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@Nokasa12
第1話
布団に包まったまま、新年の朝を迎えた。
世間では清々しく、「今年こそは!」などと新たな気持ちに燃えている人がたくさんいるのだろう。けれど私――
そして実際、昨夜から動かずに、今日も午前中は寝て過ごした。「あぁ……何もせずにゴロゴロしている、この時間が幸せ……」そう呟きながら、私は二度寝どころか三度寝までした。年末の忙しさが嘘みたいに、部屋の空気は静寂そのもの。ときどき外で車が通る音や、近所の子どもが遊ぶ声がする程度で、とにかくのどかだった。
しかし、そんな穏やかな時間も長くは続かなかった。正午を回った頃、スマホがけたたましく震える。なんだろう、と不機嫌気味に画面を覗き込むと、友人の綾乃からの着信だった。
「もしもし……綾乃? あけおめ……」 「あけおめ! 今、大丈夫? もしかして寝てた?」 「……バレた?」 「ふふ、だいたい想像つくよ。ねえ、今ヒマなら、ちょっと神社に行かない? 一緒に初詣しようよ」
予定では今日もずっと寝て過ごすはずだったが、綾乃とは去年ほとんど会う機会がなかった。仕事が繁忙期で気づけば連絡を取りそびれ、年末の忘年会でもタイミングが合わずに会えずじまい。彼女は大学時代からの友人だし、何か話したいこともあるみたいだった。断るのも悪い気がして、渋々ながら了承する。
「じゃあ、2時ごろ駅前で!」 というやりとりをして電話を切った瞬間、私は大きくため息をついた。正月くらいは家にこもっていたい。だが、同時に大学のころからの付き合いを大切にしたい気持ちも確かにあった。布団を離れるのが億劫だったけれど、仕方なく身体を起こし、顔を洗い、少しだけメイクをして、適当なマフラーを巻いて家を出る。
待ち合わせ場所に着くと、綾乃はピンクのダウンコートに身を包み、手にホットコーヒーの紙コップを握っていた。 「お待たせ……」 「うん、そんなに待ってないよ。それより、顔色悪くない?」 「寝起きだから……」 「ふふ、相変わらずね。それじゃあ、行こうか」
小さめの神社とはいえ、元旦とあって人はそれなりに多い。列に並び、二礼二拍手一礼をして、二人でおみくじを引いた。私は小吉、綾乃は大吉。おみくじの内容を読みながら、「ああ、今年は焦らずに努力しろってことか……」などと小言をこぼす私に、綾乃は「何事も地道が大事だよ」と朗らかに笑っている。お参りが終わると、甘酒や屋台の食べ物に惹かれ、たこ焼きを一緒につつきながら、昨年の出来事をいろいろ報告し合った。仕事が忙しくてヘトヘトだった話をしたら、「それでも辞めないで続けるってえらいよ」とねぎらわれた。おかげで少しだけ今年は前向きに頑張ろうかな、と思えた。
帰り道、綾乃と別れ際に「また飲もうよ!」と誘われ、社交辞令かどうかはわからないが、一応OKと返事をした。結局、神社では1時間以上並んだし、思いのほか人混みに飲まれて立ちっぱなしだったから足も疲れた。歩き疲れで膝がガクガクだ。家に戻ると、私はバタンキューで、残ったお節をつまんで即寝てしまった。年明け早々、すでに目標だった“ゴロゴロ三箇日”計画が崩れかけている気がしたが、まだ1日目。まあ、明日こそは家に引きこもろう、と心に誓った。
1月2日。
前日しっかり動いた反動か、朝はまだまだ布団が恋しい。今日は外出はしないぞ。そう固く心に決め、ブラインドもカーテンも閉め切り、文字通り引きこもりモードをセット。スマホの通知も最低限にして、ベッドの中で好きな漫画を読み始める。たまにお腹が空いたらキッチンでお餅を焼いて食べ、飽きたら動画サイトでお笑い番組を観る。これこそ“ザ・正月”ではないか、と一人で悦に浸っていた。
