第18話 カレンの労働
ローレル
「あんた、正気なの?」
カレンが何かローレルに提案するたびにこの言葉が出てくる。
カレン
「ええ、正気よ。そして本気。だってそれの為にここに来たのよ?」
ローレルはさすがに頭を少し抱えてしまった。カレンが言い出したのは毒龍に会いに行きたいというとんでもないこと。そしてそれをローレルに相談したのだ。
ローレル
「・・・いい?毒龍はカレンが思っているよりも危険よ?それを承知の上でのこと?」
カレン
「もちろん」
正直、ローレルは諦めていた。このカレンとかいう人物は破天荒と言う言葉では表現しきれない。他人が何を言ったとしても止まらない性格。自分がやろうとしていることはとことんまで追い詰める。これまでのことでそれがローレルにはわかってしまっていた。
ローレル
「・・・はぁーなんて馬鹿なお姫様」
カレン
「よく言われるわ。特にユイとかクロムとか」
ローレル
「2人にはこのことは?」
カレン「ええ、もちろん話したわ。したら納得したわよ?」
ローレル
「・・・」
ローレルはその言葉を聞くと唖然とした顔をした。自分を落ち着けるためにテーブルに置いてあったお茶を飲み干すと煙草に火を付けた。
ローレル
「・・・ごくたまにね、怖い物知らずが同じことを聞くの。決まって外から来た人間が毒龍の居場所を教えて欲しいって」
カレン
「魔物狩りのためってこと?」
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ローレル
「多分そうだと思う。私たちが教えるのをためらっていると大体の人が脅してくる。お前らは別にこの世に必要ないんだぞー、殺してやるーってね」
ローレル
「だからお望み通り案内をしてあげることもある。もちろんその途中までね」
カレン
「それはあなたが?」
ローレル
「ううん。違う。私はこの体だからそこまではいかないことにしてる。いつもその役目をお願いしてるのは近くに住んでいるエメット。あなたも知っているでしょ?」
カレン
「ええ、彼ね。この間の収穫の時に挨拶されたわ」
エメットはローレルの3つ下であったため、血縁関係は無いがまるで本物の姉弟のような関係をしていた。彼は陰でローレルを支えようと彼女が出来ない仕事ややりにくいことを率先してやっていた。
カレン
「いい弟じゃない」
ローレル
「・・・おせっかいなだけよ。だからこの話を続けるには彼を呼んだ方が早いわ。呼んでもいい?」
カレン
「もちろん」
ローレルは席を立つと隣の家の窓を開けた。立てかけてあった棒で壁をつつくと中からエメットが顔を出した。
エメット
「どうした?何か用かい?」
ローレル
「あんたと話したい人が来てるの、こっちに来なさい」
直ぐにエメットはローレルの家に来て扉を開けた。そこに居たカレンを見て少々びっくりしていた。
エメット
「あれ?カレン様じゃないですか。どうしたんです?ローレルに用事ですか?」
ローレル
「いいから座りなさい」
そういって座らせるとカレンのお願いをエメットに話す。
エメット
「・・・正気ですか?」
その言葉を聞いた瞬間、カレンは笑い出した。
カレン
「あんたたち、やっぱり姉弟なのね」
ローレルは不機嫌そうにしていたがエメットは何のことだかわからない様子でカレンに愛想笑いをしていた。
ローレル
「エメット、カレンは本気らしいわ。止めても無駄よ。だから教えてあげて頂戴な」
エメットはローレルの顔を見た後、カレンの顔を見た。その顔は天真爛漫な少女のようで、何かを考えている悪魔のような顔をしていた。
エメット
「僕が知っている範囲でなら教えることが出来るけど」
カレン
「それで構わないわ」
エメットが魔の領域に関して少しだけこの集落で詳しいのには理由がある。それが彼がここにいる理由の一つ。父方の祖母の事である。
エメット
「僕が10歳くらいの時に亡くなっちゃたんだよね。おばあちゃん」
その祖母は街に住んでいたのだが末期のガンを抱えていた。治療が出来ないレベルにまで転移をしており、毎日激痛にさいなまれる日々を送っていた。そんな祖母の痛みを和らげることが出来ないのかとエメットの両親はあらゆる病院を訪ねた。
エメット
「その中の一つの病院がある薬を処方してくれたんです」
カレン
「薬・・・ねぇ」
その薬はこの国にかつてあった学問である「魔効薬学」と言う分野が生み出した物。名前の通り、魔の領域において採取される植物や魔物から作ることが出来る。
カレン
「でも魔効薬学の薬は製造禁止のはずでしょ?」
その薬はいずれも依存度が非常に高く、確かに効果は有るが使用者を廃人に追い込む危険性が極めて高かった。大抵の場合それは脳に届くことが多く、興奮するドーパミンを放出し痛覚を遮断、そして快楽物質を出す。クロムの祖父がやっていたメーブルリスの麻薬的な活用も元を辿ればここに行き着く。
エメット
「はい・・・ですが製造を禁止しただけで実は使用は禁止されていないのです。作っておいたものがある病院は非合法に処方しています」
カレン
「するりと抜ける法の穴ってやつね」
既に製造禁止で一般流通もしていない闇の薬。医者はリスクを承知で使わなければならない。そのため従来の数十倍の価格で提供していた。
エメット
「うちの両親は祖母の事がとても大切だったみたいです・・・。だからとても高価な薬を惜しげもなく投与し続けていったのです」
魔攻薬学の薬はそのほとんどが「病気を治す」のではなく「病気を誤魔化すもの」がん細胞には作用しない。薬に慣れてきてしまうため最初のうちは少量、そのうち中量、やがて大量に投与する必要が出てくる。
エメット
「薬を買うために車を売り、家を売り、土地を売り・・・色んな事をして両親はお金を作りました・・・やがて借金までするようになります」
カレン
「で、ここに行き着いたと」
エメット
「そうです。なんの因果か流れて来たこの場所は魔の領域の近く。そしてその原料がここにあるってことを父が突き止めたのです」
カレン
「よくお父さん、突き止めることが出来たわね」
エメット
「はい、父は・・・・カレン様を前にして言うのは何なのですが王立図書館に出入りする仕事をやっていたので・・・その・・・」
カレン
「ワイロでも渡して書物を手に入れたわけね。・・・まあ私も過去にやったことが有るから何とも言えないわ」
カレンも過去にワイロを渡して魔法の資料を集めようとしたが誰も応じてくれなかったことを思い出した。
エメット
「最初は母が薬の原料になる植物を採取していたのです。父は街で仕事をしながらこの場所に顔を出してはいたんですが・・・・」
アレストで暮らすことは街の生活に慣れた人にとっては重度のストレスになりうる。ここは会社を定年退職した人が、気軽に農業でもやろうかというそんなバカみたいな気持ちで来れるような都合の良い場所ではない。毒素の脅威におびえつつも自分と他人を認めて共存をしていかなければならない。
そういう面倒なものを排除したシステムが構築されているのが街であり、それを可能にしたのがお金でもある。正直ここでは金の価値は薄いし、金が有っても出来ないことが沢山ある。
カレン
「ここに嫌気がさしてお母さんが限界を迎えたって感じかしら」
エメット
「はい、まさにその通りです。ここに来て1年経たないうちに母はいなくなってしまいました。そして残されたのは僕とおばあちゃんだけ。気が付くと父も次第に来なくなりました。噂ではワイロの件が漏れたことで捕まったようです」
そんな一人取り残されたエメットを気の毒に思ったのか、ローレルは気に掛けるようになっていく。
エメット
「僕が魔の領域へ行くことを強く止められましたが、僕はおばあちゃんが苦しんでいるのに耐え兼ねて植物を採取し続けました」
ローレル
「私も止めることしか出来なかった。これ以上、この集落で犠牲者を出したくなかったの」
カレン
「まあ、ローレルの気持ちもエメットの気持ちもわかるわ。・・・それで魔の領域に詳しくなったってことね」
エメット
「ええ、でもほんの入口付近の事しかわかりませんけど」
集落の東のはずれに小さな細道がある。その細道は山の方に続いており当然のことながら舗装はされていない。そこをしばらく進むと丈夫な鉄柵が見えてくる。その手前でエメットは植物を採取していた。
エメット
「その鉄柵の向こう側がおそらく魔の領域の深部に続く道だと思います」
