第5話 『フセンコスモス』 たけなが さん
p.42)教室のどこかで誰かが、背中にくっついたカッターシャツをはがす。その音が聞こえてきそうなほど、部屋の中は静かだ。
川端康成『掌の小説』冒頭の掌編「骨拾い」を彷彿とさせる純文学的文体に惚れる。
P.42)フセンコスモス
花弁の先端が四角いコスモスを見たことがあると思う。それをフセンに見立てる。そうか、フセンも文具だったと思う。
p.43)影はつけない。花びらにシワが見えたら、そのシワも一本いっぽん丁寧に描き足していく。
ボタニカルアートを少しだけ齧った経験がある。ここでは、写生ではなく、模写という言葉を用いているところに、作者のこだわりを感じる。
p.44)あなたには伝えたい
花であれば花言葉が必要だ。フセンコスモスの花言葉は「あなたには伝えたい」だという。「には」が重要だ。相手は自分にとって特別な存在であり、秘密を共有したい相手であることを伝えるからだ。
p.47)好きな人のランドセルにフセンコスモスを貼って、家に帰るまで気づかれなかったら、両想いになれる。
ランドセルに一片のフセンコスモスを貼り付ける。それは本当にありそうなことで、つい「わたしもやったな」と言いたくなる。フセンコスモスは小学校時代、たしかにわたしの回りにもあった、と思う。
p.49)これはフセンコスモスとは関係のない、普通の付箋。
フセンコスモスに付されたマジカルな役割を、ここでは、ごく普通のフセンに期待する。この逆転は、民俗学的に考えても普遍性があると思う。見立ては見立てられたモノと相互に入れ替え可能なセットとなり、その魔力をもゆ融通するからだ。全国にある「〇〇富士」や風水における見立てなどはその例だ。
ここで、この話がフセンコスモスの「模写」から始まったことを思い出す。フセンコスモスは付箋の代用となることから名付けられ、花占いの連想から、マジカルな効果が付与された。この作品で、さらにそれが、ごく普通の付箋に、「祈り」として引き写される。こうした入れ子構造が心地よい作品である。
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