第1話
,「ん、ここは……」
目を覚ました仁は体を起こす。仁の周囲は木々が生い茂り、鳥なのか猿なのか定かではない奇妙な鳴き声が辺りから聞こえていた。
「俺、独裁者として処刑されたはず……って、なんか手が少し小さくないか? それに、体もなんだか軽いような……」
仁は両手や自分の体を見ながら不思議そうに言う。そして近くに自分が愛用していた携帯電話があるのを見つけると、それを操作してカメラ機能の内カメラで自分の姿を写し出した。
「これでいいはず……え!?」
写し出された自身の姿に仁は目を丸くする。そこには高校生くらいの背丈の黒い短髪の少年がおり、背丈に合わせたサイズの黒いスーツを身にまとっている自分の姿に仁は驚くばかりだった。
「若返ったのか……? けど、死んだはずなのに若返るなんてよくわからないぞ?」
自分の身に起きている現象に仁が首を傾げていたその時、手の中にある携帯電話がブルブルと震え出した。
「電話……非通知設定になってるけど、誰からだ?」
不思議がりながらも仁は出る事を決めて通話開始のボタンを押した。
「もしもし……?」
『もしもし。ようやく目覚めたか、工藤仁よ』
「アンタは誰だ? 死んだはずの俺がこんなところにいる理由も知っているのか?」
『もちろんだ。私がお前をその世界に転生させたんだからな』
「転生……若者達の中で流行っていた異世界転生とかいうものなのか?」
仁の問いかけに電話の主が答える。
『そうだ。私はその世界、デルアを管理する神だ。デルアには幾つかの国家があるのだが、元の世界で独裁者として辣腕を振るっていたお前にその内の一つを強大な国家にしてもらいたいのだ』
「まさか異世界に来てまで独裁者呼ばわりされるとはな。だが、俺の力でどうにかなるものなのか? お前も知っているように俺は独裁者として処刑された身だ。もう俺は国を統治しようとしたり弾圧されたりなんてしたくないぞ」
『それはお前次第だ。もちろん、お前にも特別な力を与えよう。その携帯電話とお前自身にな』
「携帯電話と俺自身……?」
仁が首を傾げる中、携帯電話の画面が強い光を放った。
「なっ……!?」
放たれた強い光が仁を包み込むと、その光は仁の中へと吸い込まれていき、やがて仁は体の奥から力が湧いてくるのを感じた。
「なんだこれ……!? しっかり休息を取った次の日のように力が湧いてくるぞ!」
『それがお前の中に芽生えた力の証だ。さて、その携帯電話に宿した力から説明してやろう』
「それはいいんだけど、なんでアンタは俺を選んだんだ? さっきも言ったように俺はあくまでも独裁者と呼ばれて処刑された身だ。それなのに、同じ事をさせてアンタに何の意味があるんだ?」
『それは後々話してやろう。さて、その携帯電話に宿った力だが、それはリストアップだ』
「リストアップ? 何かのリストが出来上がるって事か?」
仁の問いかけに電話の主は静かに答える。
『その通りだ。携帯電話のアプリケーションの中に見慣れない物はないか?』
「見慣れない物……あ、あった。デルアリストって書いてるな」
『それにはお前が今後出会う人々のデータが記録され、その人物を選択する事でありとあらゆる情報を閲覧する事が出来る。名前や性別、年齢といった情報からその人物が隠している秘密や特殊な能力まで知る事が可能だ』
「まさに相手を管理するための能力だな。けど、壊されたら意味がないんじゃないか?」
『私の力を宿した事で壊れる事はなくなり、バッテリー切れを起こす事もなくなった。安心して使うといい』
「いわゆるチートってやつか。それで、俺にはどんな力が宿ったんだ?」
『お前に宿した力、それは……』
仁が緊張で喉をゴクリと鳴らす中、電話の主は小さく息をついてから答えた。
『言葉の力だ』
「言葉の力? 言霊みたいな奴か?」
