第4話 『エントツケズリ』くろせさんきち さん

p.32)ねえ、きみ。この町にはもう慣れたかい?


冒頭の一文がもつ意味と、それを巡査の息子が発したことの必然性は、読み進むと分かってくる。



p.33) ぼくは、机の引き出しから万年筆と葉書を取り出した。


冒頭から、稲垣足穂の世界観を彷彿とさせる、飛行船、探偵小説、万年筆。ランプ、といた道具立てが楽しい。それだけで架空の街の架空の冒険が、眼前にリアルだ。


p.34)明日の下校途中に郵便局に寄ろう。


文具といえば、レターセットは外せない。ペン、インク、便箋、封筒。とすれば「郵便ポスト」「郵便局」もまた「文具」に類するものといえないだろうか。「想い」を届けるという点で、郵便という仕組みはながらく主役であったと思う。

先日の郵便料金にお値上げにより、年賀状は昨年の4割にまで落ち込んだという。デジタル化により、言葉や画像をデータとして送信するのに費用や時間をかける時代ではなくなった。だが一方で、データを送るだけはすまない物流はますます必要とされている。

かつて、フィルムから写真を手にするまでにかけていた時間と費用のコストは、デジタル化によってほとんど無きに等しくなった現在、なぜフィルムカメラがブームになるのか。レコード盤やカセットテープの復刻は、デジタル化に対する何らかのカウンターであるようにも思われる。郵便配達には、新聞配達とはまた異質なノスタルジーがある。



p.34)石造りの郵便局の屋根には、町で一番高い煙突が立っていたはずだ。


この町の特徴、いやこの架空の国の特徴は「煙突」らしい。そこから、スチームパンクの世界観を想定し、それは前述の稲垣足穂的世界にマッチする。

 ところで、郵便局が町で一番高い煙突をもつ理由について考えてみたくなる。煙突の高さを目印にする迷路のような町で、起点が郵便局にある、というのはなにか、郵便番号制度または住所の番地の振り方の起点を意味するかのようでもある。デジタル化以前の人の動きがこの町にはある。

 

 

p.36)ですからね奥さん。順番が変わったんですよ


煙突の高さを目印にしなければ迷って迷ってしまう町であるにも関わらず、広告のために煙突の高さを、安易に変えてしまうような仕組みが採用されていく。これは資本主義社会の矛盾を描く寓話的要素をもつ。それがダークファンタジーの風合いで仕上げられている。



p.37)なるほど。あれがエントツ書きか


ここで初めて「エントツ書き」が提示される。それはエントツが空に描く広告で、宣伝文句や地図をエントツで書くものだという。ひじょうにスケールの大きな文具である。エントツはエンピツと同じく、書いているうちに煙がだんだん太くなり不明瞭になる。そこで、鉛筆を削るようにエントツを削る機械がゆっくり飛行している。真っ黒で四角い巨大な物体。わくわくする世界観だ。


p.40)コノクロイケムリ ツカウベカラズ


X氏の町でも始まった「エントツ書き」。紅い煙で「寿」という文字を書いたという。紅い煙は毒々しく見える。煙突からの煙といえば、公害問題を思い浮かべる。広告は産業の要になることは間違いがない。となれば様々な色の煙でよりインパクトをもたらそうとするだろう。流れてきた黒い煙の警告文は、そのような過激なエントツ書きよって深刻な問題を引き起こした町からのものなのではないかと思う。ここで、赤ちゃんの泣き声が思い起こされる。それは悲劇を先取りしていたかのようだ。


この話は、エンピツとエントツの類似から発想されたと推測する。そこから一編の話を生み出すのは相当な力技だったと思う。エントツをエンピツに見立て、かつ、ランドマークとして住民にとって安易に変更してはならない象徴的な役割を与えつつ、さらにそれを混乱させていくという風刺をも表現する。作者の繊細な剛腕さを感じた作品だった。

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