第3話 まさかの好感度

 翌朝。


 俺は普通通りに登校して授業を受けて、昼休みを迎えていた。


 小雨の降る誰もいない屋上で菓子パンを貪っていた。


「……はぁ」


 相変わらず周囲の好感度に変化はないし、心を読めても行動に移せない。

 強いていえば、江之島先生がウインクしてきたり色っぽい目で見てくるようになったことくらいか。


「どうしようかなぁ」


 特殊能力に目覚めたけど、俺が扱える代物ではなかったのかもしれない。

 花野香織とも接触できずじまいだし、彼女のところに行く勇気もない。

 俺はこうして一人で過ごすのがお似合いなんだろうな。


 と、ブルーな気持ちで食事を続けていると、屋上の扉が開かれた。


「……あ」


 誰も来ないと思っていたのに……そんな想いを込めて俺は呟いた。


 人付き合いは苦手だから自然と俯いていた。

 視界の隅に見えたが、屋上に来たのは女子だった。


 すらっとした足が見える。

 なぜか近づいてくる。

 俺の前で立ち止まる。


 じーーーーっと強い視線を感じる。


「……ねぇ」


 話しかけられた……え!? 話しかけられた!?


「は、はい?」


 咄嗟に返事をした。キョドってキモいかもしれない。


「名前は?」


 淡々とした声色だった。


「……早川大牙です。2年1組です」


 おずおずと名乗った。


 すると、女子は淡々と「早川大牙」と俺の名前を復唱する。

 覚えられてしまった。


「あの」


「なに?」


「……あなたは?」


 俺はここにきてようやく顔を上げた。

 曇天の隙間からちょうど差し込む太陽のせいで顔ははっきり見えなかった。

 でも、それでもわかるくらい顔は整っていたし、スタイルが良く見えた。


「あら? 2年生なのに私のことを知らないの?」


「俺はクラスの隅で机に伏せてるようなタイプだから友達とかはいないんです」


「うふふ……じゃあ私が友達になってあげるわよ」


 え?


「え?」


「嫌?」


 首を傾げて聞かれた。


「……嫌だなんて滅相もない。ただ、俺みたいなやつと友達になっても面白くないですよ?」


「十分面白いわよ。それに私は下心がない人が好きなの。あなたははそんな感じがする」


 上品に笑っているようには見えたけど、なんか笑顔が怖い。

 まるで人を掌握するような、冷酷な笑みだった。

 これってあれか? パシリか? ジュース買ってこい的なやつだよな。ヤンキー漫画でよくみるやつだ。


「……それで、あなたの名前は?」


 仕切り直して尋ねた。


 すると、女子は膝を曲げてしゃがみ、俺と視線の高さを合わせた。


「私は——花野香織。気軽に香織って呼んで?」


「はな、の……えぇ! 花野香織って、あの【冷笑の姫】!?」


 俺の口があんぐり開いた。

 まさかまさか、あの花野香織だった。


「知っていたのね」


「いや、まあ……名前くらいは……」


 改めて彼女の容姿を見た。

 息を呑むような美しさだった。さらさらの黒髪にぱっちり二重、真白い肌、細身の体型、はきはきとした声……なんだこの人、神の生み出した最高傑作か?


 ってか、それよりも気になるのは——


「——85、だと……!?」


「85って?」


「あ、ごめんなさい。こっちの話です……っ」


 咄嗟に誤魔化した。


 そして目を擦り彼女の頭の上を今一度見た。


 しかし、間違っていない。


 なぜだ! なぜなんだ……?


 どうして俺に対する好感度が85もあるんだ?


 これはもう好きってことだろ?

 見間違いじゃないし……バグ? いや、機械じゃないからバグとかはないよな……じゃあなんだこれは。


「……どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

 

 彼女はごくごく真顔で尋ねてきた。

 どうやら俺は無意識のうちに彼女のことを凝視していたらしい。


 そしてそれは知らぬ間に3秒を超えていた。

 つまり、彼女の頭の上には好感度の数字の他にモヤが浮かび、自動的に心の声が描かれていく。


(み、見られてる……大牙くん、恥ずかしいよぉ……♡///)


「は、はひぃ?」


「どうしたのかしら?」


 彼女は相変わらず真顔だった。むしろ、無表情というべきか。

 しかし、心の声は違う。

 丁寧にハートマークまで付いていて、何か様子がおかしい。


 幻か?


(ま、また見られてる! でも何も言ってくれないし、やっぱり笑顔が怖かった? 私の笑顔が下手だから怖がられたのかな……私が【冷笑の姫】って知った時にもびっくりしてたみたいだし、やっぱり私の笑顔って怖いよね。これでも精一杯笑ってるつもりなんだけど、ごめんね、怖がらせちゃって……( ; ; ))


 わ、今度は泣いた。

 心の声が素直すぎる。この人は純真な子供か?

 本当に噂に聞いていた花野香織か?


 もしかして【冷笑の姫】って、もしかして単なる勘違いだったりする?


 じゃあ、本当の彼女はってだけ?


「花野さん」


「……なにかしら」


 心なしか花野さんは瞳を潤ませている気がした。

 好感度だって85→81に下がっている。


「花野さんは、その……素敵な笑顔ですよね。みんなは”冷笑”って言ってるみたいですけど、俺は素敵だと思います」


「え」


(ほ、ほんとに……? 初めてそんなこと言われた! みんなは私の笑顔が怖いって言って話しかけてくれなくて、でも大牙くんはカッコよく助けてくれて……大牙くんは私のことが怖くないの? 嫌いじゃないの? 大牙くん……しゅき♡///)


 好感度が81→87に上がった。


 花野さんの表情が蕩けたように和らぎ、これまでの冷たい笑みから一転して本当に可愛い笑みに変わった。


 にっこりと満面の笑みを浮かべている。


「可愛い……」


 思わずこぼれていた。


「あ、ありが、とう……大牙、くん」


 花野さんは顔を真っ赤にさせて顔を逸らしていた。


 俺の方も新鮮すぎる展開の連続のせいで心臓が高鳴っていたし、多分顔だって真っ赤になっていた。


 なんか、ピリッとしたような刺激的だけど心地いいこの独特な空気感は俺には重たすぎるぞ……


「……お、俺、もう行くから! 変なこと言ってごめん、忘れて!」


 耐えきれなくなった俺はしゅばっと立ち上がってそそくさと屋上を後にした。

 去り際に花野さんが「あっ……」と名残惜しそうに口にしていたが、よくよく考えてみれば彼女が俺に好意を抱く理由が見当たらなかった。


 冷静になれ、俺。

 あの学園のマドンナが、【冷笑の姫】が、俺に靡くわけがないんだ。

 

 そうだろ?


 これは幻だよな?


 うん、きっとそうだよな……?

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