第22話 嘘を付くのは人の特権
ジニーの毒素が弱まっていくにつれてカレンの考えがきちんと浮き出てくる。
魔の領域にしか自生していないドラゴン・ツリーはその土地に住む域龍が必要としていた物。詳しいことはきちんと調べないとわからないがおそらくドラゴン・ヘッドに含まれている独自の酵素がジニーに足りていなかった。彼は人間に育てられたことというよりも、それを知らない人間に育てられたからこそああなってしまったのだ。
カレン
「つまり彼は体内で生成される毒を解毒出来ないまま、自家中毒に陥っていた。とてつもなく苦しんでいたってことになる。何百年も」
とても長い時間。毒龍ジニーは苦しんでいたのだ。自分ではどうすることも出来ない状況で死ぬことも出来ず毎日を送っていた。皮肉にも高い適応力のせいで毒素を外に出す変化はしたが流石に酵素は無理だったようだ。おそらく親龍が居るのであれば定期的にこの果実を口にすることを教えたのだろう。しかしジニーはそれを教わることが無かった。
ローレル
「それで?逆に考えると・・・魔法の正体もこれってこと?」
カレン
「まあ、全部私の憶測にすぎないけどジニーの様子をずっと見ていたらそうじゃないかって思ってね」
カレンが思うこの国の魔法の正体。それはこの「龍と果実」の関係性そのものだった。
人は魔物に太刀打ちが出来なかった。今みたいに重火器や強力な兵器が無かった時代。特に原龍の強さは圧倒的だっただろう。そこで先人たちはその原龍の動きを鈍らせるためにこの地に自生していたドラゴン・ツリーを全て刈り取った。やがて龍は自分が住んでいた場所でその果実が食べられなくなることを知るとそれを求めて外へと移動していく。
カレン
「何のことは無い。龍と言う巨大な魔物を排除するのには魔法は必要じゃなかった。そんなファンタジーの産物はいらなかった。ただの〝魔物を退けるための方法〟だったのよ。単純なことね」
たった一つの要素が足りないというだけで人が思うように出来ない魔物を弱らせることが出来るという事。カレンはこの答えにたどり着いた時、それはどことなく人類も似たような歴史があったことを思い出した。
それが大航海時代に船乗りを苦しめたと言われる「壊血病」
当時の船には冷蔵施設はもちろんなく、塩辛い保存食やウジ虫が湧いたクッキーなどを食べていた。そのため野菜や果実を取ることが出来ず、ビタミンCが欠乏していくことで引き起こされる病気がこれである。最終的には死を迎えることになり、一説にはそれで船乗りの死亡率は50%と言われていた。
カレン
「壊血病の症状の代表的なモノは〝体の崩壊〟ジニーの毒素とどことなく似ているわよね」
ユイ
「・・・確かに」
壊血病はまさに「魔法のような症状」が起きる。何年も前に骨折して完治したはずの骨が折れたり、閉じていた古傷が開き始める。
しかもこの病は数百年の間、解決策が見つからなかった。
この土地と同じように「これは海で発生する厄介な病気」としての認識が一般的で、その治療法として土に埋めれば治るという全く意味の無いこともされていた。
クロム
「・・・そうなんだ」
カレン
「でも、人類も馬鹿じゃない。長い時間摂取していない野菜や果実にヒントがあるんじゃないかって臨床実験をした人も居るの」
ユイ
「じゃあそれで解決したってことですか?」
カレン
「いいえ、そうはならなかった。ここら辺が壊血病の奇妙な話しってことで今でも謎に包まれているって言われてる」
ローレル
「壊血病の奇妙な話し・・・」
壊血病の原因は柑橘類に含まれるビタミンCが欠乏することによって起きる。という事が分かった。しかし、それがきちんと実行されるようになるまで約半世紀かかった。
クロム
「どうしてそんなに時間が掛かったの?」
カレン
「詳しくは私も知らないんだけど・・・一説によると〝解決策を見つけては忘れていった〟って言われてる」
ユイ
「忘れていった・・・」
ローレル
「そんなことありえるわけ?」
カレン
「病気は違うんだけど同じようなものが東洋でもあってね。脚気っていう病気なんだけどそれはビタミンB1が不足することで起きるもので、発症すると手足のしびれとか知覚異常とかが出てくるの」
この脚気と言う病もその国を大分苦しめた。しかし原因は何なのかわからなかったのだけれど、結局のところその国では味や食べやすさを優先して「玄米」から「白米」に主食が切り替わったことで起きてしまった。
ユイ
「玄米から白米ですか・・・」
カレン
「玄米は胚芽という部分が付いてるの。だから食べるとボソボソしてるのよ。モチモチした食感がいいってことでその部分を削り落とした白米にしたの」
その切り取った「胚芽」に脚気にならないためのビタミンB1が含まれていたのだ。
この病の皮肉なところは早く元気になって欲しいと沢山白米を食べさせても、全く解決に至らないという事。
おまけに白米は主に贅沢な食事をしている都会で食べられていた。逆に農村などでは玄米が食べられていたため発症せず、当時は「都会に来るとかかる病」とか言われていた。
カレン
「その土地特有の病気にする。これもそっくりよね」
今では豊富な副菜があるため白米を主食にしても、脚気にはなりにくいが当時はそれも無かったのだ。
カレン
「歴史ついでにもう少し話をすると、この国はその当時結構戦争していたのよ。内地では食料が不足していた。だから戦地に行けば贅沢な白米が沢山食べられる。だけどそれは脚気患者を増やすことになった」
さらにその国は昔、陸軍と海軍の中が非常に悪かった。そのため、ある海軍軍医が
「他の国ではこんなことは起きない、何か食べ物に秘密があるはずだ」
という疑問を持って海外の国と実験を繰り返した。海外の軍隊と同じように食事を麦食やパンに切り替えたりすることで脚気患者が出なくなった事を突き止める。
ユイ
「ではそれ以降、その国では脚気は無くなったんですか?」
カレン
「いいえ。さっきも言ったけど、陸軍と海軍の仲がとてつもなく悪かったの」
その国の陸軍は海軍の「食事による」脚気解決の方法を認めず「脚気細菌説」と言うのを信じていた。
そのため次の戦争でも陸軍の「白米を主食にする」という主義は徹底された結果、戦地で多大な犠牲者が出た。一方海軍では正しい食事をとらせることで脚気患者はほとんど出ることが無かった。
カレン
「ね?多大な犠牲を払っておいて、それできちんと実験までして答えが分かっていたとしても、よくわからない情勢とかよくわからない意地とかで沢山の人を迷わせることが出来る。それって色んな物への冒涜に等しいと私は思ってる」
壊血病にはビタミンC
脚気にはビタミンB1
「果実を食べればいい」
「玄米を食べればいい」
たったこれだけのことが足りないだけで簡単に人は死んでいく。
カレン
「しかもこれは大昔の話じゃない。ほんの数百年前の話。人には何が必要で、何が命を繋いでいるのかが分かるようになったのもつい最近になる。それまで長く生きて来たつもりになっている人類だけど、実のところはわかってないことの方が多いのよ」
クロム
「じゃあ、彼らが異様に域龍と呼ばれるまで縄張りを守ったのも」
カレン
「彼らにとってドラゴン・ツリーは生命線。だからその範囲を守ろうとするのも当たり前。当たり前の事しかしないのよ。生き物はね」
カレン
「そしてこの地に住む他の魔物も同じように生きるためのキーとなる植物や環境を人は伐採しりして変えていくことになる。その最初を作ったのが私の遠いおじいちゃん。ジェイってことになる感じかしら?」
ジェイは天から魔法を授かった特別な人間ではなかった。ごく普通の人間が持ち合わせていた観察力と洞察力を持ち、それを実行できる勇気が有った。そうやって彼はこの地を広げていくことになった。
クロム
「でも自分の考えを実行できるってすごいよね。下手すれば魔物に食べられて終わりってのもあるのに」
カレン
「それは鏡を見てから言いなさいな。あんたも大概だったんだから」
ユイ
「そして国を作るためにそれをファンタジーの魔法のように仕立て上げた・・・」
カレン
「それの方が支配しやすかった。支配するにはそこに居る人たちの頭を刈り取るだけでいいわけだから」
魔法は「方法論」である。その魔物をどうしたら退けることが出来るか?というメカニズムが分かれば誰だってそれを実行できる。ドラゴン・ツリーを切り倒せばよいのだから。だからそれがばれない様にわざと「フィクション」を作って流したのだ。未知の力魔法によって退けていると。
ローレル
「・・・でも一つ気がかりなのがジニーはこれを続けていけば病気が治るんでしょ?そしたら動き回らない?普通に考えて」
カレン
「ええ、彼が〝普通〟ならね」
紫の毒素に覆われた部分がほとんどなくなるとカレンはジニーに近づいて見れる範囲で何か無いのかを探った。すると4本の強靭な足のかかと部分に古い切り込み傷が入っていた。
カレン
「彼は地龍へと変化したタイミングで足の筋。人間でいうアキレス腱を切断されたんだと思う。だから多分歩けないわ」
ユイ
「・・・・」
クロム
「それが飼いならすことが出来た理由ってこと?」
カレン
「おそらくね・・・あくまで推察だけど多分卵の状態であそこに置かれて孵化させたんだと思う」
ローレル「じゃあジェイが魔の領域を残したのもわざとってこと?」
カレン
「そういうことだと思う。龍や魔物から取れる素材が色んなものに使えるって知って止めたんだと思う」
ローレルは軽くため息を付くと煙草を咥えた。
ローレル
「・・・簡単に言えばあの毒龍に、簡単に手に入る果実を与えれば毒素が無くなった・・・・そんな簡単なことだったんだ」
カレン
「なに?落胆した?もっとかっこいい何か理由があると思ってたわけ?」
カレンがニヤニヤしながらローレルを見るとチョップが飛んできた。
ローレル
「呆れてんの・・・あまりの単純さに」
カレン
「でもその単純さに気が付けるのには色々知る必要があった」
カレンがリナに案内された場所で感じたことは「この場所に必要なものが寄せられていた」ということ。
それはこの地が毒素で侵されているのを自然が治そうとしてあのドラゴン・ツリーを生やしていたとしか考えることが出来なかった。それにジニーの周りに木がドーム状になっていたことも降る雨があまり行かないように木がそれを防ぐのと同時に蒸散によって毒素を薄めようとしていた。
カレン
「天秤の片方に重りを置けば傾く。だからもう片方に何かを乗せる。ただそれだけでつり合いがとれるはずだった」
しかしジニーはもう自然の産物ではない。彼もまた人が作った家のような人工物になっていた。おそらく彼をこのまま放っておけば世界の循環と同じ、自然と自家中毒に侵されて死ぬことになっただろう。しかし、そのサイクルは人の都合の良い時間ではない。
カレン
「おそらく私が何もしなくても後数百年は生きたでしょうね」
人が住まなくなった家もそのままの形であれば風化するのに時間が掛かる。斧やハンマーで家をバラバラにしたほうが風化が早くなる。それと全く同じ原理。
カレン
「私があの果実をこの先も渡し続ければジニーは生きていけるし、この集落の毒素もやがては無毒になる。もう少し時間が掛かるとは思うけど」
ローレルは灰皿を叩くとカレンの方を見た。
ローレル
「・・・じゃああなた達がここに居て何かをするってことは無くなったってこと?」
カレン達3人がここに来た大元の原因。魔法の秘密。それらの答えが出揃った。この成果をヘミンに伝えることでカレンたちは曲がりなりにも外から見れば「魔法によって龍を制した」ことになる。王宮が発信している「カレンに授けた魔法」が成果を出したとなれば大手を振って王都に凱旋することも可能だ。
ガルドも長年頭の隅にあったアレストの毒龍の件が片付いたとなれば、口を閉じるしかないだろう。何せ「魔法では解決できない」と放置していた土地から検出される毒素は弱体化していく一方なのだから。
カレンの使った魔法を認めるしかない。
しかしカレンは笑っていた。
カレン
「あら?言ったでしょ?龍の寿命は数百年。そしてそれの間果実を与え続けなければならない。ってことは」
ユイ
「誰かがここに住んで、後世にきちんと伝えていかなければならない。という事ですね」
カレン
「そう。そのために必要なことはこの土地の誇りを取り戻すこと」
ローレル
「誇り・・・」
カレン「この地に住む人たちは〝龍の守人〟として生きていけるようにしなくちゃいけない。エメットやリナたちみたいな人間がこの土地で生きていくために必要なこと」
ローレルはそれを聞くと少し笑った。
ローレル
「まあ、あなたの事だからそれも何とかしちゃいそうね」
カレン
「でも私にはこればっかりはどうなるかわからないわよ?相手は人。自然じゃないと思い込んでいる存在なんだから」
ローレル
「・・・でもちゃんとあなたはその人から貰った魔法を持ってきてこの場所を変えたじゃないの」
カレン
「はい?それは皮肉のつもり?」
ローレル
「褒めてんのよ、流石だわってね」
それから日が落ちるとユイはいつもと変わらない夕食を作った。
集落は時間をかけて少しづつ別の顔を見せていくことになる。
そこには少し変わった王女様と少し変わった村長が居るという噂を漂わせて。
おしまい。
やさぐれ魔法の王女様 松下一成 @KZRR
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます