第19話 大抵の物は〝空想の有機物〟

 魔の領域から帰ってくるとカレンはエメットと一緒に川で防毒服を洗ってガレージに干していた。


ローレル

「無事だったようね」


カレン

「ええ、お陰様でね。ありがとうね心配してくれて」


 カレンはエメットとローレルにお礼を言って自宅に戻った。


 自室でカバンを広げると拾ってきた本を開く。そこに書かれていたのは龍の観測記録だった。


カレン

「ここに無いのを疑問に思っていたのよ」


 それを一枚一枚丁寧に見ていき、自室に置いてあった本と照らし合わせながら読みふけっていく。昼食も部屋で済ませるとカレンはずっと本と向き合っていた。


しばらくすると部屋をノックする音が聞こえて来た。


ユイ

「カレン様?お客様が来てます。エメットさんです」


カレン

「・・・・」


 返事が無いことを心配してユイが扉を開けると、そこには本の山に埋もれているようなカレンが机の上で資料とにらめっこしてた。


ユイ

「カレン様・・・?」


カレン

「ああ、はいはい?エメット?いいわよ、ここへ通してあげて」


ユイ

「良いのですか?・・・こんな汚い場所に案内して」


カレン

「・・・それが彼がここに来た理由よ」


 ユイはため息を付くと玄関に向って行き、エメットをカレンの部屋に案内した。


ユイ

「お茶をお持ちしましょうか?」


カレン

「ええ、そうして頂戴な。・・・あと何かおやつ的なモノがないかしら?」


 カレンは煙草に火を付けると部屋の窓を開けて空を見上げた。すっかり日が暮れて夜になっていた。コンコンとノックの音が響き渡り、扉の方を見るとエメットが来ていた。


カレン

「そこに椅子があるでしょ?座っていいわ」


 本や資料、標本などにまみれた部屋をみてエメットは驚いていた。もっと優雅で豪華な部屋だとばかり思っていたのだろう。カレンの部屋はそんな想像とはかけ離れていた。


カレン

「あなたがここに来た理由は一つでしょ?昼間の話の事ね?」


エメット

「はいそうです・・・あれから少し考えました。確かに村では芋と豆を合わせて作っていましたし、豆を外に持ち出しても上手く行かないのも聞いたことが有りました」


エメットは体を前に出した。


エメット

「ですが、根っこの話が分からなかったんです。人の体には根は有りません。ですがカレン様は有ると言ってました・・・それがどうしても」


カレンはニコニコしながら煙草をふかした。


カレン

「根っこの正体を知る前に、もっと前に知らなければならないことがいくつかあるわ」


 カレンは机の上に置いてある本を一冊取り上げるとエメットに渡した。それは植物の育ち方や育て方が書いてある本だった。


エメット

「これが・・・?」


カレン

「人って言うのはこの世に生まれ落ちてから成長するわよね?でもその成長していくために必要なエネルギーはどこから取ってる?って話し。全部食べ物よね?」


エメット

「はい、そうです」


カレン

「ってことは人の体を構築しているのは畑の野菜とか海で採れた魚。牧場で育った牛。こんなのが私たちの体を作ってるなんてことは明白な事実」


エメット

「そうです」


カレン

「でもそれは全部オートマチックに行われる。私たちが自分の体を成長させるために意識的に出来ることは食べ物を食べることと、水を飲むことと・・・あとは寝るくらい?不思議なことに私たちは食べたものを体のどこに使うかを決めることが出来ないの」


カレン

「これって不思議じゃない?」


エメット

「まあ、確かに・・・」


カレン

「身長を伸ばしたいからといってご飯を食べても、髪を増やしたいからとご飯を食べても中々そうはならないでしょ?全部体が決めてるわけ。自由が効かないのよ」


エメット

「でも・・・それと根っこがどういう関係が・・」


カレン

「まあまあ、慌てないで。とにかく人間は食べ物を食べることで体を作る。言い換えると有機物を食べることでそれを栄養に出来るわけ」


エメットの表情が変わった。


カレン

「植物達は厳密に言えば有機物を取り込んでいない。有機物を誰かが分解してくれた栄養素を取り込んでいるの・・・まあ多少例外はあるかもしれないわね。この世界は広いから」


