第8話 やられ役のヒーラー、邪神に対価を捧げる
移動することしばらく。
俺たちは邪神信奉者がいるであろうダンジョンまでやってきた。
そこは緑が生い茂る森の中。
人の気配はおろか、動物の気配すらない不気味な森だった。
その中心地に植物で覆われている人工物がある。
その人工物こそ古代魔法王国の遺跡であり、邪神信奉者の活動拠点だ。
俺とヘルヴィアは少し離れたところから遺跡の様子を窺う。
「……人の出入りはないようだな」
「ですね」
遺跡には人の痕跡がなかった。
いや、正確には少し前まで使われていた気配はあるのだが、肝心な邪神信奉者と思わしき連中の姿がない。
俺は少し肩透かしを食らう。
もしかしたら勇者が邪神信奉者の存在に気付き、倒してしまったのかもしれない。
これはチャンスだ。
「魔王様!! 邪神信奉者がいないなら遠慮なく拠点として使わせてもらいましょう!!」
「う、うむ。そう、だな」
「え、ちょ、魔王様!? なんか顔色悪いですよ!?」
俺が満面の笑みで振り返ると、ヘルヴィアは真っ青い顔をしていた。
お腹が痛いけど近くにトイレがない時の俺と同じ顔だ。
「そなたには分からんか? あの遺跡から漂う邪悪な魔力が」
「え?」
俺はそう言われて、改めて遺跡の方を見る。
しかし、いくら凝視してもヘルヴィアの言う魔力を感じられない。
だが、ヘルヴィアが嘘を吐く理由もない。
邪神信奉者の姿がないのは疑問だが、邪神がいる可能性も考慮した方がいいな。
「魔王様はここで待っていてください。俺が一人で行ってきます」
「いや、ならん。余も行こう。そなたに万が一のことがあれば、それで終わりだからな」
「……分かりました。ただ一つ、遺跡の中は罠だらけなので絶対に俺の指示に従ってください」
そうして俺たちは遺跡の中へ突入する。
ちなみにヘルヴィアの担いでいたエルナや勇者の家族の亡骸は外に置いてきた。
万が一トラップに巻き込まれて死体を失ったら大問題だからな。
「うおっ、く、来ると分かっててもびっくりするな……」
遺跡の中に一歩踏み入れた瞬間、刺付きの天井が落ちてきた。
あらかじめそのトラップについて話しておいたので、俺もヘルヴィアも怪我はない。
ヘルヴィアが唸る。
「うーむ、これはたしかに危険だな。刺に毒が塗ってあるぞ」
「ですね。慎重に行きましょう」
「……一つ、ずっと気になっていたのだが」
遺跡の中を着実に進みながら、ヘルヴィアが問いかけてくる。
「そなたは何故そこまでこの遺跡について詳しく知っているのだ?」
「……遺跡巡りが趣味で」
「誤魔化すな。そなたの使う秘術といい、何らかの秘密があることは分かっている。無理に教えろとは言わんが、気になるのだ」
俺はちょっと悩む。
ヘルヴィアに『アルグレイシア』に関する知識を話したところで信じるとは思えない。
だって俺だったら絶対に笑う自信がある。
この世界が前世でやり込みまくったゲームと全く同じで、秘術はただのバグ技って言われたら鼻で嗤うと思う。
それなら下手に真実など伝えず、天恵とか適当なこと言って誤魔化すのも手か。
「ゆ、夢で見たんですよ。予知夢みたいなもので、勇者やその周りの人物に起こったことが分かるんです」
「……ふむ、そうか。夢か」
俺の適当な説明にヘルヴィアは納得したのか、それ以降追及してくることはなかった。
数多のトラップを回避しながら進むと、ようやく最奥まで辿り着いた。
ここまで邪神信奉者に遭遇することは一度もなかったが……。
ヘルヴィアが眉を寄せる。
「この扉の向こう側から凄まじい魔力を感じる」
流石の俺でも分かるくらい、扉の向こうから凄まじい存在感を感じた。
間違いない。
主人公は復活した邪神を倒しておらず、それなりに力を取り戻しているのだろう。
だが、問題はない。
こうなった時に備えて、邪神との交渉をあらかじめ考えていたのだ。
俺はゆっくりと扉を押し、中に入る。
「ノックも無しに入ってくるとは、随分と礼儀のなっていない侵入者じゃのぅ」
扉の向こう側は大広間だった。
その一番奥には石で作られた椅子があり、そこに不定形の黒い影が鎮座している。
あまりにも強大な魔力に気圧されそうになるが、俺は大きく息を吸った。
「は、はじめまして!! 俺はリザーレと申します!!」
「……ほう。自分から名を名乗るという最低限の礼儀はなっておるようじゃな。我はアイズベルン。神である。して、我が領域に何用だ」
「じ、実はですね。この遺跡を拠点として使わせてもらいたくて!!」
端的に用件を伝えると、邪神――アイズベルンは不機嫌そうに首を横に振った。
「ならぬ」
「り、理由をお訊きしても?」
「ここは我が領域。対価なくして貸与するなど不可能じゃ」
「……対価があれば、いいんですよね?」
「ほう、対価を払うつもりか? 我に世界を滅ぼせなどと命令してきた自称我の信奉者よりはマシじゃな」
あー、なるほど。
アイズベルンが復活しているのに邪神信奉者の姿がなかった理由が分かった。
邪神信奉者たちは彼の機嫌を損ねて殺されてしまったのだろう。
「して、何を対価とする? その血肉か、それとも魂か? 記憶でもよいぞ」
俺はその言葉にニヤリと笑った。
ゲームのアイズベルンも自分を復活させた邪神信奉者に同じ台詞を言っていた。
だから、記憶を対価にできると思っていた。
「記憶です。俺の記憶にはアイズベルン様の退屈しのぎになるであろう記憶があります」
「……ほう?」
アイズベルンが興味を持ったのか、椅子から立ち上がって俺の方に近づいてきた。
そして、俺の頭を軽く掴む。
そのまま握り潰されやしないかとハラハラしていると、何か頭の中を読まれているような、不思議な感覚に見舞われた。
「!? こ、これは……」
自慢じゃないが、前世の俺はゲーム以外にもアニメや漫画を嗜む人間だった。
その記憶を彼女に渡すのだ。
ゲーム知識のような重要なものは渡せないが、それ以外のものなら別に問題はない。
そう思ったのだが。
「……ほう、ほうほう……」
アイズベルンが俺の頭から手を離し、身体の一部を揺らめかせた。
その揺らめいた影はおもむろに地面に伸びて行き、あるものを象った。
それは、一台のテレビだ。
そのテレビの前でアイズベルンは腰を下ろし、じーっと画面を見つめ始める。
テレビの画面には女児向けアニメが映っていた。
「あ、あの、アイズベルン様?」
「黙っておるのじゃ。我は今、プリ◯ュアを見ている」
「えっと、遺跡を拠点にしてもいいですかね?」
「好きにせよ」
「あ、ありがとうございます」
どうやら交渉は上手く行ったらしい。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでいい小話
作者「作者は割とプリ◯ュアを見る。ちなみに推しはスカイ」
リ「俺はピース」
「後半で笑った」「邪神が女児アニメ見るのか……」「あとがきで急にプリ◯ュア談議してて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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