第9話 『UNDO絵具』 UBEBE さん

p.77)その絵の具は、描いたところを〝描いていなかった〟ことにできるんです


デジタル化の最大の恩恵は、UNDOにあるといっても過言ではない。手順を遡って、効果をなかったことにできる、というのは、さまざまな試行が赦されるということだからだ。try & error が赦される環境では、成果は高まることだろう。



p.78)すると、誤送信したメールがどこかに消えた。


UNDO絵具の効能として、スマホ画面の送信済みメールに絵具を塗れば、送信行為をUNDOできることが明らかになる。あとは因果律に従い、送信していないメールを相手は読むことができない。がゆえに、情報漏洩は発生していない。という連鎖が発動する。UNDOとは、行為そのものを遡及して取り消す行為ということである。



p.78)僕はふたたびメール画面を開き、


さらなる検証。スマホのアドレス帳の課長をUNDOすると、課長は存在しないことになった。このあたりから、ダークな面が現れてくる。先ほどのメールは誤送信をUNDOするというところから因果が発動したが、今回の、アドレス帳の名前をUNDOすると相手の存在が消滅するというのは、すこし具合いが異なる。つまり、アドレス帳に登録する必要がなかった。なぜならばそんな人は存在しないから、という因果律が発動しなければならないからだ。そしてそれは主人公の思惑通りに発動した。



P.78)この絵の具は〝UNDO〟を〝UNDO〟することもできるらしい。


検証の続き。このあたりの展開はDETH NOTEを思わせる。ルールをチェックし、そのルールの裏をかくような活用方法を見出す過程はゾクゾクするほど刺激的である。

UNDOのUNDOもデジタル化された制作ではおなじみだ。「なかったことにする」を「なかったことにする」とは「あったことにする」ということである。デジタル制作の現場においては、それは可逆的で対称性がある行為だが、現実世界に適用されるときは、必ずしもそうではないのかもしれない。



p.79)成功するまでやり直せば、失敗することはない


だが、UNDO絵具では時間を戻すことができない。この不可逆性は、デジタル制作の現場においては自明であり、製作時間は余分にかかることは織り込み済みである。しかし、現実世界をUNDOする場合は、この時間の不可逆性は大きな制約になるのではないか。



p.79)指先が〝UNDO〟絵の具のラベルに触れた。その瞬間、絵の具は煙のように消えてしまった。


起承転結の転に相当する場面だ。

UNDO絵具そのものをUNDOするとはどういうことなのか。

それは、UNDO絵具など存在していなかった世界になる、という意味をもつのだと思う。

だから、UNDO絵具を販売していた文具店も存続することができなかった。

と、ここで、冒頭のp.75)p.76)の記述を思い起こす。

この話自体は、もともと主人公がUNDOを求めるところから始まっており、そのUNDOを手助けするような形で、文具店は昔のままに存続していた。

だが、そこで販売している色は、同じ色であっても名前が変わっていたのである。

これはすでに、主人公がマジカル空間に迷い込んでいたことを示唆している。

そしてさらに気になることは、

主人公が、冒頭、文房具店で、このUNDO絵具を指に塗りつけているということだ。



p.79)あわてて〝UNDO〟しようとしたが、触るべきものがないのでどうすることもできない。


UNDO絵具がUNDOできるものの条件は「表層」をもつことだ。絵具を塗れる面がなければ効果は発揮できない。

ならば、指はどうか?

主人公は、この作中、何度自分の指にUNDOを塗ったか? 

文房具店で指先にUNDO絵具を出して指先をこすりあわせてなじませた後、なぜ文具店の主人は寝言のようにしか話せなかったのか。

そして再び訪れたとき、文房具屋が二か月前にに廃業済みだったのはなぜか。

主人公は、うっすらと気づき始めている。



pp79-80)もしかしてもっと大きな何かを〝UNDO〟してしまったのかもしれない



もともと、主人公自身の進路に関するUNDOの物語として始まった話を、主人公自身が、冒頭から、UNDO絵具によってUNDOしてしまい、最終的には、そのUNDO自体を、退職と再挑戦という、みずからの人生の時間を費やして、再度UNDOして取り戻そうとする話になる、と、わたしは読んだ。

この話の結末には、リスタートという希望よりも、後悔ですら朧げになってしまうほどに茫然自失な感覚が、漂っている気がする。

UNDOされたものたちだけが閉じ込められてしまう世界があるとしたら、主人公はそちら側にいってしまったのかもしれない。

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