ところが、そんな幸せな時間をぶち壊すように、またしてもスマホが鳴る。今度は母からの着信だった。
「もしもし、あんた今日何してるの?」 「家でゴロゴロしてるよ……?」 「せっかくのお正月なんだから、叔母さんちに顔出しに行きなさいよ。お節も余ってるし、あちらで餅つきやってるらしいわよ」 「えぇ、面倒くさい……」 「もう、あんたいい加減にしなさいよ。たまには親戚づきあいも大事なんだから。とにかく、行ってきなさい」
母は一方的に電話を切ってしまった。私の田舎に住む叔母の家へは、電車で30分ほど。ちょっと足を伸ばせば行けない距離ではないが、なんせ体は完全にオフモード。気乗りしないどころか、「勘弁してよ……」と涙目になりながら仕方なく服を着替える。
叔母の家に着くと、従兄弟や近所の子どもたちがわいわいと庭で餅つきをしていた。ほとんど年に一度しか会わないような関係だけれど、みな笑顔で「来てくれて嬉しいわ」と迎えてくれる。その笑顔にほだされて、私も悪い気はしなかった。お庭で子どもたちに囲まれてペッタンペッタンと杵を振り下ろし、つきたてのお餅を丸めてはあんこを包んだり、きな粉をまぶしたり。こういう光景、たぶんもう自分では体験する機会もないだろうし、年に一度ぐらいなら悪くない……そんなふうに思っているうちに、なんだかほっこりした気分になった。
ちなみに、叔母の手料理は相変わらず絶品だった。お雑煮に入っている大根やニンジンは自家製の野菜らしく、甘みが強く、口の中で優しくとろける。つきたてのお餅を入れたお雑煮は格別で、ついついおかわりをしてしまうほど。そのうちに叔母が「はい、これ持って帰りなさい」と大きなタッパーを取り出し、あん餅やきな粉餅をぎっしり詰めて手渡してくれた。夕方にはお開きになり、「また来年も来てね」と言われながら見送られた。
案の定、帰りの電車の中ではどっと疲れが襲ってきた。体力的にも精神的にも、正直もうクタクタだ。家に戻ると倒れるようにソファーに転がり、「はぁ……」と大きな息をつく。でも、子どもたちとはしゃいだ時間が脳裏に浮かぶと、不思議と悪い気はしない。外に出るのが面倒だったけれど、行ってみればそれはそれで良いこともあるんだな、とほんのり思った。
1月3日。
さすがに今日はもう外に出なくていいだろう――そう思った矢先、またしてもスマホが振動する。今度は会社の先輩・佳奈子さんからだ。こんな正月早々、仕事の話とかやめてほしい……と思いながら恐る恐る電話に出る。
「もしもし……佳奈子さん?」 「真奈美ちゃん、おはよう! お正月はゆっくりしてる?」 「まあ、一応……」 「急で悪いんだけどね、うちの実家がおせちを作りすぎちゃって。もし良かったら取りに来ない? 先輩としては、可愛い後輩に食べてもらいたいのよ」
ありがたい話ではある。でも私にとってはまたしても外出フラグ。先輩は同じ沿線沿いに住んでいるので、電車で10分くらい。おせちなんて実家でも食べているし、もらわなくてもいいのでは……と思いつつ、断るのも気がひける。佳奈子さんには仕事でもずいぶんお世話になっている。なんとか恩を感じている手前、丁重に「じゃあ、お言葉に甘えます」と答えた。
「ありがとー! じゃあお昼過ぎに駅前で待ち合わせしよう。せっかくだからカフェにでも行こうよ」
もうこうなったら仕方がない。これは運命なんだろう――と自分に言い聞かせ、外出の準備をする。せっかく先輩と会うのだから、寝癖は直し、少しちゃんとした服を着て、そこそこに化粧もする。めったに外出したくない私にとっては、大それたイベントである。
駅前で合流すると、佳奈子さんは笑顔満面で「いい天気だねぇ」と声をかけてきた。おせちの入った重箱を紙袋ごと手渡され、中身を確認すると、鮮やかなエビやら煮物やらがぎっしり。これを丸ごともらっていいのかと思うほどの量だ。
