法隆寺へ。そして若干の後悔

朝五時。

スマホの目覚ましが僕を叩き起こす。六時に出発なので、速やかに準備しないとな。

本来は朝七時に開始の朝食だけど、そこは霧島さんが交渉したのか、洗顔を終えて食堂に向かうと僕たちの分がすでに用意されていた。

眠気まなこの僕たちを準備万端で迎える霧島さん。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

「意外と疲れてたのか、よく寝られました。と言うかまだ目が覚めない感じです」

そう聞いて彼女はにっこり微笑む。

「ここからは車で移動なので、移動中に眠られても構いませんよ。ただ車までは頑張って歩いてもらわないと。予定通り六時には出発しますので、そのつもりで準備して下さい」

優しくも厳しいお言葉を頂戴した僕は、今日は観光ではない、ということに気付いた。

豪華な朝食を終え、部屋に戻って荷造りを済ませると僕たち家族は

ロビーに向かった。

両親はまだ眠そうだったけど、緊張のせいか僕はすっかり目覚めてしまっていた。そして法隆寺ってどんなとこだっけな・・・?

などと呑気に考えていた。


六時になった。

ロビーの外に、黒塗りの車が停まったのが見えた。

「迎えが来たようです。では参りましょうか」

ホテルを出ると、眩しい朝日が目に入る。

朝日で輝く黒塗りの車。

運転手が降りてきて、恭しく後席のドアを開けてくれた。

「さ、皆様どうぞ」

促されて後席に家族で乗り込むと、霧島さんは助手席に乗り込んだ。

「では参りましょうか」

車が静かに動き出す。

外の音がほとんど聞こえない。

揺れも少なく、車に詳しくない僕でもこれが高級車だとわかる。

こんなのを持ってるなんて、法隆寺すげぇな。


市内を抜け、しばらくは広い道を走り抜ける。時間が早いからか、混雑もなく車はスムーズに進んでいった。

工業地帯のような所を走りぬけ、住宅がまばらになったあたりで車は松林の中を走り出した。

「見えましたよ。あれが法隆寺、南大門です」

車の正面には古くて大きな門があった。

まだ閉じているその門は、門でありながら威圧するような雰囲気を

醸し出している。

僕たち一行は少し離れた所で車から降りた。門前の広場は車が入れず、停めるスペースもなかった。

「七時に開門しますので、もう少しだけお待ち下さい。ちなみに門の前にあるこの石、不思議だと思いませんか?」

門を見上げていると霧島さんから問いかけられた。

門前は石畳が整然と敷かれているのだけど、門に上がる階段の下に

あるこの石だけは、何故か大きくて歪だ。

「これは法隆寺七不思議の一つ、鯛石と言いまして、この地域は古くから水害に悩まされているのですが、この鯛石より先には水が来ることはなかった、と言われています。なのでこれを踏むと水難に遭わないと言われております」


海がない県なのになぜ鯛なんだろう、せめて川魚にすべきだったんじゃ?

などと無粋なことを考えてしまい、考えを読んだ霧島さんに苦笑い

されてしまった。


「開門時間です」

霧島さんがそう言うと同時に、大きな門がゆっくりと開き始めた。

ゴゴゴ、という音が聞こえそうな重厚な動き。

その向こうには大勢の僧侶達が、僕達を迎えるために整列していた。

奥にある中門まで続く石畳の両脇に整然と立ち並ぶ僧侶たち。

「うわ・・」圧倒されてしまった。

そこまでの出迎えがあるとは予想してなかった僕達家族は、言葉を発するのも忘れて固まってしまっていた・・・。

「観光気分で来るんじゃなかったね」

両親が小声で囁き合う。僕自身も軽い気持ちで来たのだけど、そんなものは一瞬で吹き飛んでしまった。

促されて僧侶の間を歩いていくと、一斉に僧侶たちが手を合わせ始めた。

「え、え?」

動揺する僕に「あなたは聖徳太子の生まれ変わりとされています。

ここ法隆寺はかのお方ゆかりの寺。お戻りになられるのは実に数百年ぶりなので、最大限のお迎えをするのは当然のことなのです。」

・・・軽い気持ちで来た自分を殴りたい。

重い気持ちで歩みを進め、中門正面にたどり着いた。

「ここは中門と言いまして、西院伽藍への正面出入口です。ただ現在は通行できませんので、脇の出入口からお入りください。そこから大講堂へご案内します」


整列していた僧侶たちが、僕たちの後に続いてきた。

中門左側にある小さい門をくぐり、伽藍内に入るとそこには大きな

五重塔がそびえていた。その隣にはこれまた巨大な金堂。

「見学はまた後程時間をとりますので、まずはこちらへどうぞ」

五重塔と金堂の間を抜け、正面にある大講堂に歩みを進める。と、大講堂正面で霧島さんが振り返った。

「ここから後ろを見てください。中門から南大門まで一直線なのですが、中門の柱が邪魔をして見通すことができません。普通は門が一つなのですが、ここは二つあって中央に柱があるのです。これは法隆寺の謎とされているのですが、聖徳太子の霊をここに閉じ込めておくため、とも言われております」

