第16話 辺境の王女様
カレンは屋敷に戻って中を見て回る。台所の水道の蛇口をひねると水が出るのとトイレがとりあえず使えることを確認した。
カレン
「何とかなりそうかしらね」
しかし、灯油がタンクに入っていないことやガスボンベが空っぽの為ためお湯と火が使えない。カレンはローレルにそのことを相談すると「うちのを使えばいいわ」と言ってくれたので今日は風呂を借りることにした。
屋敷はそれなりに古びてはいるもののさすがは王族が使う事を考えて作られたのか、しっかりとした作りをしている。ユイとクロムは取りあえずの物を購入しに隣街へ出かけて行った。
カレンは2人を見送ると広いガレージの中を確認し始めた。そこには様々なモノが置いてある。チェーンソー、エンジン付きの草刈り機、それから4輪バギーにスノーモービル。
アレストの領主の主業務はこの魔の領域に潜んでいる域龍「毒龍」の監視である。ここはその監視の前線基地的な役割を持っている。そのために必要になるだろう道具や乗り物がここに一通り揃っているようだ。
壁にかけてあるゴム製のコートを手に取ると、その掴んだ部分からボロボロと崩れ落ちた。
カレン
「ゴムが劣化していて使い物にならないわねこれ」
防毒マスクや手袋、長靴。ほとんどのゴム製品やビニール製品は紫外線などを浴びて劣化し使い物にならなくなっていた。カレンは壁に掛けてあったマチェットを手に取るとさやから刃を引き出す。
カレン
「・・・これはいけそうね」
窓から差し込む光が刃先を光らせる。しっかり手入れをして仕舞ったのだろう。これだけ錆がほとんどない。マチェットを持って庭に出ると伸び放題になっていた雑草を刈り取り始めた。切れ味は良好である。
カレン
「でもこれ以外はほとんど使いものにならなそうねぇ・・・直したり新しくする必要があるわ」
ここに派遣された過去の王族はもちろんこれらの道具や乗り物を使ってはいない。おそらく全て王宮からの貸与品だろう。ローレルの言う通りこの集落の現状を知ると隣街にある住居を借りてそこに住んでいたのだ。それを王宮は知っていたのだが咎めることはしなかった。
カレン
「まあそれを確かめようなんてする奴がいるわけないか」
ユイとクロムが街から帰ってくると3人で掃除をすることにした。
ユイ
「・・・荷物を積んだトラックは明日来てしまうので、とりあえず掃除をしてきれいにしましょう」
クロム
「そうだね・・・2階は後回しかな」
それから日が暮れるまでの間に3人は台所、トイレ、大広間の掃除していった。ある程度綺麗になると乗ってきた車の中から寝袋やカセットコンロを取り出していく。カレンはアレスト行きが決まった時、何が必要なのかを事前に調べていた。そして必要になりそうなものをクロムのビジネスのパイプを利用して購入していたのである。
クロム
「まさかこんなことをするなんて思ってなかったよ」
カレン
「そうねぇ・・・ああ、大切なことを思い出したわ。後でラメル姉さんにも報告をしないといけないわね」
クロム
「そうだね、大分心配してるだろうし」
カレンとクロムは一応大学に籍を置いていたが、このアレスト行きになったことで除籍処分になった。
渡された「任命書」に書かれていたのはカレンがアレスト領主、クロムはアレスト領主補佐、ユイは王族メイドではなくなり、領主の秘書という形がとられ、王宮はそれを世間に発表した。
国民はカレンがアレスト行きになったことに一時ざわついたが王宮はすぐさまインフルエンサーの箱庭を使用してカレンのアレスト行きを支持させた。
「レトリック王国の重要な部分の領主を任されることは誰でもないカレンにしか出来ない」という嘘を振りまいた。その言葉に大半が騙されることになったが、大半を騙せば必然的に丸く収まるのが世の常である。
ユイは台所で今日買ってきたものを並べていた。
ユイ
「今日は缶詰的なモノがメインですけど仕方ないですよね」
カレン
