第7話 浮かぶ黒幕と動機

夜が深まった騎士団の詰め所に、イザベラ・トライスの姿があった。彼女は椅子の背に体を預け、父ジャノスがなぜ殺されたのかを問われるたびに言葉を探している。隣にいる八雲とリアンは、必要があれば声を挟もうと静かに耳を澄ませていた。


「父があの新路線計画を急いでいたのは確かです。でも、公爵夫人がどこまで関わっているのかは、私には……」


イザベラがそう言いかけると、騎士団の幹部が書類を開きながら口を挟む。そこには、ジャノスが狙っていた新路線の地図と、公爵夫人の領地が交錯している様子が示されていた。公爵夫人は王都の社交界で絶大な影響力を誇り、魔導列車の利権も握りたいと噂されている。ジャノスの計画が実現すれば、夫人の領地を迂回するような路線が敷かれ、彼女が得てきた利益を脅かす可能性が高い――そう指摘する者が少なくなかった。


「夫人の名が浮上するのは必然だよ」


リアンがそう告げると、イザベラはうつむきがちに視線を落とす。新路線構想をめぐる嫌がらせや資材の搬入妨害が続いていたことを、父から聞いていたそうだ。しかし、その裏に公爵夫人がいると確信する材料は見つからず、ずっと気を揉んでいたらしい。


「父が契約相手と話しているとき、執事のボルデという人を警戒するよう言っていたんです。でも、当の父は“ここまでして計画を潰すとは思わない”と……」


そう口にしたイザベラは、何度も思い返したのだろう、父が新路線にかけた想いを語る。王都と遠方を結び、貴族の都合に振り回されない鉄道網を築くことが夢だった。だが、その利権や妨害工作が原因でジャノスは列車のなかで命を落とした。そこでリアンは、捜査上の見通しを短くまとめた。もし公爵夫人が本当に列車網を牛耳るなら、新路線など許すはずがない。深夜、アリバイの作りやすい舞踏会を開きつつ、執事を使ってジャノスを消そうと図るのは理にかなう行動だろう、と。


「夫人自身は“私は舞踏会の主催で忙しかっただけ”と強調している。けれど、イザベラさんの話を総合すれば、あの人が一切絡んでいないとは考えにくい。郊外から戻るはずのジャノスを狙うには絶好のタイミングだったわけだから」


八雲はメモを確認しつつ、「列車のダイヤが曖昧になりがちな夜間を、いかにも犯行に利用しそうだ」と推測する。実際、公爵夫人とボルデに対する噂は王都の商人たちの間でも囁かれている。ボルデが「自分は舞踏会にいただけ」と言い張るほど、誰もが逆に不信感を募らせているようだった。


「ボルデが“列車になど乗っていない”と胸を張る理由は、列車が1時20分着のはずだから――という前提に立つからこそ意味を持つ。でも、今回の捜査で、実は0時50分に到着した可能性が高いとわかってきた。もしそれが事実なら、ボルデでも1時前に舞踏会へ行けるわけだ」


八雲がそう補足すると、イザベラは微かに息をのみ、ノートを見下ろしている。何度か口を開きかけるが、まだ言葉が追いつかないらしい。ともあれ、公爵夫人の動機はじゅうぶんに成立する。新路線が完成すれば得られなくなる領地の通行料や利権が大きい以上、ジャノスを消す理由は明確だ。だが決定的な難関は、夫人が列車に乗った証拠を出せないことだ。本人は「舞踏会の来賓相手で手いっぱいだった」と繰り返し、列車のことなどまったく知らないと語っている。そこで八雲は夜間ダイヤの加速に注目するべきだと強調した。


「実行犯がボルデだとすると、いったん列車でジャノスを殺してから、想定より早く王都へ着き、公爵夫人の舞踏会会場へ戻る……この流れさえ証明できれば、夫人が命じた犯行を立証しやすくなるでしょう。“列車は時刻表どおり1時20分に着く”と皆が思いこんでいればこそ、ボルデにアリバイが成立するわけですし」


イザベラはそこではっと顔を上げ、「私にできることはありますか?」とリアンに問う。自分が父の契約書や商会の記録を見直せば、公爵夫人側が何か仕掛けていた証拠を見つけられるかもしれない――そう訴えるのだ。


「父の築こうとした路線を、こんな形で潰されたままでは悔しすぎます。もし夫人が黒幕として浮かぶなら、その疑惑を徹底的に晴らすか、突きつけるか、どちらかにはっきりさせたい」


かつてはおとなしい印象のイザベラだったが、今は一歩も引かぬ思いをのぞかせる。舞踏会で華やかに振る舞う公爵夫人を相手にするには不安もあるだろうが、父の無念を知る以上、もう後には引けないのだろう。リアンもうなずきながら、彼女の目をまっすぐ見返す。


「列車の証拠がそろいつつある現状では、夫人がどれほど権力をかざしても対処しきれないはずだ。ボルデが隠していた“早着”の痕跡が全部白日の下に出れば、舞踏会を言い訳にしたアリバイは崩れるだろう。……あとは、どこまで夫人に自白を迫れるかが問題だな」


そして、八雲は静かにノートを閉じる。深夜ダイヤの仕組みが犯行に使われた確信が強まるほど、公爵夫人の影も濃厚になる。ジャノスの命を奪い、新路線を止める意図が働いたなら、ボルデだけで実行できるわけがない。結局、今のところ夫人は「列車のことなど存じ上げない」と目をそらしているが、騎士団が捜査を詰めれば簡単には逃れられないだろう。イザベラもまた「父の遺志を守るためなら」と、その覚悟を固めているらしい。


「列車の加速や到着時刻の不自然さをもっと詰めれば、必ずボルデを追いつめられます。そしたら夫人の名が明るみに出るのも時間の問題です。どう転んでも、ジャノスを殺した理由が“列車”にある以上、夫人は無関係を装い続けられないでしょう」


リアンは小さく息を整える。闇のように底知れぬ公爵夫人の政治力と、イザベラの抱く父への想い。その対立が表面化しつつあるいま、魔導列車という大きな舞台が全貌をさらし始めている。もし夫人が黒幕だと立証されれば、新路線をめぐる列車の未来も変わり、イザベラは父の志を継げるかもしれない。廊下の隅でイザベラはそっと息をつき、騎士団をあとにする。八雲とリアンは何も言わずに彼女を見送ったあと、再び詰め所の窓辺に並んだ。その窓の外には、街の灯りがちらちらと揺れている。


「公爵夫人という大きな壁を相手にする以上、相当な覚悟がいる。――でも、深夜ダイヤの不自然さを見逃しては、ジャノスの死の真相にたどり着けない。イザベラさんのためにも、俺たちで真実を引きずり出そう」


リアンの呟きに八雲も深くうなずき、夜風が小窓をかすめるのを聞いていた。もし公爵夫人がすべてを操ったなら、彼女は舞踏会という華やかな場でまんまと手を汚さずに済むはずだった。だが、彼女が見落としていたのは、転移者の“鉄道への視線”――ダイヤと到着時刻のわずかなズレにも敏感な観察者の存在にほかならない。


こうして、舞踏会と列車という二つの舞台で交錯する事件の黒幕像は、より濃い影を帯びて迫ってきているのだった

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