第四幕:歴史改変をめぐる攻防
郊外の廃プラントへ突入したクロウと仲間たちは、薄暗い巨大空間の奥に、不気味な装置が据え付けられているのを見つけた。歪んだ鋼鉄フレームがアーチ状に立ち上がり、そこから幾筋ものケーブルが放射状に伸びている。すでに装置は起動しており、周囲の空間がゆらめくように見えるのは、局所的な時間圧縮が乱暴に使われている証拠だった。
プラント内はまるで重力が異様に偏っているかのように風圧が渦巻き、耳鳴りが止まらない。計器をまともに扱えず、仲間たちも足を取られて倒れそうになる。クロウのつま先には、先ほどから鈍い疼きが走っていた。視界の端で乱舞する火花と粒子たちが、時間の“不安定な波”をつくり出しているのだ。
「――来たか、時踏み職人め」
装置の脇に立ちはだかったのは、あの黒いコートの男。クロウを挑発するように、装置の操作パネルに手をかけると、回転音が加速し、さらに強い風圧が一帯を巻き込む。
「これ以上、時間の流れを壊させない!」
クロウは叫ぶように言うと、膝を深く曲げ、足裏に集中する。耳鳴りが激しくなるほどの振動の中、彼はまず “わずかな一歩” を踏み出す。
その瞬間、クロウの脳裏には走馬灯のように“未来の予兆”が流れ込んだ。装置が暴走し、プラント全体が崩壊する映像がほんの一瞬で通り過ぎる。
(見えた――この歪みは、あと数秒で致命的な閾値を超える)
クロウはもう一度足を踏みかえる。時空共振が足先に直接伝わり、まるで地面の下で何か巨大な歯車が回っているかのような感覚を覚える。これこそが時踏み職人にしか感じ取れない“時間の振動”だ。
クロウは つま先の神経 を最大限に研ぎ澄まし、崩れかけた時空の位相を一瞬だけ読み取り、そのタイミングで タイムステップ を踏んだ。今度は左右の足をずらす形で重心移動を行う――この動きは、一見ただのステップに見えるが、実際には過去や未来の波を局所的に整合させる “人間にしかできない物理演算” なのだ。
周囲では荒れ狂う風圧が壁をえぐり、火花が幾重にも飛び散る。黒コートの男が警告音を無視して装置の出力をさらに上げたことで、時空の歪みは頂点に達しようとしていた。
「くそ、いま止めなければ手遅れになる――!」
クロウは意を決し、最後の踏み込みを行う。「過去」と「未来」の重なりを感じ取った一点を狙い、そこへつま先をねじ込むようにステップする。すると、歪んだ気流のなかでケーブルが束になった部分がきしみ、激しい閃光が走った。
しかし、これは単なる偶然の破壊ではない。クロウが “微小な時間誤差”を利用し、最も脆いタイミングでポイントを突いた からこそ起きた必然だった。
装置のケーブルが裂ける音とともに、大きな逆流が発生する。爆音混じりの風圧が轟き、装置は悲鳴を上げるかのように振動を繰り返す。
「バカな……!」
黒コートの男が叫ぶや否や、時間の歪みがはじけ飛ぶように消散し、回転していたメインシャフトが止まった。装置は完全に沈黙する。その途端、異常な風圧も消え失せ、プラントには粉塵が舞う静けさが戻ってきた。
クロウは全身が酷使されたせいで膝から崩れ落ちる。つま先には激痛と麻痺が混在し、ほとんど感覚がない。それでも彼は、最後の瞬間に感じた“不思議な静寂”――歪みが収束した一瞬の手応え――をはっきりと覚えていた。
(こうして、父さんも時を踏んだのか……)
意識が遠のく中、クロウは朧げに父の姿を思い出す。彼が受け継いだこの技術は、“人間にしかなし得ない時間の調律”なのだろう。
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