第4話 人権を踏みにじりたい
「おつかれ〜」
駐輪場の近くで誰かを待っていた春田マキちゃんが俺に手を振った。
茶髪で髪を巻き巻きしていて、スカートが短くて、ちゃんと化粧している女の子である。
「おつかれ〜」と俺は言う。
ちなみに俺は部活終わりでマジで疲れていた。
中学時代に県大会で優勝したおかげで大量に高校推薦が来て、別にプロになるわけじゃないから強豪に行く気はなかったけど、……むしろ高校ではサッカーを辞めようと考えていたけど、推薦だったら受験勉強もしないで済むから家の近所の高校の推薦を受けた。
入部してから即レギュラー入り、顧問の先生は黒瀬直人が今年から入るから県大会優勝するとか張り切っていて、やっぱり練習は疲れる。
「どうしたの? 誰か待ってるの?」
と俺が春田マキに尋ねた。
「誰、待ってたと思う?」
と春田マキちゃんが上目遣いで俺を見る。
「えっ? もしかして俺?」
「そうだよ」
と春田マキちゃんが言う。
「モテる男は辛いわ」
と俺が言うと、春田マキちゃんが俺のお腹にえいとボディーブローをしてくる。
「グッフ」と俺はお腹を抑える。
「あっ、ごめん」
「大丈夫大丈夫」と俺が笑う。
いきなりボディーブローはないぜ。
「春田さんの家は近くなの?」
「まぁ、そこそこ」と春田マキが言う。
「春田さんって、他人すぎない?」
「そう? 春田の方がいい?」
「いや、そこは下の名前でしょ」
「マキちゃん」
「それでいい」とマキちゃんが言う。
「っで、なんで俺のことを待ってたの?」
と俺が尋ねる。
「ナオトくんに自転車で送ってもらおうと思って」
俺の自転車はママチャリである。後ろは乗れるけどマジで疲れているんだよ。でもこの子は近藤絵梨花グループの女子だし、できれば仲良くしときたいなぁ、いや、もしかしてコイツはスパイか? そんなことねぇーか。
「いいよ」
と俺が言う。
「やったー」
とマキちゃんがジャンプして喜ぶ。
駐輪場から俺の自転車を取り出して学校を出るまで自転車で押して歩く。
「ナオトくんは彼女とかいないの?」
とマキちゃんが尋ねて来た。
「別にいないよ」
と俺が言う。
「えっーーー、嘘だよ。絶対にいるよ」
「いないよ」と俺が言う。
「本当?」とマキちゃんが上目遣いで尋ねて来た。
「本当」と俺が言う。
「好きな人は?」
「好きな人もいない」
と俺が言う。
「へー、そうなんだ」
とマキちゃんは言いながら、自転車を押している俺の歩幅に合わせて一緒に歩く。
「マキちゃんは彼氏とかいないの?」
興味があったわけじゃないけど、質問されたから同じ質問を返しているだけ。
「いないっすよ」
「彼氏とかいたことある?」
「それ失礼っすよ」
「そう? 失礼なのか。ごめん」
「いや、いたことないんっすよ自分」
とマキちゃんが言う。
「ギャルっぽいのに意外だね」
「まだ誕生日来てないから16だよ。彼氏がいたことなくても普通でしょ」
「そうか」
「ナオトくんは彼女とかいたことあるの?」
「秘密」
「えーーー教えて」
「秘密」
「ナオトくんのケツ」
「ケチって言おうとしてケツって言ってんじゃん」
「噛みまみた」
「噛みました、も噛んでんじゃん。つーか八九寺真宵みたいなギャグしてるじゃん」
「化物語知ってるの?」
「全巻読みまみた」
「めっちゃ噛んでるじゃん。へー、意外とオタクなんだね」
「まぁね」と俺が言う。
「あと、どんな作品が好き?」
「んーーーっと」と俺は考える。「結構、なんでも好き」
「推しの子とかダダンダンとかも?」
「好き」と俺が言う。
「好きってもう一回言って」
「好き」
「キャーーー」
マキちゃんが無邪気にピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。
「そろそろ自転車の後ろに乗る?」
と俺は尋ねた。
「はい、乗らさせていただきます隊長」
と彼女が言って、俺の自転車の後ろに乗った。
それでマキちゃんが俺の自転車の後ろに乗って、どこに家があるかもわからないのに自転車を発進させた。
「マキちゃんの家どこなの?」
「ダイヤモンドシティってわかる?」
「わかる」
「あの近く」
「意外と近いじゃん」
と俺は言って、ダイヤモンドシティに向かって自転車を漕いで行く。俺の家もそっちの方向だったから遠回りせずに済んでよかった。
次の日。
登校して席に座ると奴が近づいて来た。
奴というのはもちろん近藤絵梨花のことである。
彼女が近づいて来たのに気づいたけど、気づかないフリをしてカバンから教科書を取り出して机に入れた。
チョンチョン、と俺の肩あたりを近藤絵梨花が触れた。
そこでようやく奴を見る。
近藤絵梨花が少し困惑したような、少し頬を赤くして俺を見つめていた。
「おはよう」
と俺は笑顔で言った。
小5の時に彼女におはようと言っただけで耳が腐るって言われたっけ? どうして小5の俺がおはようと言ったのかというと、近藤絵梨花に挨拶もできないのかと叱咤されたからだった。俺はブーブーしか言えない呪いにかかっていたので誰とも喋らずに過ごしていた。だからおはようなんてわざわざ言わなかった。だけど近藤絵梨花に叱咤されてブーブーしか言えないはずの俺がおはようを無理して言ったら耳が腐ったから2度とおはようって言わないように画鋲を口に入れられて男子達に殴られたっけ。
だから俺がおはようと彼女に言った時の声は少し震えていた。
「おはよう」
近藤絵梨花がニッコリと笑った。
「どうしたの?」
「何もない」と近藤絵梨花が言う。「喋りたかっただけ」
ブーブー以外の言葉を喋っていいのかよ、と俺は思った。
「そうなんだ」
と俺が笑顔で返す。
できる限り顔を引きつらないように。
どうして彼女がココまで俺に近づいて来たのか考える。
昨日、マキちゃんと一緒に帰ったせいか?
これはセ◯レに近づいたのか? 近藤絵梨花は俺に好意を寄せているのか?
教室の隅にいるマキちゃんを見る。不安そうに、いや少し怒ったようにマキちゃんがコチラを見つめていた。
「ナオトくんって彼女いるの?」
近藤絵梨花が尋ねた。
なぜ近藤絵梨花が、俺の彼女の存在を尋ねてくるのか?
「いないよ」と俺は答えた。
「近藤さんは?」と俺は尋ねた。
「いないよ」と近藤絵梨花が答える。
「でも授業終わったら待ってる男子いるじゃん」
「あれは、ただの小学校からの腐れ縁だよ」と近藤絵梨花が言った。
小5の時に俺のイジメに加担していた男子もこの高校にいた。
「彼氏じゃないの?」
「違うよ」
と近藤絵梨花が体をクネクネさせながら言った。
「でも、きっとあの男子は近藤さんのことが好きだよ」
「そんなんじゃないって」
近藤絵梨花が体をクネクネさせながら笑ってる。
「それとナオトくん」と近藤絵梨花が言う。「近藤さんって呼ぶのやめて」
「なんて呼べばいいの?」
「絵梨花」
「絵梨花ちゃん?」
「違う。ちゃんもいらない。絵梨花」
「彼氏に怒られちゃう」
「だから彼氏じゃないって」
と近藤絵梨花が俺の席の隣でクネクネしながら言った。
この女にあんなことやこんなことをして人権を踏みにじりたい。俺がされたように。
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