その鉄柵の手前側。少し脇道のようなところには木造で作られた監視塔のようなものの残骸が見えるという。つまりそこから龍の住処が見えたんじゃないのか?というのがエメットの予想だった。
カレン
「・・・なるほどねぇ、その先ってこと」
エメット
「はい、その先には数百年誰も踏み入れてない領域になります」
カレン
「取りあえずその手前まで行ってみるとしましょう・・・そこからわかることもあると思うわ」
カレンが立ち上がろうとするとエメットは手を掴んだ。
エメット
「・・・カレン様、ちょっとうちに来てくれませんか?」
その言葉通り、カレンとローレルは隣にあるエメットの家に行くと倉庫のような場所に案内された。エメットが持っていたカギで錠前を外すと鉄のドアが軋んだ音をして開く。中には様々な道具が収納されており、その中の一つを手に取るとカレンに見せた。
エメット
「そこに行くには防毒マスクが必要になります」
エメットの話だと毒龍の近くには卵の腐敗臭や温泉に似た香りの毒ガスが充満しているとのこと。その主成分は高濃度の硫化水素。もちろん生物に有害であり防毒マスクにはその毒素に対応した「吸収缶」と呼ばれる薄い円筒形のカートリッジを取り付けて使用する必要がある。
エメット
「・・・ですがこの倉庫にある吸収缶はどれも使用期限を過ぎています」
吸収缶の仕組みは「防塵マスク」のようにフィルターで空気中のゴミを取るのではなく、吸収缶に染み込ませてある薬剤が空気中に浮遊する毒素がその名の通り吸収していく。
薬剤は常に空気中の毒素を吸収してってしまうため、使用期限が設けられている。
エメット
「魔の領域は特に毒性が強いので大きめの吸収缶を使ってました。そして1回使用したらほぼ使用限界だと思ってください」
カレン
「薬剤が全部反応しきるというか吸収限界を迎えるわけね」
エメット
「そういう事です」
カレンはクロムにお願いしていた必要な道具を漁りに自分のガレージへ2人を連れて来た。開封されていない段ボールを一つ一つ開けていき、中身を確認していく。
エメット
「これだけの物が有ればとりあえず僕が行っていた場所には行くことが出来ます」
カレン
「それは良かったわ。じゃあさっそく行きましょうか?」
ローレル
「今から?」
カレン
「もちろんよ。カレンは急げっていうでしょ?」
ローレル
「そんなの聞いたことないよ」
カレンが本気で準備を始めるとエメットが案内をしてくれることになった。ローレルはやっぱり心配の方が強かったために反対はしていたものの、止めることが出来ないとわかると自宅から有るものを持ってやってきた。
カレン
「・・・これは?」
ローレル
「信号弾が入った銃。もし何かあったらこれを空に打ち上げて」
カレン
「わかったわ」
エメットは自宅に置いてあった荷台付きのバギーを持ってくるとそこに信号弾を含む必要な物を積み込み始めた。ゴム製の防毒服や手袋と長靴を履き、首からはマスクをぶら下げておでこには目を守るためのゴーグルをつけた。
腕時計式の酸素濃度系、毒素感知計を付けて双眼鏡やロープ、マチェットや鉈などを準備していく。一通り準備が整うとカレンとエメットはローレルに見送られて村の東側にやってきた。さび付いた門を開けるとそこから先は魔の領域。
エメットはアクセルを入れるとバギーはゆっくりとその領域へ進んでいく。カレンは連結された荷台の上から周囲を見渡した。周囲には背の高い植物が立ち並んではいたものの、バギー一台が楽々と通れる獣道のような道は不思議と自然物の侵入が少ないのか荒れていない。
カレン
「・・・・長い時間放置されていたのに何も生えて無いわね、苔くらいかしら」
エメット
「僕も詳しいことはわからないですが、ここの植物は繁茂する能力が少ないのかもしれません」
多く生えているのはコケ類とわずかなシダ類。それと木のように成長しているのは全てマメ科の植物である。バギーはどんどんと奥地へと進んでいくが植物の種類は一向に変わる気配が無かった。
カレン
「種類が変わらないのは多分、土地に栄養が無いからだと思う。それを補填できることが可能な植物が生えてるわね」
コケ類やシダ類は「原始的な植物」である。特にコケ類は一般的な民家のブロック塀にすら取りつくことが出来る種類で土を必要としない植物。その理由は空気中から窒素を取り込んで固定することが出来る為である。専門用語では窒素固定と言う。
この窒素固定が出来ると土に栄養が無かったとしても困ることが無く成長することが出来る。そしてマメ科の植物もこれと同じ。マメ科の植物は根っこに「根粒菌」という菌類が繁殖しやすい環境を提供することで根粒菌が住み着き、彼らが空気中の窒素を固定してマメ科の植物に送り込むという共生関係を気づいている。
カレン
「ここはそういう種類の植物たちが独自に進化を遂げた場所・・・」
そのため窒素固定出来るマメ科の植物を「緑肥」といってすき込んで肥料として使う手法もある。これはマメ科のクローバーなどを育てて時期をみて土にすき込むことで豊富な窒素肥料として使うことが出来る。
実はこの土地でかつて作られていた作物の選択として芋と豆を先人は育てていたが、それは何となく育てていたわけでは無い。この土地に栄養が少ないことを知っていたため、マメ科の植物が固定する窒素を芋に使っていたのだ。芋と豆を交互に植えることでその効果は相乗的に良い結果を出すことが出来た。つまり収穫量が上がったのである。
カレン
「アレロパシーってやつね」
カレンがそれまで思っていた魔の領域は「毒素が充満する廃れた森」だとばかり思っていた。無理もない。王都に住んでいる人にとってはそのように教え込まれて教育されてきたのだからそう考えても不思議ではない。しかし、彼女の目の前に広がっているのはそうではない緑色の景色だった。
カレン
「・・・圧倒的に面白いわねこういう所」
エメットはしばらくバギーを走らせていたがある地点に来るとアクセルを戻してバギーを停めた。
エメット
「ここから先、マスクを付けましょうか。臭いがしてきました」
嗅覚に感じるわずかな腐敗臭いがし始めると腕時計の毒素検知計が動き始めた。龍の住処から漏れ出る毒ガスを探知し始めたらしい。2人はマスクを口に当て、ゴーグルを下ろすと目を合わせて頷く。エメットは再びアクセルを入れて道を進んでいった。
空気感が徐々に変わり始め、緑が強くなっていく。バギーはうなりを上げて坂を上っていき小さな丘の頂上のような開けた場所に出た。そこは辺り一帯が一通り見渡せる山の中腹のような場所。そこにバギーを停めるとエメットがカレンに声を掛けた。
エメット
「ここら辺ですね僕が植物を採取していた場所は。カレン様、あそこに木造で出来た小屋が有るのが分かりますか?」
エメットが指を指した先には背の高い見張り小屋が建てられていた。その姿は朽ち果てており、苔が侵食し始めている。
エメット「あれが多分見張り小屋だったんだと思います。ちょうどその視線の先、あの緑が異常に濃い場所が見えますか?あそこに毒龍が住んでいると言われています」
カレンはその言葉通りの場所を目で追った。すると森の一部が円状に濃い緑に覆われている場所がある。背の高い木がまるで何かを取り囲むようにドーム状をしていた。双眼鏡を使って除くとその濃さがより一層際立つ。しかし、木々の密度が高く、ツタも絡まっているため中は全く見えそうもない。
カレン
「あそこが毒龍の住処・・・」
エメット
「はい、そう伝え聞いています。それであそこに行くにはこっち側、バギーを停めた先に鉄柵が有ります。そこを越えて道なりに進んでいくとあそこに近くに行けると思います」
カレン
「本当に秘境ねここは」
エメット
「そうですね・・・誰も近寄らない場所です」
毒龍の住処も気にはなっていたがカレンはその監視所の方に双眼鏡を向けた。かなり激しく朽ちてはいたが建物自体の原型は留めている。
カレン
「あそこには入れるのかしら?」
エメット
「いえ・・・あそこに登るための梯子は腐って無くなっていますし・・・多分はいれないと思いますけど・・・」
双眼鏡を除きながら小屋の上を指さした。小屋は崖の中腹に建てられていて上には大きな木が生えている。高さは5mほど。
カレン
「あそこの上からロープを垂らせば中に入れるんじゃない?やってみましょうよ」
エメット
「・・・わかりました」
2人は荷台からロープと木の板を取り出すと颯爽と近くの崖を登っていく。そしてその小屋の上に来ると近くに生えていた大きな木にロープをくくり付けてカレンの腰に巻いた。
カレン
「ロープがすれるとまずいから当てものの木を抑えておいてくれる?」
エメットは言われた通りに崖のヘリに木の板を押し当ててそこにロープを這わせる。カレンは後ろを向きながらゆっくりとロープを使って降下していった。屋根の損傷はそれほどひどくはなかったがカレンが足で蹴ると簡単にボロボロと下に落ちていく。小屋の中まで降下すると極力床には体重をかけないようにロープに体を預けて中を見た。
中は空っぽでほとんど何もなかったが棚に一冊だけ本が置かれているのを発見した。カレンは左手でその本を掴むと口を開けたカバンに放り込んだ。
その後ロープを伝って崖をよじ登るとエメットの元へ戻ってきた。
エメット
「凄いですねカレン様・・・普通は中々できませんよ・・・本当に王女様だったんですか?」
驚きの表情でエメットがカレンに聞いた。
カレン
「何とかなるものよ。若いうちはね」
それからしばらくカレンはエメットと崖の上から龍の居場所を見つめていた。
カレン
「・・・煙草が吸えないのが難儀ねここは」
エメット
「そうかもしれませんね」
当然だが動きは全くない。たまに吹く風が木々を揺らして音を出す以外、何も聞こえてこない。こういった深い森ならば小鳥のさえずる音などがしてもおかしくはないのだけれども、それすら聞こえない。
カレン
「こう静かだと不気味ねぇ・・・毒龍の強さがよくわかるわ」
エメット
「・・・カレン様に一つ聞きたいことがあるのですが・・・」
カレン
「何?急に」
振り返るとエメットは何かを言いたげにもごもごしていた。
カレン
「いいわよ?私に答えられることだったら」
エメット
「カレン様は王都からここに来たんですよね?僕にはわからないんです。ここに来る人達はみんな王都の生活。王族の生活に憧れていますし、戻りたいって人も居ます。でもそこからカレン様は出てきました・・・どうしてですか?」
カレン
「・・・そうねぇ、エメットは確か18だったかしら?」
エメット
「はい、そうです」
カレン
「ならもうわかると思うけど、この集落に居る人たちはそれぞれ全部違う人間でしょ?感じ方考え方。それに感覚さえも」
エメット
「色んな人がいますね」
カレン
「そういうのを一括りにして「平等」とか「同じ」にするのが街というか王都なの。同じじゃないのに同じにされる。それって良いことも有るし悪いこともある」
カレン
「どっちが良いか悪いかというよりも、どちらが肌に合うかって感覚ね」
エメット
「肌・・ですか」
カレン
「楽しいとか、簡単とか、楽とかそういう表面的な感覚じゃなくて本当にここで生きていくんだって思ったときに心がざわつくかどうかって話しよ」
エメット
「・・・・難しいですね」
カレン
「簡単よ。試しに街で暮らしてみればいいの。肉体労働なら街で働いて生計を立てることなんかすぐにでも出来るわ。でもそれが続くかどうかってことだけ。それが無理ならやめればいいし、続くなら生活すればいいって感じ」
多分エメットは街に憧れていたのだろう。でもそんな憧れていた街からカレンは自分の意思で出て来た事をユイに聞いたらしい。それで自分の中でも整理が付かなくなってカレンに聞いてきたのだ。
カレン
「物事に正解も不正解も無いのだからやりたいならやってみたらどうかしら?別に私は止めないわよ?ローレルも止めないとは思うけど」
カレンはエメットの目を見つめる。
カレン
「・・・私がこの土地に来ることになったそもそものきっかけは心のざわつき。このままじゃ嫌だなって思うことが子供の頃起きたのよ」
エメット
「心のざわつきですか・・・」
季節を感じよう。そんなお題目の授業がカレンの学校では行われていた。その内容はいたってシンプルで〝自分が思う季節の写真をスマホに収めてくる〟という物。カレンはいつもと違う授業内容に心を少し動かされた。
カレン
「そう言われて私は小学生ながら勝手に遠くの森にいったわ。私が写真を撮りたかったのは花とか昆虫とかそういうのだったの。あいつらは季節で顔を変えるじゃない?だからそれが理にかなってるって思ったのよ」
しかし、その考えはカレンだけだったようだ。
カレン
「次の日の授業でクラスのみんなが撮ってきた写真をスクリーンに映して発表しあったの。そこで私はショックを受けることになるわ」
カレンは季節の花を撮ってきた。時期的に春だったため森には菜の花が咲いている場所があった。
カレン
「でも、同級生たちは何を撮ってきたと思う?」
エメット
「・・・わかりませんね」
カレン
「街にあるお店の新春キャンペーンの看板とか春の売り出しとかを撮ってきたのよ」
ギャグでも何でもない。子供たちは真剣に季節が分かる写真を撮ってきたのだ。それが良いのか悪いのかはさておいて、その光景を真面目に先生たちが解説しているのをカレンは恐怖に感じたという。
カレン
「ああ、ずれてるんだなって思ったの。私がね」
エメット
「ずれ・・・ですか」
カレン
「そう、人は同じじゃない。そもそも多様性なのよ。だからどうしてもずれが起きる。特に感覚の世界で。でもそういう〝ずれ〟をどこかのラインに軌道修正する必要がある。街で生きていくには特にね」
自分がずれを修正していければ街に適合できる。でもずれを修正できないならば街を変えるか、自分が出ていくしかなくなってしまう。
カレン
「ずれっぱなしだと本人に不都合が起き始める。朝起きて学校に行く時になるとお腹が痛くなるとか、決まった曜日になると頭痛がするとかね。それって全部自分が気が付かないずれの産物なのよ」
カレン
「だから頭痛薬とかお腹の薬とか、よくわからないセミナーとかの言葉を浴びて誤魔化すことになる。煙草もコーヒーも紅茶も酒もそういう風に使ってるわけ。ずれてんのを麻痺させて、明日もまた笑う訳よ」
エメット
「少し怖いですね」
カレン
「ここの毒素と似てるわよね。知らず知らずのうちに〝同じ〟っていう物に侵食されていくのが。まあもっともこっちは手足が無くなるっていうわかりやすい変化だからわかるけど、街の方はそうはいかないわけ」
エメット
「・・・でも適応できればそれでいいってことですか?」
カレン
「そう。適応できればそれでいいの。それがその人に向いてるってことなんだから街で住んでみて居心地がいいならここに来る必要なんかないわ。むしろ来ない方がいい。向いてないんだから」
カレンは立ち上がると近くに生えていた木やツタを触り始めた。
カレン
「例えばこういう植物がここに生えているって理由は土地に栄養が少ないから。だから空気中や菌と共生して栄養を摂取できるようなものがいるわけじゃない?」
エメット
「ええ、そうですね」
カレン
「これって考え方を変えると栄養を自分で作り出す能力があるからここに生えることが出来るわけ。そして人間的な生産とか利益とかを考えると肥料が無くても育てることが出来るって思う訳」
カレン
「だからずる賢い人がここに生えている豆の種を持って帰って街とかの畑に植えることを考える。こいつらには肥料がいらないんだから肥料代がかからないって思ってね」
エメット
「肥料代がかからないってことは安く作ることができますよね」
カレン
「でも現実にはそうはならない。だって普通の畑にはそこにきちんと有機物が分解されるサイクルが出来ているんだからこの土地よりもはるかに栄養があるわけでしょ?」
エメット
「そうですね・・・ここよりは確かに」
カレン
「栄養があるならわざわざ根を広げて菌の住処を提供する必要もないし、根を深くする必要もない。つまりこいつらも楽が出来るってことよ」
楽が出来るのであれば労力を下げることをするのは生物皆同じこと。動物園や人の手で育てられた生き物が自分でエサを採ることが出来ないのは当たり前の話である。
カレン
「楽をさせるとその分その能力が落ちることになる。ようするにここの豆の種を街でそのまま育てても同じ大きさの豆を採ることは出来ないってこと」
カレン
「人もそれと全く同じ」
エメット
「・・・でも人間は植物のように根っこは有りませんよ?」
カレン
「有るのよ、それがね。・・・・この話の続きが聞きたければ私の屋敷に遊びに来なさいな。いくらでもしてあげるわよ」
エメットは空を見え上げると太陽がちょうど高い位置に来ていた。
カレン
「そろそろお昼ね。帰りましょうか。とりあえずの位置はわかったわ」
2人は来た時と同じ道を通って集落に帰還した
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