「まあ、私は何でもいいわよ。ユイの料理は大抵美味しいから」
夕食を済ませるとカレンは今日得た情報を紙にまとめつつ、ユイやクロムに話していく。毒龍の毒素。この集落の生活、ローレルという長の話。移り住むことが決まったこの場所がどんなところなのかという説明をしていった。
クロム
「やっぱり見た目には全然わからないもんだね。この土地に毒素があるなんて」
カレン
「まあそれは毒龍の居る場所からしたら大分下流域の方だからかしらね。多分住処に行けばその毒素は強くなるはずよ」
ユイ
「・・・私としては子供たちがその毒素についての知識があまりないことに驚いています。てっきりこの土地で手に入る作物は食べてはいけないと教え込まれているものだとばかり思いこんでいました」
カレン
「どちらかと言うと知識が無いというよりも徹底出来ていないって方ね。多分子供たちも知ってはいるものの実感が無いのよ」
この土地の怖さは「何もなさそう」という人の感覚を育てることにある。ここで採れるものは毒の特性上応答性が低い。実っている果実、生えている野草。少ないけれど住んでいる魔物や動物。それらを取って食べたとしてもすぐに体に変化が訪れるわけでは無い。フグやトリカブトのように即死してしまう物であれば人は気を付けるものだが、ジャガイモの芽や花のスイセンなどにも毒がある事を知っている人の方が少ない。
カレン
「だけど長時間摂取し続ければ確実に人体を蝕んでいく。その人には影響が無かったとしてもローレルのように世代を超えて影響が出る場合もある」
カレン
「まあ・・・その原因である毒龍を作ったのは誰だ。と言われれば私の祖父になるんだけどね」
煙草の煙が宙に舞う。
クロム
「でも、数百年も前の話でしょ?」
カレンの祖先ジェイは魔法を使って龍という存在を強くしてしまう原因を作った。龍は元々異常な強さを持つ種族だったがそんな彼らも魔の領域の生存競争の激化が激しくなると「進化」することを余儀なくされたのだ。進化出来なかった龍はあっけなく他の魔物に捕食されていった。
カレン
「この地域の龍はどうやら毒というものを身に着けることで、魔の領域の生存競争に勝ったとされている。だけど、その実態は掴めてない・・・」
ユイ
「数百年ほったらかしの毒に侵された土地・・・」
カレン
「毒素は明らかに食物連鎖の最底面に干渉してる。本来ならあり得ないこと。でもそうすれば必然的に龍を脅かす大型の魔物が生きにくくなる。龍の脅威は無くなるのは確かなんだけど・・・・でもそれは龍も同じことになる・・・・うーん」
実態がつかめていない以上、龍がどうやって生活しているのかがわからない。
それともう一つカレンが感じていたのはこれ以外にも環境を変えたのは誰だ?ということ。まぎれもなく自分の祖先である。魔法は使ったらしいが、使ったのは人間だ。レトリック王国がこの土地に存在しなければそもそも毒龍と言う物だって誕生しなかった。人が生み出した怪物。結局はそれに苦しめられているという事になる。
カレン
「この国に魔法は無い・・・だけど確かに魔物はここから出て来ない」
この国の魔法を否定するには「魔の領域」を説明できなければならない。どうして魔の領域から魔物達が出て来ないのか。確かにここはその領域の中で、しかも特殊で毒龍が住んでいるから魔物が少ない場所。しかし他の場所は違う。
カレンが不思議に思っていたのはローレルが魔法について聞いてこなかったこと。普通に考えれば魔法を持った王族がこの土地に住むという事で何か希望を見出してもいいと思うはずだが、それを彼女はしなかった。
カレン
「ローレルは何かを知っているのかもしれない」
クロム
「魔法の秘密ってこと?」
カレン
「・・・まあ、時間はたっぷりあるわ。今日の所は寝ましょう。明日から忙しいわけだし」
用意した寝袋に入るとカレンは目を閉じた。
次の日、朝早くから3人はトラックから積み荷を降ろしていた。冷蔵庫や洗濯機、衣料品や本。屋敷から積み込んだものと新たに購入した物が降ろされていく。
カレン
「それにしても便利よね。クロムのビジネスパイプは」
クロムのメイドや執事はアレスト行きが決まるとその任を解かれた。初めは困惑していたようだが、彼らがクロムに仕えていた理由はビジネスをやるためである。都市バンデルには民間から新しいトップが据えられることになったのだが、前任のクロムにその指名権があった。クロムは自分に付いていた中でも最も近しい執事にその都市の全権を任せることにした。
その恩義もあってかメイドや執事はクロムがこうなってもそのパイプだけは強固に残されることになった。
クロム
「必要なものがあったらなるべく格安で購入できるようにお願いしておいたよ。あくまでもビジネスの関係でね」
午前中を掛けて荷物の搬入を終えると昼食をとり、手を付けていなかった2階に足を踏み入れた。部屋は全部で5つ。どれも同じ作りをしていたのだが、その中の一つの部屋をカレンが開けると中には本棚や銃などが置かれていた。
カレン
「ここは・・・銃の保管庫だったのかしら」
長い時間忘れ去られていた部屋の中にはさび付いた銃器やホコリをかぶった本が積まれている。カレンはホコリを手で払うと一冊の本を手に取る。
カレン
「・・・・クロムから貰ったタイプとは別の種類みたいね」
今まで見て来た本は「魔物の種類」に特化した物。しかしこの部屋に収められていた本は「魔物工学」「魔物化学」「魔植物」などの魔の領域を利用することを主眼に置かれた物ばかり。
カレン
「この土地を生かそうと特化したものが多いのかしら?」
しばらく本を眺めていたがカレンはユイの元に向うと「自分の部屋を決めた」といいその部屋に荷物を運び始めた。窓を開けてほうきをかけ、バケツに水を入れて雑巾を絞り、床や壁を綺麗にしていく。
いつもの机を運び込み、いつもの椅子をセットするとパソコンの入った段ボールを床に置いた。
カレン
「ネットに関してはローレルに聞かないといけないわね」
それから2,3日かけて屋敷内を整理していくとようやく落ち着ける時間が出来るようになってきた。その間にカレンたちがこの土地に住むという事は既に集落中に伝わることになる。
時間が空くとカレンはローレルに義手を作ってくれたミラがいる家の場所を聞くと歩いて向かっていった。教えられた場所に行くと外には金属板や鉄の棒。グラファイトやプラスチックの棒が立てかけており、木で作った看板にはくすんだ黒文字で「ミラ・カラーズ工房」と書かれていた。家の中からは金属の打撃音とグラインダーの音がして来る。どうやら一人ではないようだ。
カレンは音に負けないくらいの強さでドアを5、6回叩くと中から「どうぞ」と声がしたのでドアを開けるとそこには旋盤や金属を曲げるためのベンダ、溶接機などの機械が並べられており、壁には義手や義足などの模型が置かれていた。
「へいへい、何の御用ですか?」
出てきたのは20代後半くらいに見える帽子をかぶっている男性。手は油まみれで黒ずんでいて、顔にはすすが付いている。
カレン
「あら、お忙しかったかしら?出直しましょうか」
男はカレンの顔を見た瞬間驚きの表情をしていた。
男
「カレン・・・領主様?」
カレン
「ええ、そうよ。初めましてよろしくね?奥に居るのはここの主かしら?」
男の肩越しを見ると背を向けて旋盤に向っている人が見えた。
カレン
「・・・忙しそうならまた後にしましょうか?」
男
「いえ、多分すぐ終わると思います」
少しだけ待っていると旋盤の音が止まり、男がその人物の元へ駆け寄っていく。旋盤を掛けていた男はカレンを見ると目を丸くしてこちらにやってきた。
「どうも、初めましてカレン様。私はこの工房をやっているミラと言う物です」
その言葉を聞くとカレンはポケットから有るものを取り出した。
カレン
「これね、お気に入りのブレスレットなんだけど・・・サイズが小さくなっちゃってね。ずいぶん昔に作ってもらったの。暇があった時直して貰いたいんだけどお願い出来るかしら?」
