第15話 人捨て山
屋敷を明け渡すまでの期間は1週間。その間に転居に伴う具体的な準備を進めていくことになった。まずカレンとクロムは必要なくなったドレスを脱いでユイが見繕ってくれた洋服に着替えた。その後生活に必要だった品物を次々と段ボールに詰めていき王宮が貸してくれた仮置きトラックへと積み込んでいく。作った花壇から花の種を取ると元会ったように地面をならした。
屋敷内を3人で掃除を行い、引き渡しの前日には管理会社立ち合いの元書類に印鑑を押した。
ユイ
「さてと、いよいよ立ち去りますね。今までお世話になりました」
ユイは今まで使っていた厨房やダイニングに分かれを告げるとカレンがハンドルを握る車に乗り込んでいった。
カレン
「忘れ物は無いかしら?とりあえず荷物は明日付くようになってるから、今日1日は最低でも過ごせるように掃除はしないと」
クロム
「まあ、辺境の地とは言いつつも街からはそう遠くはないからね」
カレンはギアを入れるとアクセルを踏み込んだ。
王都から車で1時間半。見慣れた街並みやビル群が過ぎ去っていき、段々と自然が多くなっていく。
辺境の地「アレスト」毒龍の住処の近くにある領土であり、そこに自ら近づく人はあまりいない。住んでいる人間はごく少数と言われている。そこに棲む人たちは最寄りの地方都市「エストラ」で生活に必要な物を購入している。標高は王都よりも随分と高く約1000m。真夏でもクーラーを必要としないほどの涼しさが有る。
クロムは運転中のカレンに尋ねた。
クロム
「アレストってどんな土地なの?」
カレン
「かつてアレストは魔物狩りの聖地だった。最盛期には数万人が行き来していたらしいわ。でも、毒龍という存在の危険が分かるとそこから人は次々と離れていったの」
クロム
「毒龍は何百年も前からそこに居るんでしょ?毒素の危険には気が付いていたんじゃないの?」
カレン
「知っていたのはそこに元々住んでいた人達。だけどそれを隠していた。毒素に侵された物を飲んだり食べたりしてもすぐには症状に現れないの。ペデフィルが飲まされた水には添加剤が含まれていた。それでも長い時間が掛かったわ」
ユイ
「じりじりと迫ってくる毒素・・・ですか。きちんと見極めないと私達もそのうちに侵されてしまいますね」
クロム
「そんなに魔物って価値があったんだ」
カレン
「そうよ、今はテクノロジーが進んで色んな薬とか材料が手に入るけど、魔物の体はそういう価値の塊。例えば龍の牙なんかは象牙とは比較できないくらい価値が有ったの。万病に効くっていわれてたけど、強心剤だったみたいね。それに龍以外にも毒素を持つ魔物が居てその毒が他国に高く売れたりしたの。血清が作られていない毒は強いのよ。とくに戦争で使うとね」
ユイ
「でもだんだんとそれに変わるものが作り出されていった結果、アレストに価値が無くなったということになりますね」
カレン
「最盛期に来ていた人たちの殆どはこの土地の外の人間。大半は毒素の事を知るとここから出ていくことになったの。事実を隠されていたから寄り付く人も居なくなった。まあ自業自得って感じかしら」
カレンは道に沿ってハンドルを回した。
カレン
「で、時間が経って高齢化が進んで限界集落になった。そこすらも突破して〝境界集落〟になったの」
ユイ
「境界集落ですか?」
カレン
「そう、街の境界線がものすごく太くなった感じかしら?この国の国境線みたいな感じで。誰も関与しないから物を捨てるにはうってつけの場所になったの」
クロム
「私達も捨てられたわけだし。そのための時の土地ってことね」
カレンは煙草を咥えると火を付けた。
カレン
「・・・一つだけ気になっているのが領主は管理している土地から税金を取ることが出来るんだけど・・・その中に住民税が結構な金額あるのよね」
ユイ
「人がそれなりに住んでいるということでしょうか?」
カレン
「・・・そんなはずは無いと思うんだけど」
それからしばらく道を走っていると一つだけ背の高い建物が見えてきた。どうやらアレストに付いたらしい。村に入口付近にはお粗末な門なのかわからない物が建てられていて、そのわきに木造の古びた小屋が置かれている。
カレン
「・・・あれって人がいると思う?」
ユイ
「さあ・・・見る限りではいないような」
カレンは車をその小屋の近くに停めるとガラスの無い窓から中を覗き込んだ。すると白髪の老人のような人物が椅子に座っており、居眠りをしている。
カレン
「ごめんなさい!おじいさん。この先に入りたいんだけどいいかしら?」
カレンが大きな声で呼びかけるとその老人はびっくりしてこちらを見た。
老人
「あ、ああ・・・すまんな居眠りをしてしまって・・・」
老人は目をこすると首から下げていた老眼鏡をかけるとカレンの顔を見た。
老人
「それで、何の御用で?」
カレン
「この土地の新しい領主として来たんだけど、入ってもいいかしら?一応王宮の証明書は有るけど」
カレンは老人に証明書を渡して見せる。老人は眼鏡を持ち上げてその文章を読むと目を丸くした。
老人
「・・・まさかあなたがカレン様で?」
カレン
「ええ、そうよ。実物を見るのははじめてかしら?」
老人は跪こうとしたがカレンがそれを静止した。
カレン
「私はもうあなたの知っているカレンじゃないわ。この土地の新人。だから貴方の方が先輩よ。何もかもね。だから頭を下げるのは私の方よ」
その言葉に老人はびっくりしていた。
カレン
「・・・・あなたの名前を教えてくれないかしら?長い付き合いになるわ」
老人
「私は・・・デンハム・マードックと申します。一応この集落の門番を務めさせてもらっています」
カレン
「デンハムね、よろしく。それでちょっと聞きたいんだけどここに領主の屋敷があると聞いているわ。今日からそこに私たちが住むことになっているんだけど・・・聞いているかしら?」
デンハムは服のポケットからメモ帳を取り出すと何かを確認していた。
デンハム
「ええ、もちろんのことです。詳しくはこの集落の長、ローレルに聞くといいかと。集落の中の人に聞けばどこに住んでいるかわかると思います」
カレン
「ありがと、じゃあ行ってくるわ」
カレンは車に乗り込むとアクセルを踏んで門を越えた。その先の光景を見た瞬間、カレンのハンドルが止まった。
カレン
「・・・村だわ。それもきちんとした」
ユイ
「ええ・・・」
目に飛び込んできた光景は普通の村の姿。道は舗装されていないが子供たちがボールで遊んでいたり、老婆が椅子に揺られながら編み物をしていたり、農機具を持った若者が道を歩いていた。
カレンたちの車が現れると人々はそれに気が付いたのかこちらを見ている。
クロム
「私が道を聞いてこようか?」
カレン
「・・・いえ、ここは私が行くわ」
カレンは車を停めると道の真ん中に出ていった。その姿を見た若者の一人が走り出して近くの民家に消えていった。近くに居た老婆に話しかける。
カレン
「ローレルさんという方に会いたいのだけど・・・どこに居るのかしら?」
老婆は口を開けるが空気の漏れる音だけがカレンに聞こえて来た。
「ああ、そのばあさんは口が聞けないんだ」
カレンは声のする方を見た。そこに居たのはポニーテールの少し気の強そうな女性が立っている。
カレン
「そう・・・それは失礼をしたわ。あなたは?」
「私の名前はローレル・フランクス。この集落の長を務めている者よ。あなたがカレン様?ここの前任の領主から情報は聞いているわ」
カレン
「ローレルね。よろしく。それで領主の屋敷はどこになるのかしら?」
彼女は集落にある最も高い建物を指さした。
ローレル
「場所はあそこ。良ければ案内するけど」
カレン
「お願いしようかしら」
カレンはローレルを車に案内すると社内に居たユイとクロムにもあいさつをした。
ローレル「ようこそ、辺境の地アレストへ。お気の毒様ね」
カレンは屋敷に向って車を進めた。
屋敷はそれなりに立派だったが、長い時間使われていなかったのか古びている。全く人が住んでいた様子が無い。ガレージのシャッターはさび付いていてクロムが全力で上に引きあげるとサビとともにゴミが落ちて来た。
車をガレージに停めると4人は屋敷の前にある庭からその風貌を眺めていた。
ユイ
「これは・・・何というかすごいですね」
ローレル
「本当に住むの?こんなところに」
カレン
「・・・前の領主がいたのはほんの一月前でしょ?どうしてこんなに寂れてるわけ?」
ローレルはため息を付くとポケットから煙草を取り出した。銘柄は「アイアン」
ローレル
「・・・歴代の領主様はここに住んでいなかった。隣町のエストラに居を構えていたの。・・・あなた達もそうするでしょ?」
煙草に火を付けると3人を見つめた。
カレン
「あいにく私たちは今までの領主様と事情が違うのよ。それにここに住むことは決めているわ。掃除すれば何とか使えるでしょ。退屈しなくてすむわ」
ローレル
「正気なの?王都から来た人たちはみんなこの集落の状態を見て引き返していったわ。あなた達は何とも思わないわけ?」
ユイ
「私は構いませんよ?掃除は好きですから」
クロム
「うん、まあ特段気にはならないかな」
ローレルはどうせこの集落には住まないと踏んでいたため驚きを隠せない表情をしていた。何せここは毒に汚染されかけている地域。そこに好んで住もうなんて奴はいない。
カレン
「・・・水道は来ているのかしら?それともそれも汚染されてる?」
ローレル
「いえ・・・水道は隣街から使用料を払って引き込んでいるわ。毒の検査もやっている。問題なく使えるわ」
カレン
「そう、なら生きていけそうね」
カレンはそういうと庭にあった井戸のようなものを覗き込んだ。
カレン
「・・・この井戸はダメでしょ?」
ローレル
「ええ・・・その井戸は毒素に汚染されているわ・・・まあ花とかを育てるには使えると思うけど」
カレンはポケットから煙草を取り出すと火を付けて吸い始めた。
カレン
「屋敷の中の掃除とかに関してはユイに任せるわ。クロムも手伝ってあげて欲しいわね。必要なものがあるなら隣町に買い出しに行って頂戴。私はローレルと話したい。集落のこととか聞きたいことが山ほどあるから」
ユイ
「わかりました。それでは行きましょうかクロム様」
クロム
「はいよっ」
ユイとクロムは颯爽と屋敷の中に入っていった。
カレン
「さてと・・・」
ローレルは唖然としてカレンの方を見ていた。
カレン
「何?どうしたの?」
ローレル
「・・・あなた本当に第2王女のカレン様?王都育ちとしては随分とたくましいように見えるけど」
カレン
「それはこっちのセリフなのよ。私達の耳に入っている情報だとほとんど人が住んでいないって話しだったの。だから住民税も何かの間違いかと・・・こんな村が形成されているってのをしらなかったわ。たくましいのはあなた達のほうよ」
ローレル
「・・・私はここで生まれ育ったの。ここ以外の場所の生き方を知らないの」
カレン
「・・・そう、なら集落のことかここら辺に詳しいってことね。新人の私に色んな事を教えて欲しいのだけど。頼めるかしら?」
カレンの金髪縦ロールが揺れるのをローレルは見ていた。
ローレル
「・・・わかったわよ、それが私のお役目だからね」
屋敷から集落へ向かう途中、カレンは気になったことを聞いた。
カレン
「あなた、随分と若いようだけど・・・長なんでしょ?いくつなの?」
ローレル
「20歳。って言っても今月で21になるけど」
カレン
「あら、じゃあ同い年じゃない。ユイや私と。銀髪の方はクロムっていうんだけど彼女は今年で・・・18歳になるわ」
ローレル
「知ってるわ、あなたは有名人だもの」
カレンは嬉しそうな顔をしてローレルについて行く。集落の人たちはそれを遠巻きに見つめていた。
ローレル
「集落に住んでいる人種は様々、本当に色んな人が色んな事情でここにすみついているわ。正確な人数はわからないけど多分数百人はいる。少しわかりにくいかもしれないけど、領主の屋敷を円の中心と置くならその円周状に民家が集まってるって感じの形をしてる」
カレン
「・・・この国の国土みたいな感じね」
ローレル
「そう、それでその外側には畑がある。そこで採れるものが村の大きな収入源になってる」
カレン
「何を育てているのかしら」
ローレル
「あなたも知っている通り、ここの土地は毒素によって汚染されている。だから食料を育てたとしても誰にも売ることが出来ない。私たちは麻や綿花などの食べるもの以外の作物を育てて街に売ってるの」
カレン
「なるほどねぇ」
ローレルが言うように村の周辺は広大な畑が広がっていた。
ローレル
「さっきも言った通り飲み水とかの生活用水は街からわざわざここまで水道管を電気と合わせて通してる。必要な食料品とかそういうのを手に入れるのも隣街」
カレン
「・・・街までの足はどうしてるのかしら?」
ローレル
「車を持っている人に乗り合うような形にしているわ。それ以外にも3日に1回ほどバスの運行を頼んでる。それで上手くやってるの」
カレン
「隣街に生活を握られてるってことね」
ローレル
「悲しいけどね。おまけにその依存度が高いことを隣街が知り尽くしてる。だから麻や綿花の買取り額が普通の市場価格よりも低いし、水道代も本来よりも高く設定されてる」
カレン
「愚か者、足元を見るってこと・・・」
カレンは咥えた煙草の灰を落とすと集落を見渡していた。
ローレル
「あなたには耳が痛い話かもしれないけど、領主がずっといないもんだからね。この集落にいい顔をする必要が無いのよ。他国みたいに選挙があるわけでもないし」
カレン
「ええ、肝に銘じておくわ」
集落は一言で片づけてしまうと「貧しい状態」である。
収入源も限られて乏しく、隣街に生活を依存していることもあって生活コストが随分と割高になっている。それでもここに住まなければならない理由はおそらくそれぞれなのだろう。
カレン
「ここら辺は昔、芋の産地だったと聞いたことがあるわ。後豆類とかも。そういう類の物を育てるのは不可能みたいね」
ローレル
「・・・正確に言えば育てるのは可能で食べるのが不可能。詳しい話は私の家の中で話しましょう」
カレンは気が付くと小さな民家についていた。ローレルは扉を開けると中にカレンを入れて締め切った。
ローレル
「ここは私が生れて育った家。気が付いた時には父も母も居なかったわ。育ててくれたのはフラっていう名前の人。あなたが声を掛けた口の聞けないおばあさん」
ローレルはお茶を出すためにカップを取りだしてテーブルの上に並べ、冷蔵庫からペットボトルを取り出すとヤカンに入れると火にかけた。カレンはその様子をじっと見つめていた。ある違和感に気が付いたからだ。
カレン
「・・・あなた、右手が効かないのね」
ローレルは扉を開けるときも、カップを掴むときも全部左手で行っていた。
ローレル
「ええ・・・ほらこの通り」
ローレルは体を少しひねり左手を右手の袖の中に突っ込むと「カチャン」という金属音がした。そこから右手を引っ張ると義手が抜け、そこに有るはずの肘から先が無かった。
カレン
「毒のせいかしら?」
「ふう」とため息を付くとローレルは煙草に火を付けた。
ローレル
「多分・・・そうだと思う。この右手が無いのは生まれつきなの。まだこの集落が今みたいに安定して生活が出来てない時に、私の母親はここで採れた農作物を長い期間摂取していたみたいなの。それで胎児だった私に影響が出たのかもって話し・・・それでー」
ローレルが話を続けようとしたがカレンが右手を挙げて止めた。
カレン
「・・・お客さんがいるみたいね」
ローレル
「え?」
そういうとカレンは後ろにある玄関の扉を開いた。するとそこには年齢がバラバラの子供たちが聞き耳を立てている。後ろには大人達も影から見ていた。
ローレル
「あなた達・・・!」
カレンはローレルに「大丈夫よ」と言うと目の前に居た女の子の前でしゃがんだ。
カレン
「ごめんなさいね。怖かったでしょ?急に知らない人たちがここに来てね」
女の子
「ううん、そうじゃないの。今日王都からお姫様が来るかもってローレルお姉ちゃんに教えて貰ったんだ。お姫様ならおもてなしをしないとって皆で決めたの」
女の子は来ているスカートを持ち上げていて、その中には赤い果実が入っていた。
カレン
「あら、これは山イチゴ・・・かしら?」
女の子
「うん!ここから少し離れた山の中で朝採ってきたの」
ローレルは慌てた表情で子供たちに駆け寄ろうとした。
カレン
「待って!」
カレンはローレルの前に腕を出すとそれを静止し、女の子が抱えていた山イチゴを一つ手で掴むと、何のためらいもなく口に入れた。それを見たローレルは驚きの表情でカレンを見た。
ローレル
「・・・あなた、私の話を聞いてなかったの?それには毒が入っているのよ?」
ローレルは大きな声を出した。
カレン
「いえ?あなたの話を聞いていたから食べたのよ。長期に渡って摂取したらダメなんでしょ?あなたが教えてくれたじゃないの」
そういうと平気な顔をして女の子の頭に手を置いた。
カレン
「ありがとね、あなた達。私みたいな部外者を歓迎してくれて。みんなで決めたことなんでしょ?私はそれだけでうれしいわ」
カレン
「でもね?その山イチゴには毒素が入っているの。あなた達は食べちゃだめよ?」
女の子
「・・・はーい」
女の子はしょんぼりとした顔をしてその山イチゴを抱えて歩き出した。周りの子供たちもそれについて行く。カレンはその姿を見送ると立ち上がってローレルの家の中に入っていった。
ヤカンの水が沸騰するとローレルはポットに入れてお茶を出してくれた。
カレン
「ありがとう」
お茶を一口すすり煙草に火を付けた。
カレン
「・・・なかなか徹底出来てないみたいね。毒素があるっていう現実に」
ローレル
「そうなの・・・特に子供たちはね。親もいない子も多いし、何よりも毒素を体に数十年取り込んだとしても体に何も起こらない人もいるの。だからあまり意識が浸透しなくてね・・・」
ローレル
「おまけに子供たちは甘いものが好きでしょ?ここでは街みたいなお菓子も手に入りにくい。だから自生している果物とかは魅力的に見えちゃうのよ」
カレン
「まあ私も多分ここに生まれたら採っていたでしょうね。・・・さっきの山イチゴあまり甘くはなかったけど」
ローレル
「そりゃね。街で手に入るような果物みたいに品種改良されてるわけじゃない。自然は人に対して中立。おいしく作られている物はないわよ」
そこからローレルは様々なことを教えてくれた。土地が毒素を含んでいる理由は毒龍から流出してくる毒が水に溶け込んで川や細かい小川、地下水に流れ出ていて当然農業用水も汚染されている。その水が浸透した土から植物は養分や水分を吸い上げる。そしてその植物を食べる動物や魔物達の体内にも毒素が溜まっていく。
ローレル
「だからここら辺には大型の動物や魔物が極端に少ないの。普通はイノシシとかウサギとかキツネとか。そんなのが居てもいいはずなんだけど、そういうのはあまり見かけない。その代わり毒素に対抗できる種族が他よりも住んでる」
カレン
「普通に見ることが出来る上位種の動物や魔物が育つ条件が無いってことね」
ローレル
「そうみたい・・・だから魔の領域とは言いつつも子供を野放しにておいても被害が出ないのも事実。襲うような奴がここにはいないのよ・・・それともう一つ見せたいものがある」
ローレルはカレンを自分の家の近くにあった庭先に案内した。
カレン
「ここに何が有るの?」
ローレルは近くにあったコンポスターを開けた。コンポスターは生ごみなどを微生物が分解する地方を利用して土に返す装置みたいなもの。カレンはその中身を覗き込んだ。
カレン
「・・・あんまり分解されていないみたいね」
ローレル
「ええ。毒素の影響でこういう有機物を分解する菌類が少ないみたい」
植物が成長するために必要な養分は動物の死骸、枯葉、昆虫の死骸などの有機物を土壌菌と呼ばれる菌が分解することでスタートが始まる。菌は虫を呼び、虫はさらにその上位種に食べられる。その過程で出て来たものが養分となって植物を育てていく。つまり食物連鎖の最底辺に位置する彼らがその大前提である有機物を分解出来ないとなると全てが始まらない。
ローレル
「だから畑に有機物を蒔いたとしても、それを分解できる能力がこの土地にはあまり無いの」
そもそも畑をトラクターなどで耕す理由は土を「団粒構造」にするためである。この団粒構造にしなければならない理由は「植えやすいから」ではない。主目的はその土の中に居る土壌菌を表に出すことで酸素を供給させたり、通気性、通水性を良くして菌の活動を活発化させることにある。
耕して人が土を作るのではない、土を作ってくれる菌の活動をただ助けているだけである。
カレン
「植物にとっては有機物が養分ではないからね。養分になるリンとかチッソは生物が作り出すものだから」
ローレルはカレンがしゃがんで土をいじっているのを見た。
ローレル
「・・・あなた詳しいのね。どうして?」
カレン
「暇をつぶすのには持って来いじゃない?こういう知識は・・・って言うのは冗談よ。私は何の因果か自分の未来を変えるために魔物の書物を馬鹿みたいに読んでたの。すると色んなことが何となくだけどわかるわけ」
カレン
「もちろん私が知っているのはそういう知識だけ。だからローレルが言っていることが分かるって言うのが私にとって大事なのよ」
ローレル
「・・・さっきの話、昔ここでは芋とか豆類を作ってはいたんだけど」
カレンはローレルの方を見た。
ローレル
「有機物があまり分解されないのであればその養分を外から入れるっていう事をやっていたのよ。つまり化学肥料ね。リンとかチッソとかカリウムとかを直接畑に入れるの」
カレン
「そうね。そうすれば普通に植物は成長できるわ。・・・でも龍が出す毒素はどうしたの?」
庭に置いてあった物置を指さすとカレンはそちらの方を見た。
ローレル
「過去に毒素の中和剤っていうものがあったの。この土地を何とかしようって思って昔の人が作ったみたいなのよね。そうしないと検査に引っかかっちゃうし、そもそも人体に悪影響があるから」
カレン
「今使ってないのを見ると・・・そういうことよね」
物置を開けると段ボールがあり、その中にはペットボトルのような容器に詰まった液体が出てくる。
ローレル
「この中和剤の効力は1年限定。効果が薄れるというのもあるんだけど一番の原因は毒龍が出す毒素の成分が天然だから変動するのよ。その年の気候とか雨の量とかでね」
カレン
「・・・なるほどね」
かつてこの土地で暮らしていた人たちは何とかここで生活をしようと試みていた。植物が必要としている養分や龍の毒素を分解する中和剤を畑に投入し、何とか商業価値のある作物を育てようとしていた。
ローレル
「でもそれも長くは続けられない。外から肥料を入れたり、中和剤を入れるってことはそれだけお金で買わなきゃいけないの。ここで採れる農作物は当然、他の土地でも採れる」
カレン
「わざわざ割高になるここの土地の農作物を買うよりも、安価なら他の物を買うわよね」
特に割高の原因を作っているのが中和剤である。その年の毒の成分を分析に掛けた後、いくつか試験剤が作られることになる。中和剤は最低でも1週間に1回の頻度で農業用水のため池や畑にまき続けなければならないため、必然的に量が必要になる。
ローレル
「しかも、ここだけにしか使えない中和剤だから工場も何もないわけ。だからものすごくコストがかかっちゃう。今やったら農業生産の売り上げた金額と中和剤の金額は同じくらいかもね」
ローレル
「1年間育てた成果を売ったとしても、コストで取られまくって利益0。なんてことになる。だからみんなこの土地を捨てて出ていったのよ」
カレン
「だから麻や綿花って話になるのね」
ローレル
「ええ、幸い化学肥料は時代が進むごとに安価になっていくからそこまでコストがかからないの。人が食べることのない麻や綿花は中和剤の必要がないからね。それでも販売網を確立するには骨が折れたけど」
このほかにも雨水を利用して生活用水にしていた時期や豪雪地帯のため冬場の雪を溜めて置くなど様々な方法が考案されたらしいが、雨水は年による変動が大きすぎるのと雪を溜めて置ける施設も結局電気代がかかるのと大規模な工場が必要な為、計画だけで終わってしまった。
話しが一通り終わるとローレルはカレンに目を向ける。
ローレル
「・・・おもしろい?こんな苦労話」
カレン
「おもしろいかどうかは別として興味はあるわよ?少なくとも今までの人生の中ではね」
ローレル
「私は王都に行ったことが無いの。せいぜいテレビとかネットで見る程度しか知らない世界。そこに住んでいる人たちの生活はキラキラしてて魅力的に感じてたんだけど・・・そこのトップのお姫様がそういうんだから実際はわからないものねぇ」
カレン
「まあ、そのうち案内するわ。王都にね」
2人は庭から戻ると椅子に座る。カレンは机の上に置かれていた義手を手に取った。
カレン
「・・・それにしても見事な義手ね。あなたの行動を観察しなきゃこれが義手だって気が付かなかったわよ」
ローレルはカレンから義手を受け取ると手慣れた手つきで取り付ける。
ローレル
「見た目だけじゃないの。水の入ったバケツとか、灯油のポリタンクとか。そういう重いものも持つことが出来るくらいは可能なの」
カレン
「これは病院で?」
ローレル
「いえ、違うわ。数年前に何の理由かは知らないんだけど、あなた達みたいに都会から住み着いた人がいるの。その人はこういう事が得意でね。その人に作ってもらったの。集落の中に居る手足の無い人たちはこの人の装具を付けてるわ」
カレン
「ふぅん・・・変わった人も居るのねぇ」
ローレル
「その人はここから少し言ったところに工房を構えて暮らしてる。名前はミラさんって男の人」
カレンはその名前を聞いた瞬間、咥えていた煙草を落としそうになった。
カレン
「へぇ・・・あとで挨拶に行かないといけないわねそれは」
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