第11話 褒賞には解放を望みます

 翌日の昼過ぎ、にわかに外が騒がしくなったなと思っていたら、女官長様が神妙な面持ちで部屋にやってきた。


「リシャール殿下が?」

「はい。デルフィーヌ様が目覚めたと聞き、見舞いたいと」

「丁重にお断りしてください」

「ですが、すでに隣室でお待ちですので」

「尾てい骨が痛むんです。カーテシーをした拍子に倒れでもしたら、殿下にご迷惑がかかります。それに、こんな傷跡の残る顔を殿下に見られるのは」

「……かしこまりました。日を改めてお越しいただくようお伝えいたします」


 傷心しているふうを装って伏し目がちにそう答えると、女官長はあっさりと引いてくれた。


 見舞いに来たってことは、傷害の容疑は完全に晴れたと考えていいみたい。

 ソンブレイユ公爵家からは何の謝罪もないところをみると、殿下のアレルギー体質は秘匿にしてるということか。


「あの性悪聖女、今頃、『デルフィーヌ様を無罪放免になさるなんて、リシャール様は優しすぎますぅ~!』とかなんとか言って、殿下の身体にすり寄ってそうだわね」


 臨死体験を通じて、私の心はリセットされた。

 本音を言えば、殿下レオに私があの時のディーだって気づいてほしいという気持ちが、まだほんのちょびっと残っている。成長した私の手を取ってほしかったという思いも。


 でも、今だからこそ思うのだ。

 あれは恋ではなく執着だったのではないか、と。

 

 私ってば、殿下レオに完全に忘れられてたことがショックなあまり、意地になっていたのかもしれない。

 絶対に想い出させてやるって。

 大人になった私の魅力で振り向かせてやるって。


 ほんとは、成長したレオに伝えたかっただけなのになぁ。

「約束どおり、強い女になったよ」って。

「レオはどんな思いで“白銀の青獅子”と呼ばれるまでの強さを手に入れたの? すごいね。頑張ったんだね」って。

 そんでもって、お互いの成長を喜び合いたかっただけなのに。


 あと半年もすれば、私は18歳の誕生日を迎える。

 成人の証でもある“陸のアース・アイ”が出現した姿を見てからディーだと想い出されるのは、何だか嫌だった。

 だからちょっと、焦っちゃったの。

 結局、わたしも殿下と同じくらい負けず嫌いなのよね。

 

「あれは恋なんかじゃなかった」

「あれは恋なんかじゃなかったのよ」

 

 私はまるで自分に言い聞かせるように、何度もそうつぶやいた。


 このまま殿下や聖女の側にいると破滅的な未来しか待ってないのに、妃候補を辞退するのは義父の言うとおり、学院長の他薦なだけにハードルが高い。あとは徹底的に殿下に嫌われて妃候補から外されるか、だけど。それも何だかなぁ。


――目覚めてから3日後。

『家に戻れ』とは、どちらの家でしょう? と侯爵に手紙を出したところ、返事の代わりに迎えの馬車をよこされた。


 結局、王宮から別邸という名の慎ましい建屋の自分の部屋へと戻ることになった。

 ここには浴室なんて贅沢なものはない。

 半屋外に置いた移動式の樽に湯を張り、足だけを浸けてリハビリ後の汗を拭いていると、リシャール殿下からの先触れを知らせに本邸に仕えている家令のクロードが訪ねてきた。


 湯浴みもどきをしている途中だと言っているのに、扉の向こうからしつこく声をかけてくる。

 余程、差し迫っているのだろう。もしかすると、すでに本邸へ到着しているのかもしれない。


「お断りしてちょうだい」

「旦那様のご命令です。宮廷医からは面談の許可も下りていますし、お断りする理由が――」

「あぁ、何だか眩暈めまいが……」

「クロード様。お嬢様はリハビリで体力を激しく消耗されていらっしゃいます。どうか、ご理解を」

「……かしこまりました」


 悪いわね、クロード。

 今度、とびっきり美味しい珈琲をご馳走するから!

 扉の向こう側にあったクロードの気配が消え、ソフィーが声をかけてくる。


「お嬢様ってば、『眩暈が……』だなんて! 腕立て30回した人が言うセリフですか?」

「ふふっ。明日は50回に挑戦するわよ~!」

「腰はすっかり回復したようですね?」

「ええ。ガブリエル隊長が送ってくれた生薬のおかげでね」


 ワンピースの後ろのボタンを留めながら、ソフィーが再び聞いてくる。


「でも――本当にお会いしなくてよろしかったのですか?」

「こーんな頬に傷の残るスッピンを晒して、今さら何を話せっていうの? どうせ向こうは一分の隙もなく整えた装いで来るんでしょうし。腕に性悪聖女をぶら下げて来る可能性だって捨てきれないわ」

「そこまで空気を読まない御方ではないと思いますが」

「あのねぇ、将来の国王なのよ? いちいち空気なんか読んでたら務まわらないわよ」

「そんなものですか?」

「そんなものよ。だから、先触れと同時に訪問するなんて強気な真似ができるんでしょう?」

「そういえば、褒賞の件はどうなさったのですか?」


 そう。

 何でも王太子の危機を事前に防止したことに加えて、現役の騎士団長相手にも王族の秘匿情報を口外しなかったということで褒賞がもらえることになったのだ。義父は侯爵家の名誉回復と妃候補としての地位継続を望んだらしい。


「そんなの要らないから、トットと性悪聖女と婚約でも何でもして、私達を解放してほしいと望んだわ」

「解放?」

「みんな年頃の令嬢だもの。他の縁談を進めるにしたって若いほど有利でしょう?」

「たしかに。ですがそもそも、殿下の御心は聖女様にあるんでしょうか?」

「相手が誰であるかは問題じゃないの」

「え?」

「殿下の瞳に、私は映っていない。それが全てなの。あの時だって……」


 殿下に好かれてはいないと思っていたけれど、まさかあんなふうに突き飛ばされちゃうなんて。

 たしかに殿下は近寄りがたい雰囲気の持ち主だけれど、理由なく、しかも女性相手に暴力を振るう人じゃない。


 私、よっぽど嫌われちゃったんだな。


 それに――世間では“高飛車令嬢”で通っているのに、かっこ悪く尻もちなんてついちゃって。ピンヒールさえ履いていなければ、受け身くらいは取れただろうに。


 無抵抗なのにみんなの前で衛兵に腕を捩じ上げられて、大理石の硬い床に顔を押し付けられて。オフショルダーのドレスだったから、胸の谷間も露わになっていたかもしれない。今頃、下品な親父たちの想像の餌食になっているかと思うと、ゾッとする。


「公衆の面前で、醜態を晒しちゃった」

「お嬢様……。きっと、復学なさる頃には噂も鎮火して、名誉も回復されているはずです」

「復学? 何のこと?」

「お医者様の勧めで、旦那様が休学届を出されたんです」 

「休学……っ、その手があったわ!!」


私は思わずパンっと手を打って立ち上がった。

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