ミラはカウンターに出された古めかしいブレスレットを手に取り、つなぎ目を見ていた。
ミラ
「カレン様、これは・・・残念ですが大きさの調整が限界っぽいですね。荒っぽく切って繋げるってことは出来ますが・・・」
そう言ってブレスレットについていたプレートの裏側を見るとミラの表情が固まる。
ミラ
「・・・ミラ・カラーズ工房・・・・これは」
顔を上げるとカレンは笑顔でミラに頭を下げた。
カレン
「久しぶりね。木こりのミラさん。私よ」
ミラは信じられないという表情と、どこか懐かしいという表情が入り混じっていた。
ミラ
「・・・・あの時の・・?まさかカレン様?」
カレン
「そうよ、あの時の木こりの小屋に通ってたのは私。びっくりした?」
ミラは何となく手を見つめるとブレスレットを握りしめた。
ミラ
「そうですか・・・何というか・・・言葉には出来ないですね。こういうのって」
カレン
「そうね。私も言葉に出来ない感情が今ここにあるわ」
あの後ミラはカレンに伝えた通り工房を街で開いた。最初はアクセサリーを手掛け始めてそのうちに刃物や工業製品の旋盤などを行うようになっていき、次第に評判が上がり工房がまわりはじめた。そんなある時、近くの病院から医師である「フレン・ベアトリクス」が訪ねてきた。彼女はミラの腕前を聞きつけてお願いしたことがあるとのことだった。
それが人工装具の制作。「何か自分の技術が力になれば」と考えて勉強の為に事故や病気で手足を失った人たちの元に通うようになる。
この国で生産している人工装具は出来が悪く、耐久年数も短いばかりでなく実用性が一切なかった。これは何とも言えないがこの国が歴史的に戦争と無縁だったためそのような技能が遅れていた。ミラはフレンに時間と資金を貰うと海外に修行に行くことにした。かつて戦争が頻繁に行われていたその国では確かに人口装具の開発はレトリック王国よりも優れていた。
ミラ
「私はそこで人工装具の技術を持って帰ってきました」
ミラが作る人工装具は評判が良かった。耐久年数が良くなったばかりではなくどこか人に優しい作り。これはかつてアクセサリーを作っていた経験が生きていた。
ミラ
「必要とされている方たちに喜んでもらえて・・・私も嬉しかったんです」
しかし、ミラの功績を良く思わない人たちが現れる。今まで人工装具を作っていた人達である。彼らはミラの品質の良い物を目の前にして太刀打ちが出来なかった。当然彼らもミラと同じように海外へ行き、修行するほどの資金力はあったのだけれど利益が減ることを嫌っていたためそれをしなかったのだ。
ミラ
「・・・出る杭は打たれるってやつですよ」
カレン
「違うわ、出る杭を打つしか能が無いのよ」
その結果、借りていた工房の借地料が倍以上に上げられたり材料が手に入らないという嫌がらせを受けることになる。
カレン
「まあ、なんというか・・・綺麗にお決まりの展開ね」
ミラ
「はい・・・それだけなら良かったのですが」
それでもミラは作るのを止めなかった。自分で材料の独自ルートを探し出したり、話をくれたフレンを通して格安の土地を借りたりしたのだが。
ミラ「・・・あるとき工房に火を放たれたのです」
工房は全焼した。幸い死傷者は出なかったが再建はほぼ不可能に近い状態になってしまった。フレンはそれでもミラの力が必要だと感じ、自らの病院で一時的にミラを雇うことにした。
ミラ
「でも、私がそこに居たらまた嫌がらせを受けるということで・・・」
カレン
「あなたはだけこの土地へ引っ越してきた・・・と言うわけね」
ミラ
「ええ」
カレンはミラの胸元にかかっているリングネックレスを見た。
カレン
「あら?あなた結婚しているのね」
ミラ
「ええ・・・そうなんです。相手はフレンです。結婚したのはつい最近の事で」
少し照れくさそうにミラはカレンの方を見た。
カレン
「それはめでたいことじゃないの。・・・じゃあ彼女は隣街の病院に勤めているのかしら?」
