第4話 事件発生

夜の王都駅は薄闇のなかでも華やかな名残を保っていた。路面に並ぶ灯火は消えかけたようで、旅人や商人がまばらに行き交う姿だけが残っている。そんな深夜の時間帯に、ジャノス・トライスは列車へ乗り込んだ。彼が狙うのは、郊外駅へ向かう便である。翌日に予定される新路線の契約を一刻も早く纏めたいという思惑があり、そこで交渉相手との面会を済ませるつもりだったのだという。


だが、その列車を発つ直前に聞こえてきた公爵夫人の名は気にかかる。王都の社交界では貴族たちが列車事業に深く干渉しているという噂があり、彼らがジャノスの動きを妨害するのではないかという声もある。すでにいくつかの領地を巡る利権が取り沙汰されており、ジャノスはなるべく騒ぎ立てられないよう夜のうちに事を運ぼうとしていた。


だがその夜が明ける前、列車の車内で異変が起こった。始発を準備していた駅係員が、次の朝になってジャノスの遺体を発見してしまったのだ。深夜のうちに刺されたらしく、どこでどう襲われたのか、はっきりとした目撃証言がつかめない。騎士団が駆けつけて現場を封鎖したが、周囲の話がどうにも食い違う。誰かが「終着駅に着いたのは何時だった」と言えば、別の者は「それより早い時間に駅へ降りた」と言うらしい。深夜便の乗客たちがいつ何を見たかが曖昧なため、捜査は手探りだという。


王都騎士団の一員であるリアンが、まさにその捜査を指揮する立場にあった。ジャノスの死因と犯行時刻を特定すれば、誰が彼を狙ったか見えてくるかもしれない。しかし列車に乗っていた者たちの記憶は錯綜し、駅員の証言も何やら腑に落ちない点がある。深夜の運行というだけで魔力や時刻表に狂いが生じやすいからだろうか。リアンは「君の得意分野を貸してほしい」と、古書店で暮らす八雲を呼び出すことになった。


「夜間便には独特のダイヤがありますが、いつもどおりの運行じゃなかったのか、それとも妨害があったのか。そもそもジャノスはいつ列車に乗って、いつ郊外から戻ってきたのか――知りたいことが多くて手が足りない」


リアンの言葉を聞いた八雲は、資料の山をかき分けるようにして「ぜひ手伝わせてほしい」と応じた。転移してきたばかりの身とはいえ、魔導列車や時刻表に強い興味を抱いているのも事実。騎士団とともに捜査を進めれば、列車の運用や深夜ダイヤの仕組みを実際に学べるだろう。そうした個人的な探究心も働いていた。


こうして、列車で起きた刺殺事件が王都の中心話題に浮上する。深夜のうちに不可解な死を遂げたジャノス・トライス。彼はなぜ郊外駅を訪れ、何を話し合っていたのか。なぜ公爵夫人や貴族たちの噂が絶えなかったのか。そして誰が、どのように列車を舞台に殺害を行ったのか。騎士団が入り乱れて詰め所で報告を集めるなか、八雲もまた夜間ダイヤや時刻表の一点一点に目を光らせる。複数の証言が示す時間が合わず、真実を見通せない混迷が深まる。

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