独裁転生~弱小国家を支配した独裁者は思うままに振る舞う

九戸政景

プロローグ

「消えろ、独裁者ー!」

「アンタのせいで私達の生活はめちゃくちゃになったのよ!」

「お前なんか俺達にはいらないんだー!」



 広場に集まった多くの人々が怒声を上げる中、その眼前で腕を縛られ拘束されたスーツ姿の男性は顔を上げる。その目には冷たい炎が宿っており、威圧感と殺意に満ちたその目に人々は怯んだ。



「……くだらないな、どいつもこいつも。貧困に喘ぎながらも誰も声を上げない中で声を上げた奴を寄ってたかって叩くだけとはな」



 スーツ姿の男性、工藤ひとしは吐き捨てるように言う。その目には人々への失望と殺意、暗い悪意が宿っていた。



「日本からこの国に商売のために来て、誰もが貧困で苦しんでるからこそ俺も色々尽力し、どうにか国が息を吹き返した中でここの首相に祭り上げられたが、そんな俺がまさかこんな最期を遂げないといけないとはな」

「それはお前が悪いんだろう。人々の信頼を裏切って自分の好きなように国を動かそうとし、金にあかせて贅沢の限りを尽くしていたんだからな」

「少しの贅沢すらも許されないとは、お前達は懐だけじゃなく心まで貧しいんだな。流石は元弱小国家、いつまでたっても弱者としての心から成長出来ないんだな」

「黙れ!」



 仁の近くで銃器を持って立っていた男性が仁の頭を掴んで地面へと押し付ける。その衝撃と痛みで仁が呻く中、もう一人の男性は冷たい目で仁を見下ろす。



「お前は今からこの場で処刑される。それがわかっているのか?」

「……ふん、わかっているさ。お前達が大好きな新首相様がそれをお望みなんだからな。今もあの首相官邸で中継でこの様子を見ているんだろ? 俺の事を愛してるとか一生離れないとか言ってたくせに、すぐにあのションベン臭いガキにすり寄っていつの間にか子供までこしらえていたあの糞女と一緒にな」

「貴様、口の聞き方に気を付けろ!」

「俺だって元首相だ。お前達こそ言葉遣いには気を付けろよ?」



 仁が気丈な振る舞いをする中、処刑人の男はふんと鼻を鳴らす。



「押さえつけられているくせに態度と気位だけは一丁前のようだな。恥ずかしげもなくそんな言動が出来るからこそ今こうして人々達から弾圧されて処刑されるというのにな」

「お前達みたいな恥知らずの恩知らずやこんな世の中とさよならバイバイ出来るなら死ぬ事くらい平気だ。ほら、さっさと殺してくれよ。お前達みたいなくそったれの顔なんてもう見たくないんだ」

「言われなくともそろそろ時間だ。お前という独裁者をあの世に送る時間だ」

「ああ、そうだな。ははっ……ようやく、ようやくこれで楽になれるな」



 せいせいしたという顔で仁が言うと、人々は待ちわびた様子でまた声を上げ始めた。



「独裁者を殺せ! 独裁者をあの世に放り込め!」

「独裁者、か……歴史の授業で習った独裁者と呼ばれてきた奴らも同じ気持ちだったのかな。自分の信念を持って頑張って、国のために尽くしたはずなのにその思いを裏切られて処刑される。そんなやるせない気持ちの中で死んでいったのかな」



 仁の声はどこか哀しげだった。そして処刑人達が銃殺刑のために銃弾を撃つ準備を始め、仁の頭に銃口を突きつけたその時だった。



「……信じられないと思うが、アンタの事、俺達は嫌いじゃなかったぜ」

「え?」

「たしかにアンタのやり方は民衆には受け入れられなかった。だけど、アンタが頑張ってくれた事を俺達は感謝してる。だからこそ、俺達の手でアンタを送り出したかったんだ。他の奴らになんて任せておけないからな」

「お前達……」



 小声で向けられた処刑人達の言葉に仁が涙する中、処刑人達は哀しそうな笑みを浮かべた。



「ありがとうな、ヒトシ。アンタは独裁者だったかもしれないが、俺達からすれば救済者だ」

「死後はゆっくりしててくれ。俺達もすぐにアンタの元に行くからな」

「……ああ、ありがとう」



 冷えきっていた仁の心が最期にあたたかくなる中、銃口から放たれた弾丸が交差するように仁の頭を貫いた。そして事切れた仁の体がグラリと揺れ、処刑人達が声を上げずに涙を流す中、処刑人達の涙を知らない人々は歓喜の声を上げた。



「独裁者が死んだ! 俺達は自由になったんだ!」

「これで私達の生活はいいものになるわ!」

「みんな、独裁者の死を祝い、新首相達の更なる発展を願って祭りをしよう!」

「おー!」



 人々が歓喜し、その様子を首相官邸から新首相達が見ていた時、処刑人達はお互いに頷きあった。



「終わった、な……」

「ああ、そうだな。さて、どうする?」

「聞く必要があるのか?」

「愚問だったな。それじゃあそろそろ」

「ああ。約束通り、俺達も逝こう」



 処刑人達はお互いの頭に銃口を向ける。その異様な光景に人々が騒然とする中、処刑人達は引き金を引いた。そして放たれた銃弾がお互いの頭を貫き、処刑人達の命の灯が消える中、人々からは悲鳴が上がった。しかし、処刑人達の表情はどこか嬉しそうであり、広場に血と硝煙の匂いが立ち込める中、三人の人物の死体が転がっていた。

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