『それも含めた力だ。お前が念じながら口に出した言葉はそれが現実の物になり、お前が相手に向けた言葉は相手の心に様々な影響を与える。相手の心を振るわせる事も出来れば、相手の心を折る事も容易になる。つまり、お前の一番の武器は言葉になったわけだ』
「言葉が一番の武器……まあ、元々は営業の仕事をしていたからトークスキルは多少あると思ってるし、相手の心を読み取るのも多少は出来る。まあ、それが出来なかったから、裏切られたんだけどな」
『そこを補うのがその携帯電話になるわけだ。営業の仕事ともなれば、携帯電話が頼りになる相棒ではあったのだろう?』
「それはたしかにな」
仁は微笑みながら携帯電話を撫でる。そしてまた携帯電話を耳に当てた後、仁は真剣な表情を浮かべた。
「とりあえずアンタの言う通りに俺はこの世界で生きていく。だが、暮らし方は流石に自由にさせてもらうぞ。俺はもう誰かの上に立つよりは何も考えずにのんびり過ごしていたいんだ」
『あの国の富国強兵さえ果たしてくれればそれでいい。その後、お前がどう過ごそうと私が関与する事ではない。好きにするといい』
「わかった。それで、その国の名前はなんていうんだ?」
『ユナアだ。かつては騎士王が束ねる名だたる騎士達が活躍し、魔法なども栄えていたのだが、今は見る影もない。民衆を騙して騎士王を追い落とした愚か者が国を崩壊させてしまったのだが、その者は民衆達を置いたままで逃げ出し、統率者を失ったユナアはそのまま崩壊を続けているのだ』
「そんなの誰かがリーダーをすればいいだろ」
『騎士王がいた時代ならばいざ知らず、あの愚か者が国を支配していた時代は自分以外に優れた者などいらんという考え方をしていた事で多くの者達が国を追われた。その結果、ただ統率者に従うだけの凡夫ばかりがいるだけになったのだ。まったく、嘆かわしい事だ……』
電話の向こうから聞こえてくる哀しげな声に仁は小さく息をついた。
「その国がアンタにとって思い入れがあるのはわかった。そういうことならしっかりとやってやるよ。その国、俺が建て直してやる」
『ああ、任せた。私も時にはその携帯電話に電話をかけさせてもらう。その時にはまた語らうとしよう』
「わかった。ところで、アンタの名前はなんていうんだ?」
『私の名か……私の名はフレア。かつて別の名もあったが、それはもう捨てた。そして近い内に私と共にこの世界を管理している神達からも連絡が来る予定だ。その時にはしっかりと話をしてやってくれ』
「わかった。それじゃあな、フレア。アンタの思い、しっかりと受け取った」
『ああ、ありがとう。それではな』
フレアとの電話を終えた後、仁はふうと息をついた。
「死んだと思ったら異世界に転生して、また国を治めてほしいって言われるとはな。まあフレアと約束したからそれはいいんだけど、ユナアっていう国の場所を聞くのを忘れたのが少し痛いか」
『それならば私がご案内します、マスター』
「え?」
驚く仁の横には長い茶髪を一本にまとめてメガネを掛けたスーツ姿の女性が立っていた。
「お、お前は?」
『私はこの携帯電話の意思、名前はレインと申します。力を得た事で意思を得て、マスターとの会話が可能となったのです』
「ようは俺の秘書みたいな感じか」
『その通りでございます。尚、私の姿はあなたにしか見えませんのでそれはご注意ください。そしてユナアの位置ですが、私が地図アプリを元にご案内します。どうやら、この世界の地図を見る事が出来るようになったようなので』
「それは助かる。よし、それじゃあいこうか。レイン」
『はい』
立ち上がった後、仁はレインの案内に従ってゆっくりと歩き始めた。
独裁転生~弱小国家を支配した独裁者は思うままに振る舞う 九戸政景 @2012712
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。独裁転生~弱小国家を支配した独裁者は思うままに振る舞うの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます