犬の話をします。
尾八原ジュージ
話っていうのは
年末年始シフト入れますっていうのはおれ、全然無理してなくって。いやね、「仕事あるから帰れない」って親に言ったら、帰省しなくても責められないから楽なんすわ。
やー、おれ超絶帰りたくないんすわ実家。なんでかっていうとね、犬飼ってるから。いや普通の犬だったらいいんすけど、はっきり言って「それは犬じゃなくない?」っていうの飼ってるから。
ある日突然ね、
「おまえが上京しちゃって寂しいから、父さん母さん犬飼い始めたんだわー」
みたいな連絡きたんすわ。それはいいんですけど、待てど暮らせどどんな犬か写真のひとつも送ってこないもんで、犬画像くれやケチって言ったら「次の連休に会いに来たらええやん!」って、そう言うんすわ。うちの父が。
「超絶かわいいワンコ見せてやんよ!」
てなこと言われたら帰るじゃないすか。で、喜び勇んで帰ったんすわ、実家に。
したら父と母がバッキバキの笑顔で出迎えてくれてね。そんで「ハッピーちゃんでーす!」って、ジャジャーンって感じで紹介してくれたのが、どー見ても人間の子どもだったんです。
いやほんと。大真面目。小一くらいの男の子がリビングのソファの横で、すんごい無表情で黙って立ってて。なんか上から下まで茶色い服着て、それが若干犬っぽさあったけど完全に人間なんすわコレが。なんの冗談やねんと思っておれ、最初ひきつった笑いが出ちゃいましたわ。ハハッハァみたいな変な声あげてね、いやこんなん笑うわ。おれ弟とかおらんし、親戚の子とかでもなさそうだし、全然知らん子どもなわけですよ。マジでどこから連れてきた子どもなのか、もう全っ然わからん。
でも両親は満面の笑みっすわ。「かわいいだろー」とか「雑種なのよ。最近はミックスっていうのね」とか、嬉しそうに紹介してくれるんでもうね、心の中がめちゃくちゃ修羅場。
いや、おれはうちの両親のこと、二十年近く普通の親だと思って生きてきたんで、何よこの方向転換は冗談にしても悪趣味が過ぎるやろって、もうひたすら困惑っすわ。でも両親は冗談でやってるって感じじゃないし、ハッピーちゃんとやらは部屋の隅の犬小屋みたいなとこに逃げ込んじゃって、全然出てこなくなっちゃった。で、両親は「あー、繊細な子だからね。知らない人が来て怖くなっちゃったネェ~」なんて、これまた嬉しそうに言うわけっすわ。
もう、超絶気になるじゃないすか。果たしてあの子どもは犬なのか? おれにだけ人間に見えているのか? それとも両親が狂ったのか? って。でもストレートに「あれって人間の子どもだよね?」とか聞くのは、とてもじゃないけど怖くてムリだったんで、とにかく様子見するべって、おれの中でそう決定したわけです。
で、自分の部屋に荷物置いて飯食って風呂入って――とかやってたんですけど、ハッピーちゃんの人見知りがひどくて。ははは、いや笑えねぇな。全然犬小屋から出てこないし、うんともすんとも言わないし、ご飯とか置いても無反応。ご飯ってのがなぁ~、なんかお粥に鶏ささみ入れたみたいなやつ出してんすよ。母の手作り。ハッピーちゃんは市販のドッグフードが苦手なのよね~とかなんとか言って。いや苦手に決まってんだろって。
でもほんと、犬の件がなければ普段の両親なんですよ。おれもどーしたもんかなんて考えながらおでんとか食っちゃって、それもいつもの母の味なんでもう、もうね。
おれらが飯食い終わっても、ハッピーちゃんは犬小屋から出てこないし、飯も食わないんすよ。だから「ハッピーちゃん辛そうじゃない? おれ帰ったほうがええんちゃうかな」ってぽろっと言ったら、いやいやハッピーちゃんと仲良くなってもらわないと困る、もう家族なんだからって怒られちゃって。そんなことしてたら田舎なんでバスも電車もなくなっちゃって、もうね、泊まるしかない。でも泊まらない方がよかったんやろなぁ。今でも夢に見るもん。
その夜、おれは自分の部屋で寝てたんですけど、真夜中に腹減って目が覚めちゃった。
しかたないんでキッチン行って、食えるものないかあちこちゴソゴソしてて。戸棚開けてカップ麺出して、お湯沸かすかぁって戸棚閉めて右見たら、誰か立ってた。
ハッピーちゃんなんすわ、それが。
びっくりしすぎて声も出なくって、おれね、金縛りにあったみたいにその場で固まっちゃった。そしたら急にそいつが、その、ハッピーちゃんて呼ばれてる子どもが、おれ目掛けて駆け寄ってきたんです。
で、おれに抱き着いたと思ったら、目の前であーって大きく口を開けて、そしたらね、舌がないんです。ないっていうか、根元の方でばつんって切られてるみたいで。
ぎゃーって叫んだ声が、自分の声じゃないみたいだったことだけ覚えてんすよね。気がついたらおれ、自分の部屋でベッドにもぐりこんで震えてて。
朝が来るまでの間に何度か気絶するみたいに眠って、で、次の朝早くに荷物持って家飛び出して、それから帰ってないんすわ。現実を直視できなくなっちゃって。
だって離れてたらうちの親は普通だから。
おれが知らない犬飼ってるだけで、ずっと育ててもらってきた両親のまんまだから。
ははは。
先輩信じてないでしょ、今の話。まぁ普通信じないっすわこんなの。先輩は悪くない。
でも本当なんだな~、ノンフィクション。おれはほんとのほんとにあったことしか喋ってないし、冗談でも何でもないんです。
犬のこと、実は他人に話したこと一度もなかったんすけど、でも先輩には言っちゃおうと思って。ていうのはね、おれは先輩のことが異性として好きで、先輩もその、正直おれのこと、たぶん結構好きで脈ありだと思うから。ね、合ってるでしょ?
でもおれの親とか実家はこんな感じで、普通じゃないことが起こってんすよ。付き合うとかいう話の前に、それをちゃんと言っておきたいなと思いまして。
で、今言いました。
いや、いいんすよ別に。これで先輩がおれのこと好きじゃなくなったら、それはそれでいいことだと思うんで。
犬の話をします。 尾八原ジュージ @zi-yon
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