カレン

「でも人間が取り込めるのは有機物になる。そして今エメットに渡した本の内容も有機物なの。栄養素じゃないわ」


エメット

「・・・・これが有機物ってことは根っこは・・・」


カレンは新しい煙草に火を付けると自分の頭を指さした。


カレン

「そう、あなたにも私にもついているこの器官。頭こそが根っこよ」


 〝人が作った作品は全部有機物〟


 これがカレンの中にある信念。アニメもゲームも小説も絵画も音楽も。作品として残されている物は全部有機物であるとカレンは考えていた。名づけるなら〝空想の有機物〟


カレン

「でも植物の話で出て来たとおり有機物はきちんと分解してあげないと栄養素にならない。植物と同じで人間はその分解できる菌を体内に持っている。それで食物を消化して栄養に出来るように」


 有機物を分解するには微生物や細菌といった「外の力」がある程度必要になってくる。人間も胃や腸に数百兆の細菌を飼っているというのは当たり前の話だし、牛が草を食べるのは草を胃の中に居るバクテリアに与える為である。牛はそのバクテリアから栄養を貰って自分の体に肉を付ける。草がそのまま肉になっているわけでは無い。


カレン

「食物とは違う空想の有機物を分解するためにある程度必要な〝外の力〟それを得るのが生きていくということ。生きていれば少なからず分解されてくの。勉学、恋愛、親子関係、事故、不倫、事件・・・・こんなの上げればきりが無いわ」


 映画やドラマを何となく自分の人生に当てはめることがある。自分ならこうするとか私ならああやるという事がそれであり、照らし合わせている自分は紛れもなくここまで生きて来た自分自身である。


エメット

「生きること・・」


カレン

「そう、生きることで経験や実体験、特に挫折や困難、孤独や孤立みたいな問題に相対した時、人は人が作った物に触れることが多くなる。景気が悪くなると哲学書が売れるのもそのせい。そのときに有機物は分解されてその人に溶け込んでいく。まるで栄養素のようにね」


 有機物にも当然動物の死骸や植物の枯れたものなどの種類がある。という事はそれを分解できる生物にも当然種類がある。そのため万人受けする有機物というか書物のようなものは存在しない。他人に勧められたからといって自分が分解できるとは限らない。だってそれは歩いてきた人生が違うのだから相対した問題が違うのは当然である。


エメット

「・・・有機物・・根っこ」


カレン

「でもね、全部の本や映像作品が有機物かと言われればそうじゃない。巷で売られている多くは有機物っぽいもの。その正体は〝すでに誰かがわかりやすく分解したもの〟言うなればニセの栄養素が売ってるって感じ」


カレン

「そういう物には必ず特徴がある」


エメット

「特徴ですか?」


カレン

「ええ、簡単よ。理解できるという特徴」


 これらはいずれも良いことのように感じるが、簡単にわかってしまうためにそれ以上に分解しようがない。絵を見た感想が「かわいい」だけでそこから先がない。見たり読んだ人が分解出来ないのであれば実はそれは何も生まないただのジャンクフードのようなものになってしまう。


カレン

「だから本を読んで良いことが書いてある!実践しましょう!で実践できるなんてことはほんとにごく少数になる。たまたまどこかの誰かが分解した栄養素がたまたま自分に必要な栄養素と適合しただけ。そこから先の広がりが無いのよ」


カレン

「でもジャンクフードであったとしても腹は満たされるし栄養も一応あるから無意味じゃない。でもそういうのを摂取し続けると根っこが広がっていかない。深くもならない」


エメット

「そこに栄養素っぽいものがあるからですか?」


カレン

「そういうことね。あの魔の領域の植物達はみんな根が深いし広がっている。なかなか抜けないわ。それは周りに栄養が無いから何とかしないとって伸ばすわけ。専門用語だとエチレン効果ってやつね」


 エチレン効果とは植物に対して固い土や寒さなどのある程度の良い負荷をかけてあげることで、植物自身が強く成長していく作用である。


カレン

「人間も同じで意味が分かることや問題に対してすぐ答えが返ってくることが分かるといちいち根を広げたり、根を深くする必要が無くなるの。だってそれをやらなくても栄養素が近くにあるんだから。わざわざそんなことをする必要が無いって話し」


カレン

「そうすると簡単に浅い情報に翻弄される人の出来上がりっ。そういう人たちをコントロールするのは簡単なのよ。適当に上っ面の良いことだけならべときゃ後は言う事きくからね」


 魔法は偉大であると国民に教育を施したり、有名なインフルエンサーのいう事をそのまま信じてしまうのはそもそも国民の多くが既に根っこが狭くて浅い為である。


 これは偶然ではあるが何かを支配しやすいという構造にとっくに世間が染まっているのだ。その構造を作るのは簡単。質問や疑問に対してそれっぽい答えを用意すればいいだけのことになる。それだけで人はその先を考えないようになっている。


エメット

「・・・だからもともと支配には最適ってことですか」


カレン

「馬鹿をだまして金をとるには最適な方法じゃない?相手が求めて知りたいことだけをわかりやすく書けば〝よくまとまってる〟とか〝理解できる〟とかそういう賛同の声が簡単に上がる」


カレン

「でもそのわかりやすさがその人の頭の根っこの広がりを抑えることになる。自分で疑わないし、与えられた物だけで満足しようとする。満足できなければ提供してくれた人に文句を言うだけ。簡単よね、生きるのは」


エメット

「・・・じゃあ最初に感じる有機物を選ぶが大切ってことになりませんか?」


カレン

「その通りよ。そしてそれを選ぶのも自分ってこと」


エメット

「カレン様はどうして・・・そういう風になったのですか?」


カレン

「簡単よ。私は周囲になじめなかったっていう問題に直面して、その答えがみつからなかったから。巷に有るようなニセの栄養素では私は成長できなかったわけ。成長できて満足できてれば今頃は何の疑問も持たないでイントラで幸せに都長をやっていると思うわ。だから本物の有機物が必要だったわけよ」


 本や話を理解するのに必要なのは読解力。でも分解力といってもいいかもしれない。そしてその力を育てるには、本当に問題を何とかしたいと思う賢明さだけかもしれない。自分で考えなさいとう言葉は良く聞くが、それを言う大人がそもそも自分で考えていないのは何か滑稽なものを感じてしまう。彼らはその辺にあるニセの栄養素で満足し、その先を取りに行かない。だから変なものが売られることになる。


カレン

「でも、全部が全部駄目じゃない。本質を突いた栄養素は必要なの。幼児が摂取しやすい離乳食みたいなもの。大事なのはそれが必ず有機物に繋がっているってこと。分解元なんだからそうなってないとおかしいわけ」


 世の中にある情報の一部には辿っていけるものが含まれている。それが何に繋がっているのかは紐解いて行かないとならないが、本質を突こうとしている情報は必ずそこに痕跡を残す。


カレン

「名作や名著はオマージュやリスペクト作品を生むのが世の常。ってことはその名作は何か本質を掴んでいるからってことになる。名作が有機物でオマージュが栄養素って感じでね。元ネタを辿ると何かしらの原理に行き着くのはそういうこと」


カレン

「そうやって辿って行ったり、引き返したり、見返したり、思いなおしたり、考えたりすることで何かを思いついたり、発想が来たりすることがある。それがある意味その人に必要だったもの」


ユイ

「そしてこうやってカレン様がここで生活出来ているってことも答えの一つです。私達も含めて」


 会話を聞いていたかのようにユイがお茶とお菓子をもって部屋にやってきた。


カレン

「そうね、なじめなきゃ裸足で今頃逃げ出しているわよ」


 注がれたお茶を啜るとカレンは焼き立てのクッキーをかじった。


カレン

「これはあくまでも私の主観だけど、そういう有機物の本に多いのは常に自然というか植物とか生物が隣に居ることが多いの。それがどうしてなのかはここに来てわかったわ」


エメット

「・・・自然ですか」


カレン「ええ、彼らは決して嘘をつかないから。だから楽なのよ私もね。ある意味ここでの生活が可能で、そこらじゅうの出来事が本質を突いているってことがイコールで私がやってきたことが結果としてここに辿らせたのかもしれないけど」


