修業?そんなの大したことではないね、などと思わないことです。

朝八時。

寺務所の客間で、予定より早く休憩することになった僕。

雷に撃たれたような衝撃を受けたものの、今のところは読心術が強化されたくらいしか実感がなかった。


「それで修行なんですが、今回は日数があまりないので幾つかを同時進行していきます」

修行内容については細かく知らされて無かったけど、テレビで見るような滝行や山の中を走り回る、と言うのはやらないらしい。 

「基本的にはお寺の境内を歩き回るだけです。ただし、観光ルートを外れた所になりますので、不整地や雑草が生い茂っているところもあります。なのて汚れても良い服で臨んで下さい」

観光ルート以外ってのが、ちょっと想像つかない。

「パンフレットを見てもらえれば分かりますが、実は一般客が入れるところはごくわずかなのです。で、こちらが詳細な境内図になります」

おおう、法隆寺って意外と広いんだな。こうして見ると、ホントに観光エリアが狭いのがわかる。


「ご両親には案内役をつけますので、お寺の観光、駅までの送迎はお任せください。夕方にはこちらが用意した宿にご案内いたしますので、それまで自由にお過ごし下さい」

なんとも至れり尽くせり。

両親はそもそも修行する必要がないし、ついてきただけだから好きに過ごしてもらったほうが僕としても気楽だ。

「準備できましたら参りましょうか。私が修行の案内も務めさせていただきますのでよろしくお願いします」


両親は早速、法隆寺観光に向かったみたいだ。なかなか来ることのない所だから凄く楽しそうだった。

僕はと言うと、若干憂鬱ではあるものの聞かされた修行内容に安堵していた。


なんだ、単なる散歩と一緒じゃん。


後に自分の甘さを思い知るとも知らずに・・・。


「準備出来ましたね。では参りましょうか。まずは西院伽藍に向かい、中を一周します。そこから西大門、西円堂、地蔵堂、上御堂、百済観音堂、東大門をぬけて東院夢殿、そして南大門を回ります。これが1セット。できれば5セット位は行きたいですね。合間に休憩は入れますし、辛かったら仰って下さいね」


なんかいろいろ言われたけど、ただ歩くだけなら楽勝じゃん。

そう思いながら修行は始まった。


朝九時、修行開始。


途中までは楽勝だった。しかし・・

高台にお堂があったり、足場が悪かったり、それぞれがやたらと離れていたりしてけっこうキツい。

帰宅部の僕にはなかなか過酷だった。

裏山みたいなところを抜け、石畳が見えた時にはかなり嬉しかったものな。

でも、そこから結構な距離を歩かされ、一周を終えた時には・・

「足が痛い!疲れた!汗だくで気持ち悪い!」

疲労と不快感が半端なかった。

なんで僕は奈良まで来てこんなことをやってるんだろう・・。


朝十時半、南大門通過、寺務所到着。


「お疲れ様でした。これで1セット終わりました。ここで30分ほど休憩しましょう」

舐めてかかっていた数時間前の自分を殴りたい。

おまけにここまでの距離約3キロ、時間にして1時間30分ほどかかったのだが・・・

「私は1時間を切るくらいで回れます」

と言われてさらに精神的ダメージを食らってしまった。

しかも息切れすらしていないよこの人。

「私も最初は散々でした。でも慣れてきます。大悟さんは高校生なので、すぐに慣れることでしょう。ではそろそろ時間なので、参りましょうか」

もう30分過ぎたのか。


もう少し休みたいけど、キツいからこその修行なんだよなぁ。

頭では理解出来ても疲労は別。

もうイヤだ・・・。


重い腰を上げて寺務所を出ると、さっきまではまばらだった観光客が目に見えて増えていた。世界有数の観光地で僕は何をやっているのか・・・。

「さぁ、あと四セット目指して頑張りましょう」

あと四セット、その言葉で一気にやる気が失せていった。


十二時半、再び寺務所。

「さっきよりはペースが安定してきましたね。時間もちょうどいいので、お昼にしましょう。お弁当を用意しております」

お寺だから精進料理でも出るのかな、思っていたら普通の幕の内弁当が出てきた。美味しかったけど、なんか以前にもこんなことがあったような?

食に関しては奈良は残念なんだろうか。


「もし足りなければ、門前に食事できる店が何件かありますよ」

普段の僕なら全然足りない量だけど、今は疲れすぎてあまり食欲が湧かない。

目の前の弁当だけで十分だった。


食事を終え、少しの間横になって目を閉じた。疲れと朝早いのもあってか、横になるだけだったのにそのまま寝入ってしまった・・。


「そろそろ起きて下さい」

十三時半、体を揺すられ起こされた。

ちょっとだけ殺意が湧く。


眠い目を擦りながら修行再開。足が痛くて歩きたくない。

そう思いながら階段をのろのろと登っていると、ふいに頭に体を動かすイメージが湧いてきた。

と、体が軽くなり、サクサク歩けるようになった。

強いて言えば人形の足を手で動かすイメージ。

お?力を使わず歩けるようになったよ?


