つま先の秘密
茜カナコ
つま先マジック
「なにそれ、セクシーすぎ。ウケる」
「うわっ、見るなよ」
「いいじゃん。カッコいいね。驚いたよ」
突然声をかけてきたのは、俺が映画に誘った(即断られた)クラスメートの伊藤日葵(ひまり)。彼女は俺のつま先と顔を見比べて、にやにやと笑っていた。
***
一週間前
(伊藤さん、普段から話してるし……このアニメのバッチとかぬいぐるみとかカバンに着けてるし……イケるはず……!!)
クラスメートはもう帰って、伊藤さんの俺の二人だけの教室。
俺はなけなしの勇気を振り絞って仲の良い友人に昇格するべく伊藤さんに話しかけた。
「伊藤さん、あの……『怪物と王子』の映画のチケット二枚あって……」
「ん? ああ、それもう見たけど面白かったよ?」
「え、あ、……そう。一緒に見に行かない?」
「なんで? 川田(かわだ)と? 二回目だし、行かないよ?」
「あ、うん、そうだよね」
あえなく玉砕。
その週末、映画は中一になったばかりの妹、凛(りん)と見に行って、ポップコーンとジンジャーエールをおごらせられた。
とぼとぼと家に帰る。
「ただいま」
大きなため息を残して、部屋に戻りカーテンを閉めて明かりを消した。ベッドでうずくまっていると、ドアが開けられた。
「お兄ちゃん、つま先貸して?」
「は?」
「今日のお礼してあげるから、つま先貸して?」
妹が、珍しく俺に話しかけてきたと思ったら、「つま先貸して」だって? 一体何を言ってるんだろう? 俺はいぶかし気に妹の顔を観察した。
「暗いなあ、なんか元気なさすぎ」
部屋にずかずかと入ってきた妹は、化粧ポーチのようなものを持っている。
「ほら、足だして」
「は? なんでだよ?」
「なんでも」
そう言うと凜はベッドに腰かけた俺の足をつかみ、靴下を脱がせた。
「じっとしてるんだよ?」
凜はポーチから小さな小瓶を取り出して、キャップをひねった。
揮発性のにおいがする。
「おい! 何するんだよ!?」
「動かないでってば!」
凜は俺のつま先に何か塗っている。
しばらくすると、作業が終わったらしい。
「ふう、疲れた。乾くまでちょっと待ってね」
「おい、これ……」
「ペディキュア、似合うじゃん」
今、俺の足の爪の先は黒、根本側はグレーのグラデーションだ。
「やめろよ、とってくれよ」
「やだよ。気分上がるでしょ?」
「だだ下がりだよ」
「嘘だあ。私、へこんだ時、これで気合入るもん。お兄ちゃんも元気出して?」
「なあ、マジで落としてくれよ、人に見られたら変に思われるじゃん?」
「そういうとこが、ダメなんだよ。お兄ちゃんは人の目気にしすぎ!」
「ったく」
どうやら、凜の気遣いらしい。ありがた迷惑だけど。
まあ、靴下をはけば見えないし、はだしになる機会もないから、あきらめることにした。
凜は俺の頭を撫でて、満足げに微笑んだ。
「きっと、いいことあるよ」
「……うるせー」
妹は舌を出した
一週間経ったら落としてあげる、とカーテンを開けて部屋を出て行く凜。
「気分が上がる、か?」
俺は黒とグレーのグラデーションに染められたつま先を見てため息をついた。
***
一週間後
放課後、帰り支度をしていると隣に座っていた女子が、口のあいたペットボトルをひっくり返した。
「うわっ、川田ごめん! 大丈夫!?」
イチゴミルクが俺の足にかかった。
「ゴメン、どうしよう」と戸惑う女子。
「大丈夫だから」と俺は逃げ出した。
一人になったのを確認してから、上履きと靴下を脱いで洗う俺。
「あーあ、べたべただよ……」
ふと、人の気配を感じる
「何その足、カッコいいじゃん」
俺は顔を上げられない。この声は伊藤さんだ。
「妹にやられた」
俺がぼそりと答えると、伊藤さんの楽しそうな声が返ってきた。
「でも、そのままにしてるんでしょ? 優しいお兄ちゃんじゃん」
振り返ると、伊藤さんが笑ってた。
クスクスと笑う顔が可愛くて腹が立つ、そして切ない。
「あたしにもペディキュアしてくれるかな? 妹ちゃん」
「え?」
「冗談だよ」と伊藤さんはまた笑った。
「良かったらウチくる?」
俺が冗談でいうと、速攻で「行かないよ」と言われた。
「だよな」
俺が苦笑いをして答えると、小さな声で伊藤さんは言った。
「もうちょっと仲良くなってからね」
「え?」
頬を染め立ち去る伊藤さん。
「マジで……?」
伊藤さんの背中と、ペディキュアを見つめる俺の頬が、へにゃりと緩んだ。
つま先の秘密 茜カナコ @akanekanako
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