辛い修業も今日で終わりだ!だが眠い!
車で奈良市内のホテルまで送ってもらった僕達家族は、部屋に荷物を置くとホテル近くの商店街で夕食を取った。
まだ明るい時間だったので人通りも多く、沢山の店が開いていたのだが・・・
「奈良名物、ってないよね」
「普通のご飯ばっかりだね」
旅に出たら何かしら現地のものを食べてみたくなるのだけど、そういった食事処は皆無だった。
「まぁ名物に美味いものなし、とも言うし、これはこれでいいんじゃないかな?」
僕としては合わない食べ物を口にするよりは、馴染みのあるものが食べられた方が良いので、特に不満はなかったけど両親はそうではないらしい。
しばらく歩き回り、ようやく見つけたのは御当地ラーメンの店。
「あ、ここ美味いらしいんだよ。結構有名なラーメンだよ。」
唯一地元の町の名を冠した店だったのと、聞いたことのある名前だったので僕達はそこに入ることにした。
出てきたラーメンは野菜たっぷりでピリ辛。これは美味い。
両親も満更ではなかったようで、無事御当地?での食事を終えることが出来た。
すっかり満足した僕達は、ホテルに戻ってきた。
すでに布団が敷かれた部屋。
修行ですっかり疲れていた僕は、空腹が満たされたこともあってかそのまま布団に倒れ込んだ・・・。
目が覚めた。
起き上がって時計を見ると、夜十二時を少し回ったところ。
両親はすでに浴衣に着替えて眠っている。
そういえば風呂入ってなかったな、と気付いた僕は、のろのろと起き上がって大浴場に向かうのだった。
時間が時間なので風呂には誰も居らず、広々とした浴場は貸切状態。
静まり返った湯船に体を沈めると、僕は今日の出来事を思い返していた。
かつて味わった衝撃を再び受けたこと、軽く考えていた修行は思ったよりキツかったこと、そして特殊な力に目覚めたこと。
今回得た力は・・何だったっけ。
物体移動、空中浮遊、広域索敵だったか。
索敵って・・敵って何だ。
そんな力を得てどうなるんだろう。
霧島さんは僕をどうしたいんだろう。
法隆寺って単なる観光地じゃなかったのか?
いろいろな考えが頭を巡る。
大いなる魔って何なんだ。
何かと戦うのか?
考えても答えは出なかった。
とりあえず、せっかく授かった特殊能力。いろいろ使ってみようか。
まずは空中浮遊。
自分が浮かぶイメージをする。
風呂の中で浮き上がり、水面からも浮かび上がる、そんなイメージをすると
・・・浮いた。
ホントに浮くんだな。
イメージをやめるとゆっくりと体が落ちていき、再び湯船に沈んだ。
これは面白いな。どこまで浮かび上がるのかはもう少し広い所で試してみよう。
次に試したのは広域索敵。これで霧島さんの居場所を探ってみた。
同じホテルにいるはずだけど・・
反応は近かった。まさかの隣の風呂場。
男子高校生だもの、美女が何をしてるのか気にはなるさ。
さらに集中すると、姿形が浮かんできた。
これは・・・スーツの上からでもわかってたけどスタイル良いな。
胸はまぁ標準くらいか。細かい所まで見ようと思えば見られそうだったけど、そこはあえて見なかった。
さすがに照れくさいし宜しくないだろう。
と言うか、これって透視みたいなものか?
いずれまた試してみよう。
物体移動も試そうと思ったけど、急に眠気が襲ってきた。
昼間の疲れがお風呂に入って、一気に出てきたみたいだ。
もう寝よう。また明日もあるんだから・・・。
朝五時。
スマホのアラームで目が覚めた。
眠い目を擦りながら起き上がると、両親も起き出した。
洗顔を済ませて朝食会場へ。
昨日と同じくホテルに無理を言って用意してもらった朝食を食べていると、霧島さんがやってきた。
「おはようございます。私もご一緒して良いですか?」
朝早い時間なのにピシッとスーツでキメているのはさすがと言うか。
「今日の予定ですが、大悟さんは引き続き修行となります。ご両親はいかがされますか?」
「昨日は大阪に行ったから、今日は奈良のあちこちを巡ろうかな、と思ってます」
そういえば、ずっと前に奈良の鹿がどうとか言ってたな。
「ではタクシーチケットをお渡ししますので、よろしければお使い下さい。大悟さんは昨日と同じく、六時に出発していただきます」
ご飯を頬張りながら軽く頷いて返事をする。
旅館の朝食うめぇ。特に漬物が最高。
六時になって迎えの車が来たので、霧島さんと共に乗り込む。
それを見送る両親。タダで観光できるせいか、めちゃくちゃ笑顔なのが若干イラッときた。
法隆寺に向かう車内で、「今日は昨日とは違う修行をします。法隆寺についての勉強と、軽く武道など」
「いや武道とかやってないので無理ですよ?」
被せ気味に慌てて答える。
「ご安心下さい。本格的なものではなく・・そうですね、護身術とでも思っていただければ良いかと。歩くだけなんてつまらないでしょう?」
それはそれで有意義だったけど、正直キツかった。
なので歩かなくて良いのはありがたい。あと、勉強となるとこの美女とマンツーマンになれるかな、という若干の下心もあった。
「お昼すぎには法隆寺を出て、夕方には東京に戻る予定です」
三連休を利用して来ているので、今日は最終日なのだ。
「明日からまた学校ですから、早めに戻っていただけるように予定を組みました」
いろんな出来事があったので忘れそうになるけど、明日からはまた学校なんだよな。昨日散々境内を歩いたせいかすっかり法隆寺に馴染んだ気になってたけど、ここは僕の場所じゃないんだよな。などと思ってしまい、少しだけ寂しくなった。
「なのであと少しだけ頑張りましょう」
そうこう話しているうちに、車は南大門前に到着した。
目にするのは二回目だけど、門だというのに圧倒的な存在感を放っている。
自宅の門とはずいぶん違うものだ。比べるのもおかしいとは思うけど。
「開門時間です」
昨日と同じく、ゴゴゴという音が聞こえそうな動きでゆっくりと開く。
その向こうには、昨日とは違い僧侶が二人、手を合わせて待っていた。
「昨日はセレモニー的な意味合いもあったので全僧侶立ち合いましたが、今日は指導役の者がお迎えさせていただいてます。がっかりしました?」
う、また頭の中を読んだのか。
「いちいち読まなくても顔に出ていますよ」
そんなに残念そうな顔をしていたのか。出迎えてくれた僧侶さんに失礼だな、僕。
「おはようございます太吾様。私は住職の敬純(けいじゅん)と申します。
こちらは本日指導をいたします光淳(こうじゅん)です。本日はよろしくお願いいたします」
光淳さんは僕を見て、にこやかに微笑み、「大悟様とご一緒できて光栄です。本日は宜しくお願いいたします」
「僕の方こそ、宜しくお願いします」
「では早速参りましょうか。まずは座学にてご指導いたします」
二人の僧侶に促されて寺務所に入る。
今日は応接室ではなく、隣の部屋に案内された。会議に使う長テーブルと椅子、それに本が数冊用意されていた。
「どうぞお掛け下さい。まずは法隆寺の歴史について・・・」
「では一旦、休憩しましょうか。だいぶお疲れのようですし」
半ば意識が飛んでいた。
学校の授業のように淡々と話すから、眠気が我慢できず、途中から記憶が定かではない。
苦笑いを見せて席を立つ光淳さん。
僅かな間だけど、少しだけ眠らせてもらおう・・・。
「濃いめのお茶を用意しました。もう少しだけ頑張って下さいませ」
渋いお茶をもらって目を覚ます。
あと少し、あと少し頑張ろう僕。
「お疲れ様でした。これで座学は終了です」
ようやく終わった。後半はなんとか眠らず耐えた。
法隆寺の歴史とか、完全に学校の授業と同じだった。光淳さんには悪いけど、眠くならない理由が無かった。
「ではしばらく休憩の後、武道の講義を致します。少し移動しますので準備をお願いいたします」
寺務所を出てしばらく歩き、南大門より少し小ぶりな東大門をくぐる。
さらに少し歩いて、小さな体育館みたいな所に案内された。
「武道場ではないですが、ここで次の講義を行います。講義の内容は護身術、と考えていただいたら良いかと。恐らくは今後、必要になると思いますので真面目にお願いいたします」
微妙に座学での居眠りを指摘されてしまった。
まぁ体を動かすなら居眠りはしないだろう。
用意された道着に着替えて、まずは特殊能力を使わずに講義開始。
・・・全く歯が立たない。
全て寸止めしてくれているけれど、実戦ならすでにやられている。
せめて手足の動きを見切れないものか。
そう思っていたら、不意に光淳さんの動きが遅くなった。加減してくれてるのか、と思ったけどどうも違う。
これは・・・動きがゆっくり見える?
殴りかかる手、蹴りを繰り出す足。
何故かゆっくり動いていた。
これなら反撃できるか?
と思ったけど現実はそう甘くはなかった。自分の体が早く動くわけではないので、かわすだけで精一杯。
そもそも武道の心得がないから反撃も何も無かった。
「動きが良くなりましたね。何か掴めましたか?」
一旦手を止めて休憩に入ると、光淳さんが話しかけてきた。
「何か急に動きがゆっくり見えるようになったので、避けられるようになりました」
「また何か会得したようですね。話には聞いていましたけど、これが特殊能力というやつですか・・・」
感心したように話す光淳さん。
こうやって、実際に目の当たりにしないと信じられないだろうな。
僕自身もここに来るまでそんなの信じてなかったし。
「では最後に、大悟さんの能力を全部使って対応して頂きましょうか。それで今回の修行は終了となりますので、精一杯お願いいたします」
講義再開。
物体移動による自身の体の操作、先ほど得た高速思考、浮遊術など全てを使って光淳さんに対応したけど、やはり反撃までには至らなかった。ただ、回避と防御はできるようになった。
「時間になりましたので、これで講義を終了します。お疲れ様でした」
互いに礼を交わし、修行の旅は終わった。
「大悟さんは能力を使えば、少なくとも攻撃を受ける事はないので、やはり体術は何かしら身につけた方が良いですね。東京に戻られたら検討してください」
汗を拭きながらそんな会話をしていると、扉を開けて両親と霧島さんがやってきた。
「お疲れさん、大悟。しっかり勉強したか?」
その問いかけに苦笑いで答える。
「お疲れ様でした。朝が早いから眠かったでしょう。着替え終わったらお昼を食べて、東京に向かいましょう」
着替えを終えて再び寺務所に赴くと、応接室で敬淳さんが待っていた。
「二泊三日の修行、お疲れ様でした。いろいろと得られたものがあったようで、こちらとしても嬉しい限りです。今後も何か困りごとがありましたらどうぞ仰ってください。また、こちらに来ていただいたら歓迎いたしますので、いつでも遊びに来てください」
両親と僕がそれぞれ握手を交わす。
「外の食事処で簡単ですが昼食を用意しています。ぜひ食べていってください」
そう言って南大門で見送りを受けた僕たちは、近くの食事処に案内されて昼食を食べた。
やはり名物は出なかったけど、食事処の看板メニューとなっている釜飯はとても美味しかった。
食事を終え、迎えの車に乗り込む。
「帰りは近鉄西大寺駅まで行きまして、そこから電車で京都に参ります。あとは新幹線で東京ですね。私も東京までお供致します」
「東京まで来るんですか?こちらにお住まいなのでは?」
母親が霧島さんに尋ねると
「しばらくは護衛も兼ねて東京に滞在しますので、問題ありません。とは言え連絡事項等がない限り、あまり顔を合わせるようなことはないと思います」
駅に到着し、迎えの車に別れを告げて特急電車に乗り込む。
いよいよ奈良とお別れかぁ。
修学旅行以来だったけど、楽しかった・・・?あれ、全然観光してないような・・・。
「心配しなくても、また来ることになると思います。その時はゆっくり観光して下さい」
電車は動き出し、一路京都に向かう。
さようなら法隆寺。
田園風景から住宅街、そして都会の景色へ。
新幹線に乗ると旅の疲れか、すぐに寝入ってしまった。
目が覚めるとそこは品川駅。ようやく帰ってきた。
たった3日しか経っていないのに、久しぶりに帰ってきた気がする。
それだけ濃密な時間を過ごしたのだろう。
この3日間のことはきっと忘れない。
列車は東京駅に到着。ここで霧島さんと別れることに。
「それでは皆様、お疲れ様でした。何も無いとは思いますが、気をつけてお帰り下さい。何かあれば私か法隆寺に連絡下さいませ。では。」
そう言って雑踏の中に消えていった。
僕たちも自宅に帰ろう。
自宅に帰ってきた。長旅が終わり、ほっと安堵する。
やはり自宅が一番、などと定番のセリフを吐きながら、僕は自室の布団に倒れ込んだ・・。
翌朝。
いつも通りの日常が始まった。
いつもの時間に家を出て学校に行く。
通学途中に小野と出会い、一緒に登校。
「奈良に旅行してきたの?鹿いた?」
鹿とは遊べなかったよ、と言ったら
「何しに行ったんだよー」
と返された。何しにじゃないよ、修行だよ。とは言えず適当にはぐらかした。
久しぶりに小野に会った気がするけど、こいつ、こんなに子供っぽかったかな。
霧島さんと一緒にいたせいかな?
などと考えていると、「何か悪い事考えてる?」と言われた。
思考を読まれた?
「悪い顔してるよ?と言うか私をみる目がいつもと違うね」
顔に出ていたらしい。法隆寺での出来事のせいか、どうも考え方がそちらの方に寄ってしまうな。
なんでもないよ、と言って何てことのない、日常に僕は戻っていった。
・・・
あれから三日ほどたった、ある日の夕方。
授業が終わり、帰ろうかなとした時に僕のスマホにメッセージが届いた。法隆寺の敬淳さんからだった。
「先日は修行、お疲れ様でした。大変お疲れのところ申し訳ないですが、問題が起きました。霧島と連絡が取れません」
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