第3話 『アイデンティティ』 椿あやか さん

p.26)どんなタッチでも器用に描き分けられる家電文具の太郎よりも、A氏は「一つ一役割」の一般文具たちを器用に使い分け、職人気質ともいえる堅実さで原稿を完成させたのであった。


文具に永遠のテーマ アナログvsデジタル。文章系の自分にとってすら悩ましい問題だが、絵描き系の方にとっては必要な道具の数も桁違いに多く、慣れの問題もあってなお、難しい問題だろう。かつて、ワープロを使うと文体が変わる、と危惧された時代があったが、もはや、数万文字に及ぶ長編を手書きしノートやカードで管理をするのは、現実的に厳しい。だが一方、断片を切り張りして構成や校正をおこなう鬼気迫る創作ノートに、かぎりない崇敬と魔を感じるのも事実だ。わたしは「手の跡」を好む。だからデジタルよりもアナログが好きだ。



p.26)僕は一体、家電なの? 文具なの? 僕の存在理由って何なの?


物が想いを語るお話は、せつないことが多くてつい同情してしまう。アナログかデジタルかを、対立する関係ではなく適材摘除ととらえられる世の中であればよいのだが、多様性の時代とはいえ、アナログ派はあきらかに取り残される風潮がある。今はまだ過渡期だ。そのうち、手書きはカリグラフィーとしてのみ保存される無形文化財になるのかもしれない。その時、文具はロストテクノロジーとなり、大英博物館に陳列されるのだろう。MoMAにではなく。



p.27)いざという時の為にアナログでの画力を向上させる


この考え方には共感できる。共感できるというところがold typeの証なのだ。バッテリー切れ、起動待ち、規定された入力方法、精密機械だという緊張、などが枷となり、かつ「手書き」への信仰に似た信頼は払拭できない。脳に端子が埋め込まれる時代になったら変わるのかもしれないとは思う。



p.28)A氏の漫画賞のトロフィーで頭部を殴打


トロフィー。賞状。記念の盾。これらはとても昭和チックだが、表彰といえばいまでもこういうものは授与されるものなのだろうか。そして、トロフィーで撲殺されるストーリーは案外多い。人生の光と影を端的に示せるからかもしれない。


人間に和解はなされず、アナログ派は淘汰された。ここには神話の構造が見え隠れする。デジタル文具とアナログ文具を対立が、業務効率化に対する労使の軋轢を悪化させ、ひいては血の惨劇を招く点は、社会派の側面ももっている。だが主役はあくまでも「文具」だ。過渡期にある今、それぞれがそれぞれに輝ける現場に生かされる。ハッピーエンドである。

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