「それは物体移動ですね。物を動かすイメージで、物に触れずに動かせる力です。今は自身の足をイメージで動かしているんですね」


さらに修行は続く。

「すみません、少しだけ寄り道していきますので、大悟さんは先に行って下さい」

霧島さんが修行コースから外れて何処かに行ってしまった。

一人で黙々と歩く。

彼女がなかなか戻ってこない。僕だけ歩かせて何やってるんだ、と思い始めた時、頭に彼女の居場所が思い浮かんだ。

どうやら寺務所に戻って打ち合わせ的なことをやってるようだ。

・・・これも何かの能力なのか。


脳内イメージに気を取られていると、うっかり石畳で足を滑らせてしまった。やばい、コケる!

その時、体が少し軽くなった。と言うか浮いてる?

後ろ向きに倒れた僕は、地面に頭を打ち付けそうな体勢でギリギリ浮かんでいた。何だこれは。

これもまた能力なのか・・・?


十四時半。

体を強制的に動かしたお陰で途中からスピードアップできたので、一時間ちょうどで寺務所に戻ってこられた。

「大悟さん、もう戻ってこられたんですか?ずいぶん早くなりましたね」


我が身に起こったことを話すと、かなり驚いていた。

「本当に?能力が?あんな修行・・いえ、修行の成果はあったようですね」


あんな修行って言ったかこの人。


「いえ、修行の効果を疑ってたわけではなくてですね、その・・実際に能力を発現させた人を見るのは初めてなので、あくまで伝承だったので本当なのかな、と思いまして」

早口でまくし立てる霧島さん。

言ってることはわからなくもないけど、効果を疑いながらやらせてたのか。


まぁ実際に結果は出てるわけだし、あまり深くは考えないでおこう。


寺務所ではお茶と羊羹が出された。

能力のおかげか体はあまり疲れてなかったけど、優しい甘さの羊羹が身にしみて美味しかった。


十五時、修行再開。

今回は能力を積極的に使いながら歩いていく。

体を後ろから押すイメージで歩行速度を上げたり、不整地は体を浮かせて大きくジャンプしてみたり。


これは・・便利だ。

さっきまで憂鬱だった修行が楽しく思えてきた。

そう言えば観光に出た両親は、何処で何をしているんだろう。

ふいにそんなことを考えたら、頭に両親のイメージが流れ込んできた。

大阪で美味しそうにたこ焼きを食べているイメージが浮かんできて、修行に励む僕はちょっとイラッとしてしまった。

本場のたこ焼き、僕も食べたい・・。


十六時。

そろそろ観光客も少なくなってきた。

便利能力をフルに使ったおかげか、四セット目を四十分で終えた。

でも能力を使いまくったせいか、少し頭が痛い。あまり長時間は使えないのか。

再びお茶とお菓子が出された。今度は山盛りのあられ。

「これ、おいしいんですよ。名産ではないんですが、マヨネーズ味のあられって珍しいですよね。私は好きなんです」


十六時半、いよいよ最後の修行に向かった。次はどれくらいで戻って来られるのか、少し楽しみにしている自分に驚いた。

能力は比較的自在に使えるようになり、階段と不整地はジャンプでクリア、石畳は体を後押しして歩いているのに走っているのと同じ速度で移動。

・・・観光客に変なものを見る目で見られた。確かに変だけど。

時折、両親の様子を覗き見してみる。

今はもう、こちらに向かう電車に乗ってるみたいだ。


そうして最後の修行は、三十分で終えることが出来た。

十七時、寺務所に戻った僕は心身ともに疲れ切っていた。

「お疲れ様でした!成果は出たようですね」

ソファに沈み込む僕。それに反して爽やかな笑顔の霧島さん。

同じ行程をこなしてるのになんでそんな余裕なんだよ。

「普段から鍛えてますから」

そう言って力こぶを作るポーズを取る。

それを死んだ目で見つめる僕に、向かいのソファに座っている僧侶の方も苦笑い。

「何にせよ、今日一日よく耐えられました。成果があったようで何よりです。ところで・・・お疲れのところ申し訳ないのですが、もうじき閉門いたしますので、帰り支度をお願いいたします」

そう言えば、開門から閉門までお寺にいる、ってなかなかないよな。

などとぼんやりと考えているうちに両親が戻ってきた。

「修行どうだった?楽しかった?」

楽しくはなかったかな。

でも成果はあったよ、と言うと二人共嬉しそうに笑ってくれた。

「では皆様揃いましたので、ホテルに参りましょうか。車を用意していますのでどうぞ」

霧島さんに促されてのろのろと立ち上がり・・うっかりよろめいてしまい、彼女に抱きつく格好になってしまった。

「だいぶお疲れのようですね。肩を貸しますので、車まで頑張って下さい」

普段なら嬉しいハプニングも、今やどうでもいいくらいに疲れていた。ただ、彼女から漂う香水の香りだけはしっかりと記憶に刻み込まれた。

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