第2話 妖精との出会い
「いくらなんでも重すぎだろ……」
両手に大きな袋を抱えた春輝はそのあまりの重さに愚痴る。
「割れやすい卵に醤油にみりんに、米まで。秋穂の奴、オレが買い物当番だからって重いもんばっか頼みやがったな。仕方ねぇ、筋トレだと思って我慢するか」
スーパーから春輝の家までは歩いて十五分程度。筋トレと思えば耐えられない距離では無かった。
「うっし。頑張るか」
そう気合いを入れて歩き出した途端のことだった。
「きゃぁああああああああああっっ!!」
「っ! なんだ今の声」
聞こえてきた少女の悲鳴に春輝は慌てて駆け出す。
声の聞こえた方へ走り、春輝が目にしたのは怪人に襲われそうになっている幼い少女の姿だった。
「ヒ、ヒヒヒ……だ、大丈夫。ボクがいいところに連れてってあげるから……こ、怖がらないで」
カメレオンのような外見をしたその怪人は怖がる少女を連れて行こうと手を伸ばす。
その姿を見た瞬間、春輝は反射的に手に持っていた買い物袋を怪人に向かって投げつけていた。
「おい怪人。なにやってんだてめぇ!」
「……なに、お前。男に用は無いんだけど!」
ギョロリとした目が春輝のことを捉えると同時、伸びてきた舌が春輝の体を激しく打つ。
「あがぁっ!?」
その舌の威力は凄まじく、春輝の体は塀へと叩きつけられる。
叩きつけられ、無理矢理肺の中の空気を押し出された春輝は悶え苦しむ。
(一撃くらっただけでこれかよ。ふざけんなマジで。これが怪人……あいつを殺した奴らの力!)
カッと怒りで頭が沸騰しそうになる。その怒りが春輝の意識を保っていた。
思い出すのは今はもう居ない幼馴染みの姿。
(負けるかよ……負けてたまるかよ、こんな奴に!!)
その怒りのままに立ち上がる春輝。だがカメレオン怪人はそんな春輝を見て面倒くさそうにため息を吐く。
「そのまま寝てろよ馬鹿なのかよ。馬鹿って死ななきゃ治らないって言うけど。雑魚は黙って倒れてれば――」
「ふざけんな誰が馬鹿で雑魚だクソ野郎が。あっちで別のヴィランが暴れてたのをいいことに、コソコソとガキを狙いやがって。どうせこっちにはしばらく魔法少女が来れねぇと思ったんだろ。卑怯者が」
「――やっぱ馬鹿は死ななきゃ治らないのか?」
カメレオン怪人の声色が変わる。明らかに弱者である春輝に生意気な態度を取られたことが気に食わなかったのか、春輝の言葉がカメレオン怪人の地雷の踏んだのか。その目に明らかな殺意が混じる。
さすがにマズいと思った春輝だが吐いた言葉は呑み込めない。
(武器になるようなもんはねぇし、オレのパンチ程度が通じるとは思えねぇ。けどだからってはいそうですかって死ねるかよ! あいつの武器はあの舌だ。鞭みてぇに飛んで来る馬鹿みたいに速いした。でも狙ってくる軌道さえ予測できたら――)
「そこだっ!」
咄嗟に横に飛ぶ春輝。その横スレスレをカメレオン怪人の舌が掠め通る。服が若干破れたものの、春輝は無傷。だがその破けた服を見て春輝はゾッとする。
(予測して余裕持って避けたはずなのにこれかよ。ってか今の当たってたらマジで死んでたぞ。いくらなんでもぶち切れすぎだろ)
内心焦る春輝だが、カメレオン怪人はそんなことを知るよしもない。それどころか避けれないと思っていた一撃を避けられたことに苛立ち、さらに怒り狂う結果となった。
「何避けてるんだよお前さぁ。ボクが攻撃したのにさぁ。ボクが攻撃したんだぞぉ!!」
カメレオン怪人の舌が荒ぶる。嵐のように振り回される舌が地面を、塀を抉り取る。その速さはとても目で捉えきれるものではなかった。
「ふざけるなぁ!! ボクを、ボクを馬鹿にするなぁ!!」
「っ! おい危ねぇ!!」
暴れる舌が家の壁面に当たり、塀の近くで蹲っていた少女の上に落ちそうになる。その姿を見た春輝は考えるよりも先に反射的に動いていた。
抱えて逃げるような時間は無い。その瞬間春輝の頭の中にあったのは助けるというそのことだけ。なぜそう思ったのかはわからない。蹲る少女の姿に妹を、かつての幼馴染みを重ねたからかもしれない。理由は判然としないが、動かずにはいられなかった。
「間に、合えっっ!!」
少女の体を突き飛ばす。駆けた勢いも利用すれば小さな少女の体を瓦礫の下から逃がすのは難しくなかった。だがその代わりに春輝の体が入れ替わるように瓦礫の下へと入ってしまった。
避けている暇は無かった。春輝の体よりも大きな瓦礫はその命を奪うには十分な凶器だった。
(あ、オレ、死――)
春輝がその運命を受け入れようとしたその時だった。
「合格よ、超合格だわ、あなた」
世界が止まった。落ちてこようとしていた瓦礫も、春輝の体も、暴れていたカメレオン怪人も、その全てが動きを止める。
何が起きたのか理解できなかった春輝だったが、その目の前にデフォルメされた黒猫のような存在が現れる。
「合格って、なんの話だよ」
体が動かないというのに喋ることはできる。そんな奇妙な状況を目の前の黒猫が起こしていることは明白だった。
「少女のために自らの命を投げ出す覚悟。その精神こそアタシの求めていたものよ」
「だから何の話してんだよ!」
「あなたをアタシの魔法少女にするって話よ」
「……は?」
春輝は黒猫の言葉に目を丸くする。何を言っているのか、言葉の意味はわかるのに理解できなかった。
「お、お前何言ってんだよ! 魔法少女? オレは男だぞ!」
「あら、ずいぶんと狭量な考えね。男なら魔法少女になれないなんてどこの誰が決めたのかしら」
「字面よく見ろボケが! 魔法少女だぞ! 女って入ってんだろうが! オレは男だ!」
「それが狭量な考えだと言ってるのよ。魔法少女にするかどうかを決めるのはアタシ達妖精だけ。そこに男も女も関係ないわ! そしてこのアタシがアナタには素養があると見込んだ。アタシが魔法少女にしてあげるわ!」
「なるわけねぇだろ! 余計なお世話だ!」
「残念ね。アタシが選んだ時点でこれはもう決定事項なの。拒否権は無いわ!」
「ふざけんな!」
あまりにも話が通じない黒猫に春輝は頭が痛くなった。だが、そこで黒猫は春輝にとって最悪のカードを切ってきた。
「どうして断るって言うなら仕方無いわ。諦めましょう。まぁ、アナタはここで死ぬことになるけど」
「どういうことだよ?」
「ここはアタシが生み出してる契約を結ぶための空間。だからあなたはまだ瓦礫に押し潰されずに済んでる。でも、契約を結ばないっていうなら仕方無いわね。この空間を解除してアタシはさよなら。あなたは瓦礫に押し潰されて、あの子は……まぁ、運が良ければどこかの魔法少女が助けてくれるんじゃないかしら?」
「てめぇ……」
春輝と少女の盾に取る交渉。もはや脅しと言っていいだろう。その卑怯なやり方が春輝の脳を怒りで満たす。
「さぁどうするの? ここで死ぬか。それともアタシと契約して魔法少女になるか」
選択肢はあってないようなものだった。脳裏を過るのは春輝にとって何よりも大切な家族の姿。
(死んで地獄に行くか、生き地獄を味わうか。どっちも地獄ならオレの答えは一つだ!)
「オレを魔法少女にしろクソ妖精!!」
春輝のその言葉がわかっていたかのように、黒猫はニヤリと笑う。
「契約成立ね。アタシはフュンフ、妖精フュンフ。これからよろしくね、アタシの魔法少女」
黒猫――フュンフが春輝に真紅の腕輪を嵌める。その瞬間、眩い光が春輝のことを包み込んだ。
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