第2話 イジメ
近藤絵梨花が転校して来たのは小学5年生の頃だった。
あの日から全てが変わってしまった。
彼女が転校して来る前に地元に豪邸が建って、どんな人がココに住むのかな、か弱いお姫様がこの家に引っ越して来て仲良くなって初めての恋みたいなことをするのかなムフフフと妄想を抱いて、その家に引っ越して来たのが近藤絵梨花だった。
清涼飲料水のCMが似合いそうな透き通った肌に太陽のような眩しい笑顔の女の子。
みんな近藤絵梨花を見た瞬間から恋に落ちて、お姫様キャワイイイあんな子と映画に行ったり遊園地に行ったりホッペにチューしたいなぁと思ったのだ。
だけど彼女はお姫様なんて可愛らしい存在じゃなかった。教室の女王様、というか悪魔だった。
近藤絵梨花の初めてのターゲットは文香だった。
田口文香とは幼稚園に入る前からの幼馴染だった。俺がヨチヨチと歩けるようになって公園デビューした時に文香と出会ったらしい。小さい時は一緒にお風呂にも入ったことがあると母親は言っていた。
俺達は一人っ子で母子家庭という境遇まで一緒だったから幼馴染というよりも、もっと親しい間柄だった。
幼馴染以上兄弟未満。
文香は本を読むのが好きで目が悪くて眼鏡屋さんの一番安い丸メガネをかけていてオカッパで物静かだった。そんな彼女が近藤絵梨花の初めのイジメのターゲットになってしまった。
始めは些細なことだった。
近藤絵梨花の言葉に文香が無視した、とかで女王様が怒っていた。
無視するのはよくないよね? みたいな空気がクラスに充満して、弁明することも許されることなくて文香はクラスで申し訳なさそうにしていた。
近藤絵梨花は空気を操るのが上手かった。
人見知りの文香は美少女転校生に喋りかけられて緊張して返事ができなかったんだと思う。でも無視するのはよくないよね? みたいな空気感にやられて、無視した文香が悪いと俺すらも思ってしまった。
文香が近藤絵梨花を無視した次の日には文香の上靴が隠されていた。やったのは近藤絵梨花じゃなくて男子達だったけど操っているのは近藤絵梨花である。泣きそうな顔をして靴箱の前で立ち尽くしている文香を見て、一緒に俺も上靴を探してあげたかったけど関わったら俺もイジメられるんじゃないか? みたいな予感はあった。
だけど文香の家は俺と同じ母子家庭で、そこまで裕福じゃないから上靴を買い直すのもお母さんに迷惑をかけるんじゃないかな?
オカッパ丸メガネの少女が靴箱の前で、俺を見つけて引きつったように笑った。この子を無視したら俺は一生後悔するだろうということはわかっていたけど俺は足早に上靴を履き替えて彼女から去って行った。
文香が裸足で教室に入って来た時は一緒に上靴を探してあげなかったことを死ぬほど後悔して、男子達が教室の後ろで文香の足元を見てゲラゲラと笑っているのを聞いて悲しくなった。ごめん文香次は助けるから、と思っていたのに、文香の教科書が無くなった時もノートがぐちゃぐちゃに落書きされた時も俺は何もできなかった。
上靴を隠されることも教科書を隠されることもノートをぐちゃぐちゃにされることも近藤絵梨花を無視したから仕方ないよね、みたいな空気になっていた。もっと言えばこの教室の女王は誰だかわかってる? 従わないモノは抹殺、みたいな空気が漂っていた。
俺だけが文香が人見知りで喋れなかったことを知っていて、それだけでこんな仕打ちをされるなんて、と思っていた。俺が言わなくちゃ。俺が文香の誤解を解かなくちゃ。
そして文香が自分の机が無くなって教室の真ん中で泣いているのを見た時に、彼女を助けるために彼女の誤解を解くために決意して、近藤絵梨花に俺は近づいて行った。
「近藤さん」と俺は震える声で言った。
「文香は人見知りで喋れなかっただけなんだ。だから許してほしい」
近藤絵梨花は俺のことを排泄物でも見るような目で睨んだ。
「はぁ? なにこのキモデブ? もしかして私が田口さんの机を隠したと思ってるの?」
やっているのは男子達だった。だけど操っているのは近藤絵梨花である。
「いや、……違うけど」と俺が言う。
「違うんだったら私に言わないでよ。見当違いだし」
近藤絵梨花が言って、俺はただただ近藤絵梨花に嫌なことを言った奴になってしまった。
近藤絵梨花に嫌なことを言う奴は悪者。
悪者は罰せられなくてはいけない。
その日からキモデブとあだ名になった俺はクラスで喋ることも禁止されてブーブーと鳴くことしか許されなくなった。もちろん机や教科書やノートや上靴は無くなったし、油性ペンで体に肉便器と落書きされたり唾をかけられたりした。
近藤絵梨花は少し離れたところから、ただ笑って見ているだけだった。本当に近藤絵梨花は関係ないんじゃないか? と思ったこともあったけど、俺へのイジメが始まって半年が経った時に放課後に近藤絵梨花グループに拉致られて公園に連れて行かれた。そこに文香もいて、俺は寝そべるように命令されて、嫌がると男子達から蹴られて羽交い締めにされて地面に寝そべった。
「このキモデブの顔面にオシッコかけたら、私を無視したことを許してあげる」
近藤絵梨花が文香に言って、やっぱりコイツが全ての黒幕で間違いないことを認識する。
「やらないの? それじゃあキモデブが文香にオシッコをかけようか?」
俺が近藤絵梨花を睨むと男子に顔面を蹴られて鼻血がブシューーーー。
「うわぁ、キモっ」と近藤絵梨花が言って笑っていた。
それじゃあ俺がオシッコかけようか? とお調子者の男子が言う。
文香の友達もそこにはいて、「文香ちゃん、オシッコかけるだけだから。それで終わるんだから」と説得していた。
「でもでも」と文香は涙を流しながら呟いて、それを近藤絵梨花は見て笑っていた。
「どうするの? 早くしないと塾に行かなくちゃいけないんだけど」と近藤絵梨花が言って文香を急かす。
文香は俺の顔面に跨った。スカートの中は暗くて見えなかったけど、生暖かい液体が俺の顔面に落ちてきて、幼馴染以上兄弟未満の俺達の関係がココで終わりを迎えたことがわかって悲しくて泣いた。
文香のことを守りたかったけど守れなくて、守ろうとしたら俺がイジメられて何も出来ずにキモデブの俺は泣いた。世界で一番みっともなくて、世界で一番自分が嫌いで、世界で一番生きていてはいけないような気がして俺は泣いた。
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