだ幼い。十三歳もしくは十四歳に見える。歳の割に敬語というものを知らないようだが。僕の年齢を知る前はまだしも、今は年上だと知っただろうに態度を改める気はないようだ。
「少し静かにしてくれません?頭が悪い上に態度も最悪ですね。親御さんは教えてくれなかったんですか」
ついつい口調が荒くなる。苛立つな。相手は恐らく子供だ。今までのも年頃の子供がなる病のようなものだろう。魔法や、魔物といったものは知らないが。
「君は何処から来たんですか?家は分かりますか。送っていきますから」
取り敢えず、家の場所を尋ねて送っていこうと訊いてみた。男は、いや、少年は先程から僕のことを睨みつけている。少年の考えが、気持ちがよく分からない。
「お、俺は勇者だぞ!馬鹿にするなっ」
「勇者?なんですかそれ。それに、馬鹿にしてません」
また知らない言葉が出てきた。勇者とはなんだろうか。職業?称号?何かの遊びだろうか。それともこの少年の名前?
結局、僕は暴れる少年を引き摺り、無理やり家に連れ帰ることにした。僕の家に、だ。
訊いても答えなかったので、家での可能性もある。後で戸籍を調べれば何処の家の子か分かるだろう。分からなければ分からないで、王都の役所で調べてもらえばいい。はぁ、面倒くさいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます