第4話 お互いの気持ち

 放課後になり帰ろうとすると、教室の前に人だかりができていた。


 その中心には——


「大牙くん、一緒に帰らない?」


 花野さんがいた。

 もじもじ気恥ずかしそうに俺を見ていた。

 好感度87。相変わらず高い。


 なんで俺なんだ……本当に訳がわからない。


「ごめん。誰かと勘違いしてない?」


 自分で言っていて悲しくなかったが、勘違いしてたら可哀想だ。


「いえ、私が誘っているのは、早川大牙くんよ」


「……そ、そっか」


「帰りましょう?」


 花野さんは呆然とする俺の手を取ると、人だかりを睨みつけて歩みを進めていく。


 やがてあっという間に玄関口に辿り着くと、俺は花野さんに引っ張られるがままに帰路についていた。


「……手」


「あっ、ごめんなさい……」


 俺が声をかけると、花野さんは慌てて手を離した。

 名残惜しそうにしている。


「それは別にいいんだけど、やっぱり変じゃないかな」


「なにが?」


「俺と面識あったっけ?」


「……ないと思うわよ。この前までは」


「この前?」


「あら、無意識に助けてくれていたのかしら? やっぱり顔や見た目、おかしな噂で判断しないのは大牙くんの素晴らしいところよね」


「なんのこと?」


「本当に覚えていないの?」


 花野さんは泣きそうな顔になり、しゅんと縮こまった。

 居た堪れなくなる。小動物を見ているような感覚だ。


 でも、嘘はつけない。


「この前ってなんのことかな?」


「……私が小太りの男子生徒に告白プロポーズされた時、助けてくれたのは大牙くんよね?」


「あー……うん、あれ? じゃあ、もしかして、あの時の彼が告白した相手って花野さんだったの?」


 点と点がつながった。


「あの時はありがとう。あなたが助けてくれなかったら、私はどうなっていたかわからないわ」


「どういたしまして。でも、あの時の彼は話がわかる人だったし、もう花野さんに言い寄ってくることはないと思うよ」

 

「そう。それより、名前で呼んでくれないかしら?」


 謎が解けてひと段落したところで、今度は花野さんが上目遣いで見てきた。

 照れ臭そうに頬を染めている。


「名前?」


「その、香織って呼んでくれたら嬉しいのだけれど、ダメ、かしら?」


「いいよ。かお、り……香織さん」


 噛んだがなんとか呼べた。


 隣を歩く香織さんも嬉しそうにしている。

 こんなんでいいのかな。


 ってか改めて思ったら、昨日のあの出来事をきっかけにして好感度が跳ね上がったってことだよな?

 他の男と比べた時に相対的に俺の評価が高かったのか……? 

 なんなんだろうな。


 恥ずかしいけど直接聞いてみるか。



「ねぇ、香織さん」


「なぁに、大牙くん」


「香織さんは、俺のこと好き?」


「へ?」


「……好きか嫌いか聞かせてほしいんだ」


「う、うん……その、好き……だよ?」


 色っぽい顔つきと口調は俺のハートを撃ち抜いた。


「っ……」


 俺は目を見開いて固まった。思わず香織さんを見つめてしまい、ごく自然に心の声を読んでしまった。


(いきなりそんなこと聞かれても困っちゃうよぉ! 一目惚れだなんて言ったら引かれちゃうかな? でも、今はまだ大牙くんのことを知っていってる途中だし、これからもっと大牙くんのことを知っていって、たくさん好きなところを探すんだ!(`_´)ゞ)


 可愛すぎるだろ。

 釣り合わないのはわかっているのに惚れてしまうところだった。

 好感度も87→88になってるし、もうこれ結婚できんじゃない? その先がうまくいくかは別としてね。


「そ、その、あと大牙くんの好きなところはね。えと……」


 香織さんは俺に心を読まれているとも知らず、本当に恥ずかしそうにぽつぽつと言葉をこぼしていった。

 

 でももう十分だよ。


「無理しないでいいよ」


 俺は優しく落ち着かせた。

 既に心を読んでいるから言葉にせずともわかってる。


「……気持ちは本当なの。恋愛とかしたことないからまだ好きな気持ちはわからないのだけれど、もっと大牙くんと接していけばわかると思うの」


 香織さんは胸に手を当てていた。

 そっか、好感度88とはいえ、好きの種類は本人の感覚次第になるのか。

 つまりここから香織さんの好感度が上下することもあれば、そっちのベクトルで心持ちが変化することも考えられるんだな。


「そっか」


 良いことを知った。


 しかし、すっかり納得しきった俺とは違い、香織さんはごくりと喉を鳴らしてから口を開いた。


「大牙くんはどうなの」


「え、俺?」


「……気持ちを聞かせて?」


 うるうるとした瞳で見上げられている。


 困った……はっきりと伝えるべきか?


 って。

 だってそうだろ? 

 俺は恋愛未経験だから本当は探り探りやるべきなんだろうけど、どうも恋愛に全力で向き合いづらい感覚がある。


 好きだけど好きじゃない、でも絶対に嫌いではないし、仲良くしたいとは思う。そんな感じだ。

 クズだな、俺。


 これってキープしてるのと一緒じゃん。


「んー」


「ど、どうなの?」


 唸る俺を見て香織さんは不安そうな面持ちになっていた。

 困らせたくはない。


 が、上手く返す言葉が見当たらない。


「——ごめん、お母さんから電話だ。え、なに? 早く帰ってこいって? わかった、すぐいく……ごめんね、香織さん。また機会があったら一緒に帰ろう」

 

 ちょうどよく母親から電話があった。


「え、ええ。普段は無愛想なくせに変なところで女を見せて気持ち悪かったわよね……」


 香織さんは落ち込んでしまった。

 噂だと、クールで感情に乏しくて笑顔が冷たい怖い人かと思ったけど、なんかこうして接してみると感情表現豊かで可愛い人だ。


「香織さんは俺の前では素の姿を見せてくれたら嬉しいよ」


「っ、ありがとう。またね、大牙くん」


「うん、またね」


 最後は柄にもないことを言ってしまったけど、それは俺の本音だった。

 別に自分を隠す必要なんてない。香織さんに告白した彼を正当化するつもりはないけど、彼みたいに想いを伝えられるのも立派なことだと思うしね。

 何も取り繕う必要はない。




 

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