ミラ
「ええ、そうです。彼女は実の父親が経営する病院に勤めています。たまにこの土地に来て診察とかもやっています」
ミラが引っ越してきたのは5年ほど前。病院の雑務の傍ら細々と依頼をこなしていき資金をある程度貯め、新たに工房を開くためにここにやってきた。
その時の集落は今よりもずっと酷い状態だったという。
ミラ
「平気で道路に死体が転がっていたり、誰かが家の中で人知れず息を引きとっていたり。手のない人、足が無い人達は毒素が有ると分かっていてもここ採れた作物を口にしていました・・・カレン様には言いにくいですが領主がいないこともあって」
カレン
「ええ、それは心にあるわ」
ミラ
「私が初めてここに来た時見たものは、一人の少女が片手で死体を引きずっている光景でした・・・彼女はこんな場所でもきちんと埋葬しようとしていたのです」
カレン
「・・・ローレルね」
彼女は自分の生まれ育ったこの集落を何とかしよう奮闘していた。どこかの土地を追われた人たちがここに行き着き、誰もかれも自分の事しか考えないこの場所で、彼女はほったらかしになっていたものを直そうと必死になっていた。
ミラ
「彼女はたった一人でこの現実と戦っていました。死体を片付け、子供たちを教育し、ここを支える為に何を育てたら良いかを考えて・・・そしてそれを集落の人に指導していました。そんな彼女に手を貸さないわけにはいかないと思い・・・私は急いで工房の設置に取り掛かりました」
ミラ
「挨拶に行っても最初は彼女に殴られたり、無視されたりして・・・大変でしたけどね」
笑いながらミラは話しているのをカレンは真剣なまなざして聞いていた。
カレン
「私の運命という言い訳をしない・・・強さ」
ローレルは誰も恨んではいなかった。と同時に誰も当てにしていなかった。ただ、ありのままの状態を受け入れて、自分が出来ることの全てを出し尽くそうとしていた。誰も見ているわけでは無い。誰にも褒められることのないこの土地で。ただ一人だけで何とかしようと手を動かしていた。
ミラ
「やっと私の説得に応じて工房で作った義手を付けてあげた時、彼女は思いっきり泣きだしました・・・それもそうです。当時まだ16歳。こんな土地で生きていくのは過酷すぎます」
カレン
「私が今いるこの集落は大分良くなった後だったのね」
ミラ
「ええ、その通りです・・・特に苦労していたのが綿花や麻の販売網のようでした。そこだけは私に相談をしてくれましたから・・・私は工業の世界しか知らなかったですがそっち方面に需要があるので紹介したんです」
カレン
「・・・まあ無害だとしても医療用の脱脂綿とか、衣類には使いたくないという気持ちはわからなくも無いわ」
カレンは「ふー・・・魔法について彼女からその言葉が出てくるとは考えられない・・・」と呟くと首の骨をゴキゴキならした。
カレン
「あなたに仕事を頼みたいのだけど」
次の日、カレンはガレージの前で待っていた。あの後、ミラにお願いしたのはこのガレージの中の物を整備、修理、点検して欲しいという事だった。しかしミラは今の仕事で手一杯だったため、彼の弟子である「アルバーノ」が請け負うことになった。煙草に火を付けて近くにあった箱の上に腰を掛けるとカレンは集落の様子を眺めていた。
しばらくするとデジカメを手にしたアルバーノがやってくる。どうやらかぶっている帽子は彼のトレードマークのようだ。
カレン
「アルバーノ、おはよう。昨日はよく眠れたかしら?」
アルバーノ
「ええ、ワクワクしています」
この話をアルバーノに持ち掛けた時、彼はテンションが上がっていた。元々街ではエンジン技師として働いていたものの、ミラの腕前にほれ込んで弟子入りをしたらしい。だから久しぶりに工機類を見れることが楽しみだったようだ。
ガレージのシャッターを開けて中に案内し、アルバーノに道具や乗り物を見せた。
カレン
「ゆくゆくは全部を使いたいとは思っているんだけど・・・色々都合が有るのはわかっているわ。とりあえずダメそうなやつは捨てるとして選別をしたいわね」
アルバーノは「わかりました」というと持ってきた白いシートをガレージの中に敷いて劣化している道具たちを並べていき、一通り吟味を始めた。やはりゴムの製品は経年劣化の度合いが著しく、使い物にならない。
アルバーノ
「ここら辺は捨てるしかないですかね」
カレン
「そのようね。防毒系は新しく購入することにするわ」
カレンはその場にクロムを呼びつけて写真を撮らせ、バンデルにあるメイドや執事に送り、同じような性能の物を見繕ってもらうことにした。
アルバーノ
「・・・これらは時間が掛かってしまいますね」
指を指していたのは4輪バギーとスノーモービルだった。ここら一帯は整地されていないのは当然で、どこが道なのかもわからない状態になっている場所も多い。そんな場所を移動するために必要な足となるこの2つは「これからやろうとしていること」に欠かせないモノだった。
カレン
「この2台は何とかして直せないかしら?もしあれなら新しく購入も検討しているんだけど」
アルバーノ
「何とも言えないですねぇ・・・回答は明日でもいいですか?」
カレン
「ええ、もちろんよ」
アルバーノは立てかけてあった草刈り機と棚に置いてあったチェーンソーを見つけた。
アルバーノ
「これなら今日中に直せそうです。どっちも部品の取り置きが有るので」
カレン
「わかったわ。早速取り掛かって頂戴」
アルバーノ
「今日の夜には持ってきますね」
アルバーノはチェーンソーと草刈り機を抱えて工房の方へ戻っていった。カレンはガレージに置いてあった草狩り鎌や斧、鉈などを眺めた。
道具が使えるのかを試すために屋敷の庭に置いてあった冬に使う暖炉用の薪を持ってきて鉈を使って細かくしようとした。「コンッ」と鈍い音が響くと薪に鉈が食い込み、さび付いた鉈は上手く薪を割ることが出来ずカレンは何とか鉈を外すとその刃を眺めていた。すると人影が目の前に現れる。
ローレル
「・・・見てられないわねぇ、王女様」
そういうとローレルはカレンから鉈を借りると一撃で薪を割ってみせた。
カレン
「・・・要は使い方ってことねぇ」
ローレル
「コツが有るのよ、これにはね」
そういうとローレルはカレンに薪割りの指南を始めた。
ローレル
「鉈だけで割ろうとしたら難しいわ、一応女の子なわけだし。一度薪に鉈を食い込ませたあと、薪を叩きつけるのよ」
カレンは言われた通りにやってみると上手く割れた。
カレン
「なるほどねぇ、切れ味が問題じゃないってことね」
ローレル
「・・・でも切れ味が無いことは確かよ、その鉈」
ローレルはガレージの中を漁ると砥石を出してきた。外にあった水道を使って桶に水を入れると砥石を浸して鉈を水につけた。
ローレル
「研げば使えるようになるわ」
カレンはローレルの指示通りに研ぎ始めた。
カレン
「こんな感じでいいのかしら・・・」
ローレル
「そうそう、そんな感じ。もっと強くやってもいいわ」
砥石と刃先が当たる音だけがガレージに響く。その音に気が付いたのかクロムが様子を見にやってきた。
クロム
「あれ?ローレルさんじゃん。2人で何してんの?」
カレン
「鉈の使い方と研ぎ方を教えて貰ってるの」
鉈を研ぎ終えると同じように薪を割ってみる。さっきよりもスムーズに割ることが出来た。
カレン
「ありがとねローレル」
ローレルは少し照れくさそうにしていたがすぐに別の刃物類に目を向けた。
ローレル
「ここに置いてある刃物はどれも一級品だったもの。研ぎ直せば大体の物はきちんと使えるようになるわ」
刃物を手に取るとカレンは有ることを思いついた。
カレン
「ローレル、貴女にお願いが有るのだけど今晩いいかしら?」
そういうとカレンはローレルを夕食に招待した。
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