「こんなにいただいちゃっていいんですか?」 「いいのよいいのよ。実家でも余ってて困ってたし、真奈美ちゃんが食べてくれるなら嬉しいわ」 「ありがとうございます」
その後、二人で近くのカフェに入り、年末年始の仕事のことやプライベートの近況などを雑談しながらお茶を楽しむ。佳奈子さんは仕事ができる上に、いつも明るい。こうして話していると、私もやる気をもらえる感じがする。「今年は一緒にプロジェクト頑張ろうね」と言われ、「はい」と返事をしたら少しだけ背筋が伸びる気がした。最初はちょっと面倒に思っていたけれど、こういう時間は悪くない。外に出たからこそ得られる活力なのかもしれない。
気づけば、カフェで1時間以上もおしゃべりしていた。それから解散し、家に戻ってまたどっと疲れが押し寄せてきたものの、腕いっぱいに抱えたおせちの紙袋を見て、ありがたさを実感する。おいしい料理をもらっただけでなく、先輩とも久しぶりにじっくり話せた。これまた家にいたら得られなかった時間だろう。
そんなこんなで、私の三箇日はあっという間に終わった。毎日誰かに呼び出され、外出して、楽しかったのか疲れたのかさっぱりわからない状態。でも、一つ確かなのは、「人づきあいって面倒だな」と思っていたはずなのに、終わってみればどこか心が温かい。カレンダーを眺めると明日からは平日なので、また少しずつ仕事モードに戻らなくちゃいけない。
暖かいこたつに足を入れて、もらったおせちや餅をつまみながら、ぼんやりと過ごす夜。ちらっとSNSを見ると、今年の抱負やら華やかな旅行写真やらが流れてくるが、どれにもあまり心惹かれない私は変わらないのだろう。だけど……面倒ながら外に出たおかげで、思わぬ人たちに会えたり、おいしいものを食べたり、新年早々の小さなイベントを意外と楽しんでしまっていた。
「はぁ……なんだか疲れたなぁ」と口に出してみる。でも、そのため息はどこか柔らかかった。新年の三日間、ゴロゴロという目標は見事に崩れたけれど、家から一歩踏み出したからこそ感じられたことがあった。もし誘いを断ってばかりいては、気づかないまま通り過ぎてしまう楽しみがあったかもしれない。
ふと、綾乃との初詣で引いたおみくじの文言を思い出す。「なすこと焦らず、地道に進め」……そう書かれていた。確かに、無理をして駆け抜けるだけが人生ではない。でも、引きこもるだけでも広がらないものがある。自分らしくマイペースに、少し外にも出ながら、今年はそれなりに頑張ってみるか――そんなことを考えながら、私はこたつの中でもう一度深いあくびをした。
「……ま、これも悪くない正月だったかも」
小さくそう呟くと、まだほんのり温もりの残るおせちを一口頬張り、私は窓の外に広がる真っ暗な夜空を見上げた。どこかで遠くに花火でも上がっているのか、チラチラと赤い閃光が見える。もしかしたらただの幻かもしれない。でも新しい年の始まりに相応しい、何かちょっとだけ特別な瞬間を感じながら、私はこたつ布団をもう一度ギュッと抱きしめる。
そして「明日からまた頑張るか」と小さく決意を呟いて、ちょっとだけ胸を張った。外に出るのは正直面倒だけど、まあ、行けば行ったで、それなりに楽しいことがある――今度からはもう少しそんなふうに考えられるかもしれない。三日間、ダラダラ生活にはならなかったが、結果的にはいろんな人と話して、笑って、食べて、そしてたくさん疲れた。でも、なんだか悪くない三箇日だったな、と少しだけ思うのだ。
そういえば、昨年も同じことをしていたような。
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