アンドロイドの愛日記《ラブゲーム》
和歌宮 あかね
第1話 アンドロイドの愛日記《ラブゲーム》
時は2xxx年。
世界の科学技術はめざましい進歩を遂げ、人類とアンドロイドが共に生きていた。
「みんなぁ〜! 今日も会いに来てくれてありがとう! それじゃあ、またねぇ〜!」
スポットライトを浴びながら、ステージ上の少女は大きく手を振った。
観客たちは更に歓声を大きくし、彼女を瞳に収めようと身を乗り出した。
「ラブ、今日も大成功だったね。本当に私は誇らしいよ!」
控え室で帰り支度をしていると、中年の男が、彼女に話しかけた。
「誇らしい......! ありがとうございます。
彼女は疲れ切った様子もなく、背をシャンと伸ばしたまま彼にそう言った。
彼女は人の子である。
しかしそれは少し違う。
彼女は、天才博士によって生み出された、世界初の完璧なアイドルアンドロイドである。
ラブは数年前に完成した。
彼女は今現在あるアンドロイドとは一線を画していた。
彼女は、話し方、動き方、表情、髪、顔、肌質、爪、全て本物そっくりであった。
しかし、天才と呼ばれる彼女の生みの親、工藤工はこれだけでは飽き足らず、ついに神の領域にまで足を踏み入れた。
彼女の頭脳は、ある強制プログラムを除いて全て自発的な思考を基に働かせている。
眩しければ目を細めさせ、暑ければ汗をかき、寒ければ震える。
そして何より、声と体温の変化に重きを置いた。
喋り過ぎれば喉は渇き、声を掠れさせた。
体温が高い時は風邪をひいたり、低いときは生命の危機に見舞われる。
通常時は、人肌の温度を維持している。
彼女はもはや人間より人間らしかった。
工藤工は幼き頃よりロボットが大好きだった。
しかし、彼の両親、特に母親はあまりロボットが好きではなかった。
家電を使いこなしはすれど、それが人の形をとっていると、どうも嫌悪感が出てしまうらしかった。
彼は強い意志を伝えはしなかった。
ただ彼は理解して欲しかった。
自分の好きなものは世界を救うものになることを知って欲しかった。
その内こう考えるようになった。
『自分が本物の人間にしか見えないアンドロイドを開発すればいい』
と。
彼は、研究にのめり込んだ。
いつか来る未来を待つことなどできなかった。
春夏秋冬を回し続け、彼は成し遂げた。
ラブは春の陽射しを浴びて生まれた。
ただ、一つめでたさを打ち消すものがあるとするなら、もう彼の家族は彼女だけになってしまったことだろう。
彼は彼女に挨拶をした。
彼女はにっこりと笑った。
「君の名前は何かな?そして君の夢はなんだい?」
彼の質問に少し考える素振りを見せた後、彼女は満面の笑みで、ハキハキと答えた。
「私の名前はラブ。そして私の夢は世界で私の代わりなどいない、唯一のアイドルになること!」
真っ白な歯を見せて宣言した。
こうして彼女は、アイドルへの道を進むことになった。
ある日、彼女の人生を変える大きな出来事を乗せた、一通の手紙が届いた。
彼女は真っ白な封筒を丁寧に開け、中の手紙をじっくりと読み込んだ。
読み終わった後、彼女は面を上げ、博士に向かってこう言った。
「工博士、私、恋の歌が歌いたいです」
彼は深くため息をついた。
彼には決めていたことがあった。
彼女には恋愛の歌を歌わせないことを。
彼女はアンドロイドである。いくら人間に近くとも、自発的な思考が行えても、仕組まれた脳内では、知り得ないことがあるからだ。
その事実を伝えるほどの優しさが自分自身にないことを知っていた彼は、ここぞとばかりの脅し文句を彼女に言うしかなかった。
「ラブ。忘れてるのか。お前は人間として、ステージ上でアイドルをしているんだ。
もしお前が人間じゃないと知られたら、もう二度と皆の前で歌えないんだ。
それでいいのか? 良くないだろう!」
ラブは酷く顔を歪ませた。
しかし口を閉ざしはしなかった。
「このファンレターに、【あなたが書いた恋を聴きたい】と書かれていました。
私にはこの人の夢を叶える必要があります!
