君の居ない正月
タヌキング
。。。
年が明けて2025年が来たと騒ぎ立てるテレビ番組。人の気も知らないでいい気なもんである。
アパートの居間でコタツに入り、年が明けたことでブルーな気持ちになる俺。年末の大掃除もせずに、埃の溜まった部屋で鬱々としているのは俺ぐらいのモノだろうか?
『アタシは年を越せるかな?』
半年前、病室で珍しく弱気な顔をしてアイツはそんなことを言った。俺はすかさず「越せるに決まってるだろ」と強気の発言をしたが、アイツはその三か月後に死んでしまった。その事実を未だ飲み込めないまま迎えた正月である。
アイツの居ない正月なんて来なければ良い、世界が滅んでしまえば良い。そんなことを本気で思っていたのだが、人生とは上手くいかないもので、未だに世界は健在である。まぁ、一人の願望をかなえる為に全世界の人々が犠牲になる事を考えれば、たった一人の願いなど叶えるに値しないことなのだろう。
アイツとは喧嘩ばかりしていたが、喧嘩の数だけ仲直りの数があった。ゆえに強固な絆が二人の間に結ばれていたと思う。しかしながら死というものは、そんな絆さえ簡単にぶった切って来る。これを無情と呼ばずに何と言うのだろう?
『頭良いアピールが鼻につくよね』
俺が論理的なことを言うと、アイツはこんなことを言った。聞いていてあまり良い言葉じゃ無いので辟易していたのだが、現在の俺は論理的な思考など持ち合わせておらず、未だにアイツが生き返ることを切に願っている。
というより、どうしてアイツが隣に居ないのだろう?居て当然だった筈だ。俺の隣にはアイツが居る、それが世界の常識だった筈なのに、どうしてアイツは死んだのだろう?あんなに無駄に元気だったというのに、不治の病で死ぬだなんて、そんなのあまりに急展開じゃないか、それでも俺の頭はアイツが死んだことを理解しようともがいているのだが、心がそれを許さない。心なんて概念的なものが自分にもあったのだと初めて理解した。
『バーカ♪』
それが最後のアイツの俺に向けての言葉だった。呼吸器を外して何を言うかと思えば、そんなしょうも無いことを言うんだから堪らない。思えばアイツはバカバカと俺に向かって言っていた気がする。偏差値もIQも俺の方が上だろうにバカと呼ばれる筋合いはない。しかしながら、最後にアイツが口にしたバーカは、世界一やさしいバーカであったことは間違いない。
湿っぽい別れを嫌ったアイツが、残される俺のことを慮って言った別れの言葉だったのだろう。だがアイツにとって誤算だったことは、俺がそんなことはお見通しであり、アイツの別れの言葉を100%理解してしまい、最後の時に涙が溢れだしてしまった。滝のように涙が溢れるなんて比喩表現に過ぎないのだろうが、あの時は体感的に俺の涙は滝のように流れていた気がするのである。そんなことは現実的にはあり得ない、あり得てたまるか。だが思い出の中の俺は嗚咽を吐きながら、人目もはばからず涙を滝のように流しているのである。これがいわゆる黒歴史と言うのだろうか?
年が明けた、年が明けてしまった。これからどうすれば良いのだろう?答えは一向に出ない。一生出ないかもしれない。死ぬまでウジウジといつまでも悩んで、死んだときに、天国の入り口でアイツが仁王立ちして、俺に説教を始めるのかもしれない。それならそれで良い気もする。他の女性と付き合うなんてしない方が天国で揉めることもあるまい。正妻戦争なんて醜い争いは見たくないもんな。
よし、このまま一人で生きていこう。これからもずっと一人で年を越えて行くんだ。それはとても寂しく孤独なことかもしれないが、今の俺にはそれがベストな選択だと思えてならない。
「明けましておめでとう」
何も無い虚空を見つめながら俺はそう呟いた。何一つめでたく無いのにそんな言葉を吐く自分が滑稽で、フッと鼻で笑ってしまった。
君の居ない正月 タヌキング @kibamusi
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