エメットは渡された本に目を落とした後、顔を上げてカレンの目を見た。


エメット

「カレン様、これを借りても良いでしょうか?」


カレン

「・・・もちろんよ」


 エメットは何度もお辞儀をするとカレンの屋敷を後にして自宅へと帰っていった。その後ろ姿をユイと眺めていた。


ユイ

「・・・いい青年ですね。エメットさんは」


カレン

「そうねぇ・・・多分ローレルの力になりたいって考えてるんでしょうね。自分を助けてくれた人に恩返しがしたいってね」


ユイ

「それで外で働くことを相談してきたんですかね?」


カレン

「おそらくね。外貨を稼ぐには一番手っ取り早いから。彼女を助けたいって気持ちは何となくわかるわ。なかなか居ないものああいう素敵で真っすぐな人は」


 エチレン効果が望めるのは植物が若い時に負荷をかけた時。


 人は成長するとやがて世間に出ていくことになる。この村からエメットが出ることを考えるように、学生が社会人になるようにそれはごく当たり前の光景。でも世間に出て行けば甘い蜜がそこら中に転がっている。成長しきったものにエチレン効果を狙って負荷をかけたとしても、蜜を味わってしまえばもう最後。全部「言い訳」とか「逃げ」を使われてしまって挙句の果てに「理不尽」とか「嫌がらせ」とか言われてしまう。


カレン

「時期とタイミングと本人の意思。こればっかりは測りきれない」


 考えるという根っこを増やし、深くするためにはどうしても「追い込まれた状況」が必要。逃げ道の無いとんでもない領域が無いことには不可能になってしまう。


ユイ

「ここは逃げることが出来ない端っこですからね」


カレン

「まあ、賛否は有るでしょうけど山籠もりとか修行とかは一応理にかなってる部分もあるのよね」


 街で問題が起きる。そうすると住んでいる人たちは困ることになる。だからその解決策を模索するのだけど、その模索が出来ない。社会的な問題は「有機物である人間」が作り出した物。つまり問題も有機物であり、本来は分解できるはずなのにそれが出来ない。根っこが広く深くなければ問題を有機物だと認識せずに分解しようともしない。


 だから誰かに頼る、誰かに質問する。誰かのせいにする。自分で採り込もうとしない。それでわかったつもりになって解決されないまま明日もまた泣き顔で会社に出かけることになる。


カレン

「問題を解決することが大事じゃない。問題にどう向き合って自分の答えを見つけるかが大事。でも全員は無理。気が付いた人間だけ。エメットみたいに私に興味があって何かを聞きに来る事をしたってことは・・・少なくとも私に興味があったってことよ。ユイと同じね」


ユイ

「ええ、そうですね。なんだか懐かしい気持ちになりました」


 煙草に火を付けるとガレージに掛けてある防毒服を見つめた。


ユイ

「・・・それで何か掴めそうですか?毒龍やこの国の魔法について」


カレン

「ええ、何かは有るはず。絶対ね。だから必要な物を準備して毒龍に会いに行こうと思ってる」


 この国にある魔法の真実を掴むには毒龍を知る必要がある。今まで読んできた書物や、ここの資料を穴が開くほど見直したカレンはそう考えた。だからどうしても会いに行かなければならないと感じていた。そこにもしかしたら待っているのは死かもしれない。しかし、彼女の好奇心と探求心がそれを跳ねのけていた。


その日の夜、カレンはクロムの部屋に行くと探索に必要なものを伝えた。


クロム

「まあ・・・何とかするよ、2日くらいくれないかな?」


そのついでにミラの工房に顔を出すと自室にあった銃を手渡し直せないかと聞いてみた。


ミラ

「・・・状態は悪くないね。2,3日で修理出来ると思うよ」 


 部屋に置いてあった銃は対魔物の為に作られたもので現在でも少数生産されているタイプである。形状は2連装の散弾銃の大型版であり両手で掴んで使用するバズーカ砲のような見た目をしている。弾丸は散弾ではなく貫通力の高いものを使用していて口径は60口径。これでも不安が残るが持っていないよりはマシである。


