明日も見えぬ世界の真実

灰湯

勇者の話

第1話 異世界転生ってなんだっけ?

 異世界に転生してしまった。少し前に流行っていた漫画やアニメで観たように、魔王を倒すために神様に呼ばれて力を授かって転生したはずだった。


 だが、今俺が立っているところはベビーベッドの上でもなく母親の腕の中でもない。つーか、生まれたばかりの赤子は立てるわけないから間違いなくそれ以上の年齢だと察する。


 そして足元には魔法陣らしい円と模様が描かれていることから、転生ではなく転移されてしまったのだとわかった。


 これでは異世界召喚になってしまう。まぁ、でも神様に転生がいいと言ってこうなったならば、これが異世界転生なのだと解釈した方が都合がいいだろう。


 それにしても、ここがどこなのかもわからない。魔法陣の上に立つ俺と、周りに人が数人。どういう状況なんだコレ。


 戸惑う俺に若い男がひとり、近づき声を掛けてきた。腰に剣らしきものを下げており見たところ兵士だと思った。


「あの〜、すみませんが転移聖呪円から降りていただけませんか。他の人も利用するので」


 てんいせいじゅえん——ああ、魔法陣のことか。この世界ではそう言うんだな。神様がくれたギフトの中に自動翻訳機というものがあって助かった。


 この力チートだと我ながら思うが、言葉がわからなきゃ生きていけない。チートも仕方がないだろう。


「あの〜、降りていただいても」


 男の言葉に俺は転移聖呪円の描かれた台座から降りた。

 他の人も使うと言っていたから召喚用の魔法陣——いや、聖呪円ではないのだろう。


 だとしたら、ここはどこなんだ。見たところ城の中ではない。王国が魔王を倒すために召喚した訳ではないのだということだ、と言うよりそもそもここ野外だ。


 周りにいるのも偏見でだが王城とかには絶対にいなさそうなモブばかりだ。一体どうなっているんだ。神様本当に俺を魔王のいる異世界に転生させたのか。

 ひとまずステータスを見よう。低すぎだらレベル上げないと死んじゃうし、そもそも今晩宿に泊まるための金もない。飯もない。


 魔王を倒すならレベルアップは必須だし、勇者特権の能力とかもあるだろう。

 空はすでに薄暗くなり始めている。急ごう。


「ステータスオープンッ」


 そう言うと目の前にプラスチック板のようなものが現れた。ステータスと言う言葉も自動翻訳機の力によって、この世界の言葉に変換された。とても便利だ。

 画面には何かを表しているゲージとメモのように何かが箇条書されていた。


『炎、水、電気、植物、転移。※血を与えし者』と書かれている。もしかすると使える魔法の属性かもしれない。


 おおおっ、テンションが上ってくる。これぞ異世界転生の醍醐味だ。

 ひとまず上のゲージは置いておいて魔法を使ってみよう。呪文を唱えるのが必要なのか。無詠唱も格好いいが初めは詠唱するべきだろう。最初から無詠唱できるとか絶対チートだしな。


「フ、ファイアッ」


 吃ってしまった。恥ずかしい。

 唱えてみたが特に何も起こっていない。短い詠唱ではダメなのか。


「炎の精霊よ我が元に下り力を貸したまえ、黒炎っ」


 何も起こらない。凄く恥ずかしかったのに。周りの視線が痛いほど俺に刺さっている。こんな晒し者状況早く終わらせたい。

 それにしても、なぜ魔法が使えないのだろう。マジックポイントが足りないのか。


 でも、マジックポイントの残量がわからない。

 ステータス画面のゲージがそうなのか。いや、だとしたらマジックポイントの枯渇じゃないな。ゲージは少ししか減っていない。原因は何なのか。勇者なのに魔法を使えないって大分ヤバイよな。


 あれ、そういえば使える魔法の属性書かれてた欄に聖魔法書いてあったっけ。

 その時ふと先程の男と目があった。男は視線を逸らしたが俺は男のもとに向かうと、逃げ出そうとする男の肩を掴み引き止めた。


「訊きたいことがあるんだけど、ちょっといいか?」


 こいつなら絶対何か知っている。勇者には親切にするべきだから教えてくれるだろう。つーか、こいつが俺のことを召喚したのかもしれないしな。

 男は嫌そうにこちらに振り返った。


「な、なんですか。い、痛いので手を離してください」

「え、あ、ごめん」


 俺は慌てて手を離した。そんなに強く掴んでないよな。大袈裟な奴だ。

 男は俺を視界に入れたくないのか目を逸らしている。

 いや、勇者である俺が眩くて直視できないんだなきっと。


「魔法ってどうやって使うかわかるか?教えてくれよ」


 男は怪訝そうに眉をひそめる。一歩後退りして視線を逸らしたまま言った。


「魔法ってなんでしょうか。申し訳ありません。私にはわからないことのようです。そういうことは他のところで訊いていただけませんか」


 魔法が、ないだと。この世界に魔法がないなんてっ。信じられない。

 だとしたら魔王をどうやって倒そう。神様、まじで勘弁してくれよ。魔法ぐらい使えるようにしてくれないと困るよ。


「ほんとに知らないのかよ?炎とか氷とかで攻撃する魔物とか討伐できる力」


 男は困ったように黙りこくっている。困ったな、魔法を使えないままの移動は少し怖い。魔物に襲われたら一溜まりもないよな。

 それに装備品もない。神様、俺を裸同然で異世界に放りだしたな。


 今怒っても神様に不満を持っても何も変わらない。この男がわからないなら他の人に聞けばいいのだ。

 仕方がなくその場を立ち去ろうとすると、何故か男に手首を掴まれて引き止められた。


「何、わからないんでしょ。だったら邪魔すんなよ」


 イラッとして思わず手を振り払う。勇者の俺に気安く触るなと言いたい。


「魔物って、もしかして邪獣のことですか。そうでなければ魔帝国人か」


 男が自身なさそうな小さな声で言った。

 じゃじゅう――邪獣。邪な獣。


「そうっ。それだよっ。なるほどなぁ、言い方が違ったんだな」


 間違いない、魔物だ。この世界では魔物のことを邪獣と言うのか。


 確かに魔法陣のことも転移聖呪円と言っていた。

 表す言葉が違うとわからないものなんだな。

 あれ、でも俺の言葉は自動翻訳機で変換されるはずなのに。


 もしかして、俺の世界と全く同じ意味を持たないと変換されないのか。だとしたらこれかもこんなことが起こるかもしれない。


「ありがとなっ。兵士の兄ちゃん」


 先程の苛立ちも疑問の解消からなくなっている。

 俺は男の肩を軽く叩きながら笑顔でお礼をいい、握手を求めた。勇者と握手できるほど光栄なことはないだろうから、素晴らしいお礼になるだろう。


 だが、男は俺の手を取らずに怪訝そうな顔をしながら再び言った。


「僕は君の兄ではないし、兵士でもないです」


 先程より少し言い方に棘を感じた。その言葉で俺はまた少し苛立ちを感じた。兵士ではないのはわかったが、兄ではないことは当たり前だし、そんなつもりで言ったわけじゃない。


 この男はあまりいい教育を受けていないのだろうか。若い男に向かってお兄さん・・・・と言うことは、ごく普通にあることだと思うのに。


 まあ、真面目に生きすぎて頭が馬鹿になったのだろう。毎日、ここで何をしているのかは想像もつかないが、初対面の勇者に普通に話しかけてくるのだ。見かけによらず図太いようだ。


「そんな事知ってるよ。君くらいの年齢なら、お兄さん呼びは普通だろう。見た感じ二十歳くらいに見えるしね。それに、腰に剣をつけているから兵士だと勘違いしても仕方がないし」


 少し言い訳のようになってしまったが、俺が懸命に説明しているというのに、男はますます怪訝そうな顔をした。


「僕は五十七歳ですが。あと、これは剣じゃなくて本部との連絡媒体です」


 五十七っ?こいつ、俺のこと馬鹿にしているのか。どこからどう見たってまだ二十代だろうに。

 男は深い溜め息をついて俺を突き飛ばした。


「何すんだっ!」

「少し静かにしてくれ。頭が悪い上に態度も最悪だ。親御さんは教えてくれなかったのかい?」


 いきなり丁寧な口調じゃなくなった。親のことを出され俺は無性に腹が立つ。あんな奴らいてもいなくても変わらない。俺の育ち方にケチを付けるやつは許さない。どうせみんな同じ反応をするんだから。


「君は何処から来たんですか?家は分かりますか。送っていきますから」


 完全に嘗められている。まるで小学生や、中学生のガキに話しかけるように俺に口をきく。俺のことを見下しているんだ。俺は勇者なのに、もう高校生なのになぜ敬わないんだ。


「お、俺は勇者だぞ!馬鹿にするなっ」

「勇者?なんですかそれ。それに、馬鹿になんかしてません」


 男は首を傾げる。勇者を知らないなんて、こいつ馬鹿だっ。俺のことを馬鹿にしていたのにもっと馬鹿だ。


 男は俺を引きずって魔法陣――転移聖呪円から遠ざかっていく。一体どこに連れて行く気だと、俺は藻掻くが服を掴まれた手はなぜか離れなかった。

 俺は勇者なのに、何でこんな兵士に負けてんだよっ。最悪だっ、一応外面モードになってたはずなのに。こんなの俺の望んでた展開じゃねぇっ!

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