言われてみれば不思議な造りだった。それにしても霊を閉じ込めるためなんて、意外と法隆寺って物騒なんだな。などと考えていると

「それでは大講堂へどうぞ。ご両親は立ち入らず、外でお待ちください」と僕一人中に入るよう促された。

中に入ると数体の仏像。照明も何もない空間は開け放たれた扉から

入る朝日で満たされており、意外と明るかった。

「まずはこちらに手を合わせてください」

よく見ると三体の仏像が座っていた。顔の部分は薄暗くてよく見えない。

大講堂から外を振り返ると、僕たちに続いて歩いていた僧侶たちが再び手を合わせ、お経を唱え始めた。

雰囲気に押されるように言われるままに仏像に手を合わせると、突然体に衝撃が走った。

あの時と同じだ。

かつて感じた衝撃が再び襲い掛かった。視界が暗くなり、周りが見えなくなる。

衝撃の次に感じたのは、何かが押し込まれる感覚。頭をぐるぐる回される感じ、そして押さえつけられるような感触。

吐き気を催すような気持ち悪さ。自分が立っているのかどうかも分からなくなってきた・・・。

「・・・さん!太吾さん!しっかりして下さい!聞こえますか!」

それらの感覚はじきに治まった。視界が戻り、僕の顔を覗き込む霧島さんが見えた。

「・・・僕はどうなったんですか」

「ああ、意識が戻ったんですね・・良かった。急に硬直したかと思ったら、今度はふらふらし出して倒れかけたんですよ。。ほんのわずかな時間ですが、意識も失ってました。今はどうですか?」

「・・・とりあえず何ともないようです」

周りを見回すと、両親が心配そうに大講堂の中を覗き込んでいた。

僧侶たちの読経は止まっていた。様子がおかしいので読経を中断したらしい。響いていた読経のかわりにざわめきだけが大講堂に広がっていた・・。

「一旦休憩しましょう。歩けますか?」

軽く頷くと、霧島さんが僕を伽藍の外に連れ出した。

西院伽藍から南大門の方向に歩き、途中で右側にある小門をくぐり中に入る。

「ここは寺務所兼客間です。ひとまずここで休憩いたしましょう」


客間に案内された僕たちは、ソファのある部屋に案内された。

豪華なソファに腰を下ろして、一息つく。

室内には心配そうな両親、そして霧島さんと紫の衣を纏った僧侶が一人。

「あの時何が起こったのですか?」

霧島さんが口を開いた。そうだ、あの瞬間・・・

「頭を殴られるような衝撃があって・・その後ものすごく気持ち悪くなりました。頭に何かが押し込まれる感じ・・そういえば、少しだけ見たことのない文字みたいなのが見えました」

霧島さんと僧侶が顔を見合わせる。

「お告げの通り、やはり君で間違いないようですね。」

僧侶が口を開いた。

「文献では、仏像に該当者が手を合わせると途端に全身を硬直させ、昏倒したとあります。その後超越者としての力を発揮するとも。まさに文献の通りです」

やや興奮気味の僧侶が語る。

それはそうだ。ほぼ伝説として語り継がれていた現象が目の前で起きたのだ。

(大講堂では儀式を再開しましたが、体調は・・・問題なさそうですね。念の為、儀式の参加は取りやめて・・)

「僕なら大丈夫です」

そう言うと、彼女は驚いて目を見開いた。

「何も言ってませんが・・もしかして、私の考えを読んだのですか?読めたのですか?」

言われて気が付いた。そう、彼女は話していない。

「まさか・・これは能力がアップグレードした?これが超越者?」

今まで読めなかった霧島さんの思考が読めるようになった。

「これは驚いた。しかし・・と言うことは他にも開花した能力があるかも知れませんね」

僧侶が言う。

かつて聖徳太子は、17の特殊な力を持っていたという。

読心術、物体移動、壁のすり抜け、催眠術など・・

どれも伝説でしかなかったし、それら全てを発現した人はいなかった。

ただ、いくつかの能力に目覚めた人はいたようで、その誰もがここ法隆寺で目覚めたようだ。

「私は祈りを封じたお守りで、あなたの能力が効かないようにしていたのですが・・それを突破するほどの能力ですか・・」

なるほど、そういう仕掛けがあったのか。でも今やそれも効果がなくなった。

「女性の頭の中を覗くのは失礼です。なので、やたらと読まないて下さいね」

思春期男子としては、年上美女の頭の中が気になって仕方がないのだけど、先に釘を刺されてしまった。

まぁやたらと読むにはないけどね、などと負け惜しみ的なことを考えると、霧島さんがふっと笑った。

人には読むなと言っておいてこの人は・・。

「で、他にはどんな能力が使えるんですか?」

とりあえず今一番気になっていることを霧島さんに聞いてみた。

答えは「わからない」だった。

「17の能力を発現した人は実際にはいないそうです。なので文献にはありません。また、能力は発現させようと思わないと現実化しないので、思いつく限りの特殊な行動を取らないと何ができるのかわからないのです。」

あー・・なんかこういうの見たことあるぞ。

能力を使うには、その能力について思い出さないといけない、とか言うのがあったな。

まぁそれはそうか。ゲームみたいにステータス画面があるわけじゃなし。

「で、それを知るために修行するのです。あらゆる状況を想定して、能力が発現しやすい状況を作ってひとつひとつ把握していくのです」

なるほど、それで修行が必要なのか。

「一応、強制的に全ての能力を発現させる方法もあるのですが、人格が破壊されるそうなのでオススメはしません」

はい、大人しく修行させていただきます。

「幸い時間はまだまだありますので、落ち着いたら早速始めましょうか。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る