ミラ

「一応、燃焼ガスが後方から排気されるから反動はずっと少ないはずだよ・・・人に撃ったら間違いなく体が吹き飛ぶ威力はしてると思うけど」 


次にラメルに連絡を入れて毒素の中和剤に関して聞こうとしたがそこら辺を含めてカレンに会いたいと言ってきた。早速明日こっちにやってくるらしい。


カレン

「いいのに、わざわざ来なくても」


ラメル

「気になるじゃないの、妹が遠くに住んでると」


 相変わらず派手な風貌のラメルは部屋に入るとユイやクロムの頭を触っていた。


ラメル

「最初は何が起きてどうなってカレン達こうなったのかわからなかったんだから。心配したのよ?私は。心からね」


 アレストに来ることになった理由をカレンは全てラメルに話していた。


ラメル

「でもみんな元気そうで良かったわ。安心した」


カレン

「・・・それで?頼んでいたものは大丈夫そうかしら?」


ラメル

「ええ、もちろん」


 持ってきたアタッシュケースを開くとそこには6つの薬液が入った瓶。それと試験紙のようなものが並べられていた。


ユイ

「これは何ですか?」


ラメル

「ここら辺の毒素を中和するための薬液。それとこっちは毒素あると反応する試験紙。あなた達に以前送ったものと同じやつね」


 「試したい」とカレンは庭に出ると井戸から水を汲んできて瓶に移した。試験紙をそこに浸すと見事にピンク色に変色した。その水にスポイトで薬液を一滴たらしてかきまぜた後、もう一度試験紙を付けると反応しなくなった。


ラメル

「・・・事前に送ってくれた水を元に中和剤を作ったの。まだ効果があるみたいで良かったわ」


 ラメルは今晩泊っていくらしく、自分の車から今日飲むためのワインや食材を取り出すとユイに預けていた。


 ラメルも相当病院勤めで無理をしているのだろう。酒が入るとカレンやユイ、クロムに絡みまくっていた。無理もないのかもしれない。ラメルはぶっきらぼうに見えるが人間が好きだからこそ医者をやっている面もある。医者と言う職業は他人の命の手綱を握っている職業でありながらもその苦悩を共有することがなかなか出来ない。酔いつぶれて眠っているラメルを3人は眺めていた。


ユイ

「・・・ラメルさん、大分お疲れのようですね」


クロム

「うん。あんまり見ないねこんな姿は。酒瓶を抱えて眠るなんてべたな漫画でも最近はないよ」


カレン

「多分、担当していた患者が亡くなったのかもしれないわね。だとしたら悪い時に呼んだわ」


 ユイはそっとラメルに毛布を掛けて部屋の明かりを消した。


 カレンは自室に戻ると積み上がった本や資料の山をかき分けて自分の机に座り、胸ポケットから煙草を取り出すと火を付けた。


カレン

「・・・出来ることはあと何かあるかしら?」


 毒龍に会いに行く。そんな事をした記録は今のところ見つかっていない。見つかった一番龍に近い情報は監視している状況報告書のみ。後は書物から得られた知識と、エメットが案内してくれた場所だけ。


 ヒントはこれだけしかない。それに毒龍にわざわざ会いに行くという危険を冒すことは普通の人が聞いたらリスクしかない。その先が分からないのである。しかし、カレンの心はまるであの時、木こりのミラに見せてもらったファンタジーの本を広げているような気持になっていた。


カレン

「・・・誰も見たことが無い。誰も行こうとしなかった場所」


 カレンは自分の意思でここにたどり着いたわけでは無い。ある意味不可抗力的に、ある意味自分と言う物を捨てきれなかった自身が到達したこのアレストと言う土地。


 未開で奇怪で意味が分からない。誰も説明出来ないようなことが起きるかもしれない場所。そんな場所は王都にはもちろん、カレンの人生の中には無かった。


カレン

「自分の選択が導いた今が結果。なら、それは絶対に先に進める何かを持つはず。・・・魔法の秘密がわかるかもしれない」


 窓の外を見ると白い月が散々と輝いていた。部屋の電気を消して窓を開ける。季節は秋の終わり。そろそろ11月に入ろうとしており、時たま吹く風は冷たく頬に触れる。

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