第5話 捜査始動と時刻表の違和感

夜の王都駅は星明かりすら霞むほど静まり返っていた。いつものように荷物を運ぶ商人たちも姿を消し、まばらな明かりがホームをぼんやりと照らしている。そんな薄暗い情景のなか、騎士団のリアンが腕を組んでたたずんでいた。彼の背後には、いつか見た列車の車両が停まったままになっている。深夜帯の運行を終え、朝を待つばかりの姿がどこか物々しく見えた。実際、朝になってから発覚した一件――ジャノス・トライスの殺害――によって、ここ王都駅は軽いパニックに陥っている。証言と記録がかみ合わず、捜査は混乱を極めていた。


鉄道の路線図


下記は王都近郊の魔導鉄道路線をざっくり示した図だ。文字はこの国独特のものだが、八雲の目には不思議と内容が読み取れる。


         ┌─【北方領・コルニス】

         │

[西領・ガレント]─王都─[郊外駅]─【東領・ノルデ】  

         │            

         └─【南方領・クリュメラ】


王都を中心に四方へ延びる路線が基本構造。


郊外駅は東方面にある大きな分岐拠点。


北西南東それぞれの領地に通じる路線が敷かれているが、夜間の運行は不安定とされる。


運行表(深夜便)・抜粋


列車番号 出発地 出発 時刻 到着地 到着時刻 備考

#214 王都駅 21:00 郊外駅 23:30 定刻通り運行

#215 郊外駅 23:50 王都駅 01:20 公式予定時刻

#216 王都駅(深夜便) 不定 不定 夜間は魔力次第


問題となっているのは、#215 郊外発→王都行きが“本当に1時20分に到着したのか” という点である。


「どうやら昨夜、ジャノスは二度この駅を使ったようなんだ。21時発の列車で郊外へ向かい、交渉を済ませてから、23時50分発の便で王都に戻ってくる予定だったらしい。駅の記録を見る限り、時刻は公式にはそのはずなんだが……どうも実際の到着時刻と合わない証言が混じっている」


リアンは列車の運行台帳をめくりながら首をひねる。八雲は隣でそれを覗き込み、夜間の時刻表を探そうとする。ところが深夜ダイヤは魔力の揺らぎの影響を受けやすく、細かいズレが生じがちだという。複数の乗客が「あの列車は早く着いた気がする」「いや、むしろ遅れていたのでは」などと錯綜する証言を繰り返しており、時間の歯車が噛み合っていない。


「公式には帰りの列車は1時20分に王都に着くことになっている。なのに、『もっと早い時間に駅へ到着していたのを見た』と言う人もいるそうだ。夜勤の駅員も“うとうとしていた”とか曖昧でな。かえって混乱してしまっている」


夜のうちに何かがあったことは間違いない。それも、ジャノス・トライスは刺殺体で見つかっている以上、列車内で殺害された可能性が高い。八雲は胸の奥で不安を抱きつつも、時刻表の矛盾に目を向けざるを得ないと感じていた。鉄道オタクならではの勘というべきだろうか。


「もうひとつ気になるのは、舞踏会を開いていた公爵夫人が『深夜の列車なんか知らない』と強く主張していること。執事のボルデは“自分は王都にずっといた”と。仮に列車に乗っていないなら、犯行は不可能に見えるよね」


リアンが詰め所の机に地図を広げる。そこには王都周辺の路線が記され、郊外駅までの道が強調されている。もし夜間ダイヤが正確なら、23時50分に出発して1時20分に着く列車に乗っていては、1時前に舞踏会会場へ戻るなどできない。だが、実際には時刻が合わないという証言もある。八雲はそこにトリックの匂いを感じていた。


ある乗客は「魔力の流れが変だったから、予定より遅くなったかも」と語り、逆に「早着どころか遅着だった」という証言を出す者もいる。これが捜査をさらに混乱させ、「やはり誰も嘘などついていないのでは?」という見方を一部で生んでいる。しかし、イザベラの話や駅員の曖昧な言動を合わせると、どうにも「本当に遅延だったのか?」と疑わしい。捜査班の一部を惑わせている。


現時点でのタイムライン


21:00:ジャノスが王都駅から郊外へ向かう(便#214)。

23:30:郊外駅に定刻到着。ジャノスは交渉相手と短時間面会。

23:50:ジャノス、郊外駅発(便#215) → 王都行き。公式予定では1:20着。

深夜0時台:列車内で何らかのトラブル(目撃証言があいまい)。

翌朝:駅でジャノスの遺体が発見される。時刻表との矛盾が浮上。


「ジャノスは行きも帰りも列車を使ったことは確かで、23時50分の便に乗った。しかし、朝には刺殺された姿で見つかった。もし帰りの列車が1時20分に着いていたなら、犯行は到着後か車内で起きたと思うのが自然だが、誰もはっきり見ていないってわけだ」


リアンが困惑の表情を見せるなか、八雲はノートを開いてペンを走らせる。まずは「列車の到着時刻が本当に1時20分だったのか?」という疑念を深掘りするべきだろう。なにしろ、一部の証言では「深夜0時台に王都駅へ着いていた」と言い出す乗客すらいるのだから。


容疑者一覧 (八雲とリアンが集約した情報)


公爵夫人リスレット


舞踏会の主催。深夜の列車に無関心を装う。

列車利権を狙っているとの噂が根強い。

当夜は「終始会場にいた」と周囲が証言。


執事ボルデ


公爵夫人の右腕で、密談や裏交渉を得意とする切れ者。

「王都にずっといた」と言い張る。

ジャノスの動向を探っていた形跡もある。


イザベラ・トライス


被害者ジャノスの娘。新路線構想の継承を望む。

当夜は20時頃から22時半頃まで商会事務所に滞在。自宅の召使い達が複数証言。

23時前後に、父が郊外へ向かうと知り、少しだけ王都駅へ行こうか迷ったが、結局出向かずに帰宅。 深夜に出歩いた事実はなく、複数の使用人が「彼女は深夜まで屋敷で書類を整理していた」と証言。

捜査協力者として騎士団に詳細を語っており、動機もなければ行動が裏付けられているため、容疑は低いとされる。


駅員や車掌(夜勤担当)


深夜ダイヤのズレについて曖昧な証言。

「うとうとしていた」という者が複数。


その他貴族・商人


舞踏会にいたとされる者たち。

「そもそも列車の運行を気にしていない」との声が多いが、証言を精査中。



「公爵夫人と執事ボルデのアリバイが固すぎるのも気になる。二人とも“舞踏会にいた”と周囲に思わせることに成功していて、もし実際に列車を使っていたとしても、夜間ダイヤのブレで時刻を誤魔化せる可能性がある」


八雲は夜風に当たりながら、ホーム先端へ足を運ぶ。そこに停まっている車両を見やり、深く息をついた。郊外駅を23時50分に発った列車が0時台に着くことは公式にはあり得ない。


「“魔力乱れで大きく遅れた”という説もある。実際、『あれは遅着だった』と語る人までいるけれど、それがかえって捜査を混乱させているわけだよね。ごく一部の人間が“いや、早着だった”と主張していて、そっちが真実かもしれない」


リアンの声にも苛立ちが滲む。夜間ダイヤゆえの混乱が事件のカギになり、捜査が一筋縄ではいかない。イザベラから話を聞いたところ、ジャノスは「もし公爵夫人に路線拡張を妨害されるなら、早々に交渉をまとめないといけない」と焦っていたという。そこへ目を付けたボルデが、深夜に列車を使った刺殺を仕掛けたのだとしたら……。


「とにかく、どの時間帯でジャノスが殺害されたのかを突き止めない限り、犯人に迫れない。車内で目撃情報があるか、駅の発着記録はどうなっているか……八雲、時刻表の見地から何か掴めそうなら教えてくれ」


そう言ってリアンはノートを押しやる。八雲はページをめくり、21時と23時30分、23時50分、それから1時20分といった数字を思わず目で追う。公式記録には確かにそう書かれているが、現場の証言はまるで別々の物語を語っているようにばらばらだ。


八雲はノートの端に「1:20到着?」と大きく書き込み、その後ろに「0:50?」とさらに書き添える。こうして夜間ダイヤの疑問は色濃く残ったまま、捜査は始まったばかりだ。王都に戻ったはずのジャノスがどこで誰に殺されたのか、舞踏会を主宰していた公爵夫人は本当に無関係か。駅員たちの曖昧な証言も奇妙に感じられる。それでも八雲は、鉄道オタクとしての直感を信じるなら、時刻表こそが真実を暴くカギだと確信していた。まだ解けない線が多すぎるが、一歩ずつ向き合わなければ解答にはたどり着けないだろう。


「夜間ダイヤが混乱しているのは仕方ない。だからこそ、誰かがそれを利用しようと考えたのかもしれないね。逆に言えば、このズレを丁寧に検証すれば、トリックは破れるかもしれない」


深夜のホームから立ち上る静けさを噛み締めながら、八雲は気合を入れ直す。目の前の列車にはまだ隠された事実がある。そして、それを解き明かすためには時刻表を軸に組み立てるしかない。状況が混乱するいまこそ、正確な到着時刻を突き止めることが、事件解決への道筋になると信じて――。

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