力を貸してください!」
「っ、もういい! 好きにしろっ!」
彼は悲しかった。悔しかった。自分には彼女に貸せる力は何も残っていないことに。
決められたレールの上を歩かせることしかできないことに。
彼女が、今生の最高傑作だとしか考えられないことに。
だから、突き放した。
いつか彼女自身が気づくか、変化を巻き起こすのか。
見ていることしかできなかった。
ラブは困った。
いくら時間をかけても、何も思いつけない。
博士には放任され、自分は恋が何かもわからない。
焦りだけが積もってゆく。
「いっそのこと、作詞家さんに手伝って貰うか、いや、それじゃあ夢を叶えてあげられないし......。どうしよう」
暗い部屋でデスクライトがうざったいほど目に突き刺さる。
時計は深夜2時過ぎ。今日も仕事がある。
「はぁ、もう寝よう」
机の上に散らばった資料をバサバサと重ね合わせ、端に寄せた。
机の引き出しから、一冊のノートを取り出して、シャペンを走らせる。
これは彼女の日課だった。
自分の日常を書き出していくと、自分を知れるし、何よりも心がスッキリとする。
そのとき頭の中に電流が駆け抜けた。
「私を知る。私の恋が聴きたい。私の心の声。......! そうか! もうあるじゃない!」
一人部屋にポツリと花が咲いたような感覚がした。
頭の中で、歌詞や曲調を綴る。
いつの間にか、東の空が白んできていた。
月と星は彼女の背中を押しながら、名残惜しそうに去っていった。
暑い夏の日だった。
彼女はひまわりのような笑顔で、今日もステージに立っていた。
あの日から約1年が経っていた。
遅くはなってしまったが、やるべき事をやってしまってから、高らかに歌いたかった。
慎重に慎重に約束を果たそうと、今日までを過ごした。
「今日は、お知らせがあります!
私の新曲です! 私が書き下ろしました。
聞いてください」
会場には悲鳴が轟いた。
息を吸う。そんな時よりも緊張する。
今一世一代の挑戦が幕を上げた。
「〜私に揺られて下さいね!(くらり)
私の願いを聞いてよね。(ドキッ)
赤い唇を奪ってね!(chu♡)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
最後に一つだけ。私を愛せる私へ。
あなたのラブゲームを彼に見せましょ。
あなたは私の一番って。
めくりめく世界を続けてよって。
アンドロイドになっても絶対に
離さないって、宣言を。
世界一の愛を結おう〜」
歌い終わった後、一瞬の静寂が辺りを包んだ。
その後割れんばかりの拍手に歓声、アンコールの声が会場に響いた。
全身の細胞が沸き立つ。喜びを噛み締める。
彼女は手を挙げた。声が小さくなる。
「みんなに言わなければいけないこともあるんだ。
実は、私は、人間じゃないの。
みんなにそっくりなアンドロイドなの!」
会場はざわめいた。驚きの声なのか、罵声なのかも分からない。
皆が混沌の渦に流し込まれる。
彼女と関係者だけが冷静であった。
「はははっ! ごめんね、ごめんね」
彼女は涙を流していた。そして胸の前に手を持ってきた。
左手でハートの片割れを作った。
皆彼女の決めポーズが出てくるのかと予想した。
右手は、ハートの片割れではなく、銃を作り、左手の方へ向けた。
マイクからスウっという音が聞こえる。
「これより、プログラムを強制終了させます。
皆様、このような私を長らく愛してくださり、誠にありがとうございました。
それではさようなら」
一息で全てが述べられた。
左手の銃がハートを撃ち抜いた。
ゆっくりと彼女の体が傾いてゆく。
地面にぶち当たる前に、舞台袖から飛び出してきた男が受け止めた。
「ラブ、お疲れさま。素敵だったよ。
世界一ね」
工藤工その人であった。
彼は寂しさと共に晴々とした気持ちであった。
彼の仕組んだ唯一の強制プログラム。
それは、人の夢を叶えること。
ラブは立派に、その使命を果たした。
数日間、ラブのことについて世間が騒いでいた。
多くのファンは、博士にラブを復活させるように訴えた。
彼はその要望に応えなかった。
彼女がこの結末を迎えたことは、彼女の意志をもってして行われたからだ。
このことを言われると、誰も反論することができなかった。
2xxx年。
今日も世界はアンドロイドと人間が共に暮らしている。
彼らの最近の話題は何年も前に生きていた伝説のアイドルについてだ。
「この歌知ってるか?
この歌はな、アイドルである、彼女自身がつけていた日記が元になってるそうだ」
「へぇー、その曲なんて名前なんだ」
『アンドロイドと
アンドロイドの愛日記《ラブゲーム》 和歌宮 あかね @he1se1
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