第一幕:世界と技術
翌朝、クロウはオムニクロック社の研究施設へ出勤する。そこはドーム状の天井と無数のパネルスクリーンに囲まれた巨大フロアで、時間圧縮装置の基幹部が据えられていた。都市全体の物流・交通・エネルギー制御をここで一括管理しており、何かあれば数十万人規模の生活に影響が出る。
「おはようございます、クロウさん」
研究員の一人が声をかける。彼らは日々、数式やシミュレーションを駆使して時間の歪みをチェックしている。しかし、どんなに演算システムをアップグレードしても、最後の誤差だけは人力――とりわけ、時踏み職人の足先による“タイムステップ”でなければ埋められない。
クロウは整然と並んだ機器を横目に見ながら、工場さながらの制御パネルの上に立ち、つま先をそっと床につけた。すると、まるで見えない波紋が足の裏を通じて感じられる。このわずかな波紋こそが時間の“ゆらぎ”であり、最適な瞬間に、最適な力加減でステップを踏むことで、システムのズレを限りなくゼロに近づけることができる。
「よし、いつも通り――」
微細な重心移動によって、時間圧縮装置は瞬時に微調整を終え、都市の運行は今日も快調に動き出す。あまりにも日常的な風景だったが、クロウの胸中には一抹の不安があった。最近、タイムステップの最中に見える“父の姿”が徐々に鮮明になっているのだ。
研究員がさりげなく尋ねる。
「クロウさん、最近調子はどうです? また痛みが出てるなら休んだほうが……」
「大したことないよ。ただの疲れだと思う」
彼は笑ってごまかした。深いところで何かが起きている――そんな予感はある。しかし、それを口にしても理解されにくいだろう。何より、自分自身が信じきれていない。
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